中国経済は2022年に高度成長期の終焉を迎え、経済の期待成長率が下方修正された。
このため、中国の企業、消費者はいまだに先行きに対する自信を回復できず、成長率は中長期的な低下傾向が続いている。
こうした状況下、もともと中国市場で収益を確保できるほど高い国際競争力を持っていない中堅中小企業、一部の大企業は中国市場から撤退、または事業縮小の動きを加速している。
しかし、高い国際競争力を持つ日米欧の一流企業は基本的に中国国内市場に対する積極姿勢を変えていない。
それは、第1に、中国市場が今後も中長期的に世界最大の市場であり続けること、第2に、日米欧の一流企業が最先端の技術を投入して同一条件で熾烈な競争を展開する唯一の市場であるからである。
以上の2点において、当面中国に代わる市場は出てこない。
こうした条件を備えた中国市場から撤退すれば、巨大市場で売上高を確保する機会と自社の技術競争力の世界における立ち位置を確認する機会の両方を失うことになる。
このため、世界の一流企業の経営者は「中国で勝てない企業は世界で勝てない」という認識を共有している。
しかし、米国、欧州では、本年に入ってから対中投資に対する逆風が一段と強まっている。
米国ではトランプ政権の企業に対する圧力が強まり、企業経営者が政府の意向に逆らう場合のリスクが高まっている。
トランプ政権は企業が政権の政策方針に従順に従わない場合、様々な営業妨害措置を通じて政府の意向に従わせることが多い。
このため、企業経営者は事業リスク回避のために政権の意向に従わざるを得なくなっている。
とくに企業経営者は議会証言への出席を求められ、中国事業等に関して反中派の議員などからつるし上げられることを強く警戒している。
このため、多くの企業は対中投資を極力目立たないように実施しているほか、議会証言を求められないよう多大なコストをかけて議会や政府に対するロビー活動に注力している。
欧州では米国のような政府による理不尽な圧力は存在しない。
しかし、本年に入って以降、中国のロシア寄りの姿勢が顕著となっていることから、ウクライナを支援する欧州全体で中国を敵視する反中感情が強まっている。
このため、企業は市場の敏感な反応に配慮せざるを得ず、米国企業と同様に対中投資については極力目立たないよう慎重に実施するよう努力している。
このように、グローバル市場で高い競争力を有する欧米一流企業は対中投資に対する基本姿勢を変えていないが、投資行動はより一層慎重にならざるを得なくなっている。
以上のような状況に置かれている欧米企業に比べて、日本企業は中国での投資拡大や中国の先端技術導入に関する事業活動などを比較的オープンに発信しやすい状況にあるように見える。
この間、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、パナソニックなどのメーカーは、中国の先端技術やコスト削減技術を活用し、中国市場や世界市場の開拓に成功している。
サービス産業では、イオン、大手コンビニエンスストア、ユニクロ、無印良品、サイゼリア、スシローなどが積極的な店舗展開を継続し、中国市場での存在感を高めている。
中国経済の成長率は今後数年間にわたり、引き続き低下傾向を辿ることが予想されている。
しかし、中国は、GDP(国内総生産)の規模が日本の約5倍、人口は約10倍という巨大市場である。
しかも、経済成長率が低下したとはいえ、依然4%以上を確保しており、日米欧の先進国に比べると、成長率ははるかに高い。
その中国市場で市場シェアを拡大できれば、今後も巨額の利益確保が可能である。
上述の日本を代表する優良企業においても、中国の最先端技術等を活用し、技術力や生産効率を向させ、国際競争力強化、人手不足の緩和等のメリットを享受している。
こうした日本を代表する優良企業が中国国内市場で積極展開していることは日本のメディアがしばしば報じている。
それでもそうした企業が国会で吊るし上げられ、大手有力メディア等から厳しく批判されることはない。
上記のような有名企業のみならず、中国に進出している日本企業全体としても、対中投資姿勢は積極的な企業が多い。
それは中国日本商会が本年6月に公表した、中国に進出している日本企業を対象とした調査結果(「中国経済と日本企業2025年白書」)が示している。
本年2025年の投資額を前年に比べて増加させる企業が16%、前年並みの企業が42%。今後1~2年の事業展開については拡大が22%、現状維持が65%。
回答企業数が約1500社であることから、積極姿勢の企業は一握りの有名企業だけではないことが分かる。
しかも、中国の事業環境に満足する企業は全体の64%(前年回答比10%改善)に達した。これらの企業の多くは中国事業の縮小・撤退を考えていないと考えられる。
米国、欧州では、たとえそれが雇用、企業収益、株価等にプラスの影響を与えるとしても、議会、政府、国民からの風当たりは強い。
このため、欧米企業は中国関係の事業活動が極力メディア報道の対象とならないように注力している。
世界の一流企業が世界市場で勝つためには中国市場で勝つことが不可欠であることを考慮すれば、日本企業は欧米企業に比べて有利な立場にある。
日本国内の対中感情は米国、欧州に比べて決して良いとは言えない。
最近の官民双方の世論調査において日本国民の8~9割程度が中国に対して親しみを感じないと回答している。
それにもかかわらず、議会、政府、メディア、一般国民が日本企業の対中投資に対して比較的寛容であるのは以下の2つの理由が考えられる。
第1に、欧米に比べて日本は国内市場が小さい。
名目GDP(ドルベース、2025年予想、IMF世界経済見通し2025年4月)で比較すると、米国は日本の7.3倍、EUは4.8倍、中国は4.6倍である。
米欧企業はまず米国およびEU市場の開拓から着手できるが、日本にはそうした中国に匹敵する大市場がない。
自国市場の規模が小さいことを考慮すれば、日本企業は距離的に最も近い中国市場を軽視することはできない。
日中関係が現在より悪かった2010年代前半でもその現実を受け入れていた。
日本国民もそこは割り切って、感情論と企業にとって他に現実的な選択肢がない事情を冷静に分けて考えざるを得ないと受け止めていると思われる。
第2に、中国経済に対する理解度を比較すると、日本の企業、政府、メディア、有識者・専門家等の平均的な理解度は欧米に比べて高い。
これは毎年3回、欧米に出張し、毎回数十名との直接面談を通じて情報収集をし続けている筆者の実感である。
2010年代以降は日中関係が悪化しているが、それ以前の日中関係が良好だった時代に中国に進出し、現在も中国に残っている日本企業は欧米企業に比べてはるかに多い。
米国商会の会員企業は約2700社、EU商会は約1700社、これに対して、中国日本商会(北京)、上海日本商工クラブ、大連日本商工会、広州日本商工会、蘇州日商倶楽部など、中国全土の日本の商工会組織の法人会員数を合計すれば8300社に達する。
加えて、日本政府の中には中国語が堪能で、中国駐在経験が豊富な役人が各省に多く存在し、今も中国政府のカウンターパートとの緊密な交流を続けている。
米国および欧州の政府内部にはそうした中国通の人材はほとんどいないのが実情である。
庶民レベルでも今年の中国の訪日旅行者数は通年で1000万人に達しそうな勢いである。
これに対して、米国は年間200万人以下、欧州は正確なデータがないが、数百万人程度とみられている。
欧米諸国に比べて日本を訪問する中国人旅行者数は圧倒的に多い。加えて、中国において海外旅行先の中で日本観光は人気ナンバーワンである。
日本と中国は、距離が近く、時差もなく、漢字、箸、仏教、儒教など日常的な文化や生活習慣の面でも共有するものが多いことも影響している。
この間、日本在留中国人数も2000年33.6万人、2010年68.7万人から2024年87.3万人と着実に増加傾向を辿っている。
このように日本と中国の交流は企業、政府、一般国民各層において依然緊密であり、日本人の中国理解は欧米諸国に比べて厚みと歴史を持っている。
こうした日中間の相互理解は両国間の相互尊重、相互協力の基礎となっており、これが日本人の中国に対する寛容な姿勢を支えている一因と考えられる。
とくに最近は、若者の間でアニメやグッズ人気が高まっており、それらを通じて多くの中国人が日本語を流暢に話すようになっている。
加えて、日本で学ぶ中国人留学生数が着実に増加している(2000年3.2万人、2010年7.8万人、2024年5月12.3万人、日本学生支援機構調べ)ことも一定の影響力を持っていると考えられる。
日本で学ぶ中国人の若者の多くがアニメを通じて日本に関心を持つようになったという話は非常に多く、その日本語レベルの高さにはしばしば驚かされる。
日本は米国や中国のような大国でもなく、EUのような強固な国際連携に属してもいない。
地理的、歴史的に見て、今後もそうした日本の立ち位置が続くと考えられる。
戦後、長期にわたって日本は米国を頼りにしてきたが、第2次トランプ政権の下では米国企業ですら不確実な政策に振り回され、一定の予測された前提に基づく経営計画を立てることができずに苦しんでいる。
この状況が続く限り、少なくとも経済面において、従来のように米国頼みの姿勢を継続することは現実的ではない。
実際、本年に入ってから日本の一部の大企業本社においても中国に対する見方が変化しているとの話を聞く。
第2次トランプ政権発足後の米国の予測不能な混乱状況を踏まえて、本社経営陣が中国の政治経済の相対的な安定性を評価するようになったため、以前に比べて組織内での中国ビジネスへの逆風が弱まっているということだ。
こうした企業に代表される日本全体の米中両国に対する見方の変化が、前述の日本企業の対中投資積極姿勢にもつながっていると考えられる。
それは米国重視から中国重視へシフトすることを意味するものではない。日本としては米国も中国も、そして欧州もその他の地域の国々もみなバランスよく大切にすることが必要である。
今後も米中欧対立が続くことが予想される状況下、こうした日本の企業、政府、国民全体の客観的な中国理解と冷静でしたたかな実践行動こそ、日本という国家が安定的に発展を続ける重要な土台であることを改めて強調したい。
それと同時に、中国と欧米諸国の両方を深く理解する日本の各層の人々が仲介役となって、米中間、欧中間の誤解に基づく摩擦を和らげ、相互理解、相互信頼、相互協力を促進する積極的な役割を担うことを期待したい。