コラム  国際交流  2025.11.04

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第199号 (2025年11月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション 国際政治

10月はノーベル賞を受賞した研究者に関して内外の友人達と議論をした。

106日に坂口志文教授が、続いて8日には北川進教授がノーベル賞を受賞した。一日本人として嬉しいこと限りない。また13日、ジョエル・モキイア、フィリップ・アギヨン、ピーター・ホウィットの3教授が経済学賞を受賞した。

Innovationに関心を抱く筆者は経済学賞受賞者である3教授の業績を高く評価してきた。筆者はモキイア教授の本を2022年に東京大学での講演で、また小誌昨年7月号で記したヘルシンキでの講演で触れている(A Culture of Growth, 2016)。アギヨン教授はHarvard大学時代にアセモグルMIT教授と共に多くの業績を残したが、小誌での紙面の制約上、主著者であるアセモグル教授の名だけを記して、彼の名前が隠れた著作が多い。だが、今年7月号の中では教授の名に触れている。ホウィット教授に関しては小誌20239月号の2で、アギヨン、ホウィット両教授の業績に関する書籍を記した(The Economics of Creative Destruction: New Research on Themes from Aghion and Howitt, Harvard University Press, 2023)。アギヨン=ホウィット論文は画期的だった。シュンペーター先生が提唱した創造的破壊をモデルとして提示し、innovationによる創造だけでなく破壊にも目を配り、“innovationが生む負の外部性(negative externalities of innovation)”という事象(既存の製品・技術を陳腐化させ価値を減価させる事象)を明示した(“A Model of Growth through Creative Destruction,” Econometrica, Vol. 60, no. 2, 1990)

現在の目覚ましいAI技術の進歩、例えば930日にOpenAIが公表したSora 2を観察していると、無視する事の出来ないnegative externalitiesの影響を感じてしまう。尚、彼等の業績評価に関し、米think tank (Manhattan Institute)のアリソン・シュレイダー氏やOxfordKing’s College London(KCL)で活躍するダニエル・サスキンド教授の解説が参考になる(PDF版の2参照)

坂口志文教授の好きな言葉は運鈍根。北川進教授の好きな言葉は『後漢書』「銚期王霸祭遵列傳」の中の言葉「疾風知勁草(疾風に勁草を知る)」や『莊子』「人間世」の「無用之用」とのこと。また北川先生は「アイデアは斬新なほどたたかれる」と語っている。両教授の言葉は、独創的な見解は往々にして大勢の人から非難され無視される事を示唆している。科学技術であれ、思想であれ、芸術であれ、簡単に受け入れられる事は滅多に無いのだ。日本人初のノーベル賞受賞者湯川秀樹先生も学説を彼が当時所属していた大阪帝国大学で、そして東京の理化学研究所と東京帝国大学で話した時、誰からも賞賛を受けなかった。訪日した物理学者ニールス・ボーア博士からも評価されず、仁科芳雄先生も、湯川先生の仮説を評価する事に戸惑ったらしい。1937年にライプツィヒ大学に留学した朝永振一郎先生は「ヴェルナー・ハイゼンベルク博士が、湯川理論をボーア先生が理解しなかった事を不思議がっていた」と後年記している。

柏原正樹教授が日本人初のアーベル賞受賞者になった事も喜んでいる。と同時に、アーベル自身、5次以上の一般方程式の代数的解答が不可能である事を証明したが、ガウス大先生は理解出来なかった事を思い出している。坂口先生や湯川先生の例が示す通り、研究者は孤独を覚悟しなくてはならないのだ。友人達と『莊子』の中の言葉「人皆有用の用を知りて、無用の用を知ることなきなり; 人皆知有用之用,而莫知無用之用也; All men know the advantage of being useful, but no one knows the advantage of being useless」に首肯している。

シンガポールの友人達は、「日本はノーベル賞受賞者が多く、優秀な技術者も多いのに、研究成果や経済的成果が芳しくないのは何故か?」と頻繁に尋ねる。筆者の応えは次の通り「日本には勤勉で優秀な人が大勢いる。そうした人は協力して組織内で活躍するとは限らない。組織内に適切な機能分担体制が無く、目標達成に向けて組織を管理するリーダーを欠くと、組織は機能不全に陥るのだ。交響楽団で喩えればバイオリン奏者やフルート奏者といった演奏者は皆優れている。だが、指揮者やコンサートマスターの指導力、そして楽団を支える人々が問題なのだ」。

これに関連して、たとえ個々の専門家が一流であっても、複数の専門家が協力して組織的に働かなければ成果が出ない事を、ピーター・ドラッカー先生が述べた事を次の様に友人達に伝えた(The Effective Executive, 1966):

知識労働者は通常ただ一つの事を良く学ぶ事で、成果を上げる事が出来るのだ。即ち専門家になりさえすればよい。だが、それが意味する事とは、或る一分野の専門は一つの断面でしかなく不毛なものなのだ。最終的成果を出す前には、個別の専門的成果が、他の専門家の成果と統合されなければならない(He [knowledge worker] can, as a rule, be effective only if he has learned to do one thing very well; that is, if he has specialized. By itself, however, a specialty is a fragment and sterile. Its output has to be put together with the output of other specialists before it can produce results)

日本には定型業務を効率的に行う人が大勢いる。この事自体悪い事ではない。だが、それが故に非定型作業を臨機応変に行う人は他国に比して相当に強い社会的プレッシャーを受ける。そのプレッシャーを振り払って自己実現した人が坂口先生や北川先生なのだ。

トランプ政権の経済政策は、世界中に混乱を拡散させている。

米国の関税政策が世界中に不確実性を蔓延させている。IMF1014日に公表した2つの資料に背筋が寒くなるような表題を付けた(“World Economic Outlook: Global Economy in Flux, Prospects Remain Dim”“Global Financial Report: Shifting Ground beneath the Calm”PDF2参照)。また英国の経済評論家マーティン・ウルフ氏は、15日のFinancial Times紙上に小論(“The World Economy in an Age of Disorder”)を発表した。その直前の14日、JPMorgan Chaseのジェイミー・ダイモンCEOは金融市場での警戒感を高める必要性を語った。金融市場のみならず、財・サービス市場、特にglobal supply chainsに看過出来ない歪みが生じている。19日、クリステーヌ・ラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁は、米CBSTV番組(“Face the Nation”)に出演し、関税政策によって世界経済が傷つくと同時にAIの発達によって大きく構造変化を遂げると語った。しかも当然の事として米国関税政策は自国経済自身に大きな傷を与えている(Yale大学Budget Labの資料、PDF2参照)

水面下での交渉は別にして米中貿易戦争が激化する中、スコット・ベッセント財務長官は15日に中国のレアアース輸出規制に対して厳しい見解を表明した。翌日、Wall Street Journal紙は社説で直ちに政権を批判した(“Allies United against China on Rare Earths”PDF2参照)。同紙は長官の対中批判を是とする一方、米国が関税を通じて同盟国・友好国の産業基盤やsupply chainsを傷付けている事を批判している。小誌5月号で記したが、対中貿易戦争を開始するなら、自国(及び同盟国)の戦略物資の対中依存度を慎重に事前調査しておくべきだった。筆者は「米国は一連の政策の順序(sequence of policies)”が間違っている。レアアースに関し1020日公表の米豪合意のような代替供給先の確保や不使用技術(rare-earth-free technologies)”の開発を推進した後に、対中戦略に臨むべきだった」と友人達に語った。

トランプ政権の外交政策が国際政治に大きな変化をもたらしている。

筆者は米国経済界の動向を注視している。彼等こそが世界の将来に関して、最も大きな影響力を持っていると考えているからである。こうした理由から小誌ではWall Street Journal(WSJ)紙の中で注目した記事を、PDF2で掲載している(米中問題に関しては中国語版も掲載)。米国経済界はトランプ政権の予想が難しい世界戦略に対して柔軟な対応を迫られている。そうした動きの中で、筆者が先月注目したのは①前述したダイモンCEOと②AppleのクックCEOの動きだ(PDF2参照。クック氏の動向についてはBloomberg誌の記事に言及)

ダイモン氏は13日、JP Morganが安全保障関連投資に注力する事を記した小論を発表した(“Our Investments for National Security”)。同氏は、米国が自由の砦(the bastion of freedom)”民主主義の兵器廠(the arsenal of democracy)”である事を強調し、今後10年、1.5兆ドルを“Security and Resiliency Initiative”として(1)Supply chainsや製造技術、(2)国防・宇宙、(3)エネルギー、(4)AICyber、量子技術に投資する事を述べた。国防関連投資に関して彼は「敵国や潜在敵国は待ってはくれない(Our adversaries and potential adversaries aren’t waiting)」と緊急性を訴えている。筆者は、「香港でのJP Morganのプレゼンスは大きく、現地のIPOの動きに乗じて欧米の金融機関が香港での事業を拡大している事を勘案すれば、ダイモン氏の発言を引き続き注目しなくてはならない」と友人達に語った(PDF2Financial Times1021日付社説も参照)

Appleの動きも複雑だ。米中摩擦を懸念しベトナムでの事業を強化する一方、中国での投資も拡大する方針を採っている(PDF版の2“Apple to Build Tabletop Robot and Home Hub in Vietnam”“Apple’s Cook Vows to Boost Chinese Investment during Visit”(両方とも1015)を参照)

ノーベル平和賞を渇望するトランプ氏の言動は、中東と欧州を巡る国際紛争の解決に向けて忙しい。だが、その成果はどうだろうか。大統領は13日、エルサレムで「戦争の終わりだけでなく、恐怖と死の時代の終わりであり、信仰と希望、更には神の時代の始まり(not only the end of a war, this is the end of an age of terror and death and the beginning of the age of faith and hope and of God)」と語った。限られた情報を基にして感想を述べる事しか出来ない筆者だが、トランプ氏ほど楽観的でない。そして中東に関して、Harvardの欧州問題研究所(CES)で、故スタンリー・ホフマン教授から教わったレイモン・アロン氏の本(Penser la guerre, 1976 (邦訳『戦争を考える』))の中の意味深長な最後の文章を思い出した「私は…イスラエル人それともパレスティナ人、3つの聖典に基づく宗教の聖地をどちらが正当に要求出来るのか、法廷が下す事を待ち望む(J’attends qu’un tribunal decide qui, des Israéliens ou des Palestiniens, revendique à bon droit la terre sacrée pour les trois religions du Livre)」。

トランプ氏の言動はロシアとウクライナとの間で振り子の様に揺れ動いている。予見し難い超大国米国の言動を前提にして、欧州諸国は独立色を強める形でロシアからの脅威に備えている。現在、欧州諸国はロシアによるdronesの侵入やcyber attacksに悩まされている。こうした中、フリードリヒ・メルツ独首相に対するinterview13日のFrankfurter Allgemeine Zeitung紙に掲載されたが、筆者はその表題を見て驚いた「ドイツは欧州で最強の非核・従来型軍隊を編成(Wir wollen die stärkste konventionelle Armee in Europa aufbauen)」。これを読んで、筆者は停滞する経済と右傾化する政治の下で果たしてドイツが強力な軍隊を編成出来るのか、友人達と議論を続けている。

ドイツの右傾化に関して①小誌前号の2で示した独think tank(経済社会研究所(WSI))による報告書や②今月号の2で示したコンラート・アデナウアー財団(KAS)の報告書が興味深い。報告書は極右政党(AfD)の危険性を指摘していると同時に、将来における政情の不安定性を警告している。①の報告書のAfD対抗策に筆者は苦笑した。移民・難民・(無策の)政権に対する人々の不満を利用し、AfD民主制度下の感情化(demokratischer Emotionalisierungen)”を図り、人々の理性を惑わしている点を指摘している。報告書は、この事態への対応策として冷静に希望を語る建設的な民主制度下の感情化に努める事を提言した。筆者は「感情を基に人々を結束させるには、幸福・希望というの感情よりも、不幸・失望というの感情の方が容易である事は、フリードリヒ・フォン・ハイエク大先生が既に語っている。だから対応策としては効果が薄いと思う」と語った次第だ(PDFp. 2のヘッダー参照)。そしてHarvard Kennedy School(HKS)で友人達とピッパ・ノリス教授の本について約10年前に議論した事を思い出している(Radical Right: Voters and Parties in the Electoral Market, Cambridge University Press, 2005)

欧米社会の右傾化は日本にとって決して遠い国の話ではなく、日本も同じ潮流の中にいると海外は見ている(例えばPDF2Wall Street Journal, “Japan’s Ruling Party, Following Global Trend, Veers Right,” October 5Reuters, “Japan’s Far-Right Party Courts Trump Allies,” October 10を参照)

しかもロシアと対峙している欧州諸国は、ロシアを背後から援助する中国・北朝鮮の行動にも神経を尖らせているのだ。このため15日、マルク・ルッテNATO事務局長はブリュッセルにおける記者会見の場で次の様に語った:

豪州・ニュージーランド・日本・韓国…NATO用語ではthe IP4、インドパシフィック4。… 何故なら我々の認識では、欧州大西洋とインド太平洋は2つの離れた戦域だとは考えられないからだ(Australia and New Zealand and Japan and South Korea . . . in NATO parlance, the IP4, the Indo-Pacific Four. . . . Because we acknowledge that the Euro-Atlantic and the Indo-Pacific cannot be seen as two separate theatres)

まさしくルッテ事務局長が語った通り、サイバー時代・宇宙時代の現在では、殆ど全ての問題をグローバルに考えなくてはならないのだ。

10月も先月に引き続き、AI・ロボット技術に関して友人達と議論した。

小誌先月号でも記したがAI・ロボット技術は未だ揺籃期であるため、様々な課題と異なる評価が混在している。それ自体は当然であり、こうした中、我々の責務は人類に役立つAI・ロボットを効果的・効率的に開発・事業化する方策を探求する事であると考える。

先月はAIに関し①AI活用の難しさ、②AIと倫理問題を議論した。①では最初に小誌前号の2に記したMITの報告書(“The GenAI Divide”)に触れる。既に日本でも紹介されたが、巨額のAI関連投資にもかかわらず、95%の組織がAIの活用に失敗している事を記した報告書だ。報告書は大多数の組織がAIを導入したものの、AIを効率的に活用してない問題を指摘している。これに関し、MITのアセモグル教授もたとえ道具(AI)”が良くても、AIを使いこなせるヒトが不足している問題を指摘している(PDF2Bloomberg, “The Real AI Risk Is . . .,” October 10を参照。またMcKinsey, “Technology Trends Outlook 2025,” July 2025も参照)

効果的なAI活用に関して、米国海兵隊指揮幕僚大学でAIを利用した際の教訓を記した小論が非常に示唆的だ(Chapa and Cantu, “Human-Machine Planning: AI Lessons from the Marine Command and General Staff College,” PDF2参照)。その教訓とは(1)効果的なAI活用法として、作業の初期的段階において、多角的視点から思考する(divergent thinking)”際にAIを用いる事、(2大規模言語モデル(LLM)は誤答をする事(hallucinate)を認識した上で利用する事、(3)習熟の重要性。AIの誤答に直面すると、AIに興味を失う人が多い。だが、忍耐強くAIの活用を継続する事が重要、(4)AI活用は個人で単独で行うより、集団で個々人が相互に補完し合う事。即ちチーム構造のinnovationが必要な事、以上4つの教訓だ。結論として問題はAI技術の限界ではなく、AI活用方法の限界を克服する事。即ちtechnological innovationより、活用する組織のstructural innovationが重要だと著者は指摘している。これらの教訓に関連し、92日にForbes誌のwebsiteに掲載された或る専門家の警句を思い出した「愚者は道具を持っていても、やはり愚者(A fool with a tool is still a fool)」という警句がある。AIの場合も同じであり、A fool with an AI tool is still a foolなのだ、と。筆者は思わず笑うと同時に自らのAI literacyを高める事を改めて銘記した。

AIと倫理に関しては、クリスタリナ・ゲオルギエバIMF専務理事が923日にMaryland大でのGlobal AI Summit“The AI Economy”という演題で登壇し、また世銀グループ(WBG)IMF年次総会初日である1013日に市民団体の前で講演した際、IMFAIの規制・倫理を重視した“AI準備度指数(AI preparedness index)”を作成したと語った。このIMFの動きについて、内外の友人達と議論した。

ロボットに関しては軍民両術(DUT)としてのロボット技術開発動向に関する議論が中心となった。15日深夜、米Breaking Defense誌からemailが届いた—“Drones Dominate AUSA 2025”。米国陸軍協会(AUSA)の会合に併設された展示会での新型兵器は殆どdronesだったのだ。後日、同誌は詳報を提供している(“Drones, Drones Carrying Drones and Counter-Drones on the AUSA Show Floor”PDF2参照)。軍用のdronesはウクライナが実戦を通じ急速に発展させている。欧州の政策を研究する米think tank(CEPA)は、ウクライナの民間企業家から軍の精鋭drone部隊(Yasni Ochi/Ясні Очі, or Clear Eyes)の指揮官に転じた人の活躍を伝えている(“Ukraine’s AI Drones Hunt the Enemy”PDF2参照)

我々の関心は民間用dronesだが、ウクライナだけでなく中露両国、更には米欧亜の軍事用drones開発の動きも注視する必要がある。

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