メディア掲載  エネルギー・環境  2025.10.17

エネルギー問題に幅広い議論を

月刊エネルギーレビュー(2025年9月20日)に掲載

エネルギー政策

――東大の原子力国際専攻で博士課程まで進んだのですね。

「もともとは文系だったのですが、世の中でネガティブなものと結びつけられているものを考えてみたいという思いがあり、原子力もその一つでした。専攻は社会学でもよかったのですが、原子力ムラと呼ばれるほど閉鎖的なところなら、中からは違うものが見えるだろうと思い、震災直前に進学を決めました」

――それでは原子力工学を研究しようと思ったわけではないのですね。

「もちろん、専攻すると決めたので工学的なことも勉強しましたが、私には向いていないことがよく分かりました。一方で、原子力分野の中では、社会とのコミュニケーションや国際的なコミュニケーションに関するスキルが求められていることも分かり、得意なことを活かして貢献しよう、と思うようになりました」

――コミュニケーションの問題を取り上げているとのことですが、具体的にはどんな点があげられますか。

「たとえば、政府は対話と説明で理解を得ると言いますが、対話は説得の手段ではありません。対話の目的をきちんと精査するべきです。あるいは、高レベル放射性廃棄物について、双方向に意見を交わしても、政府の側に政策を再考する仕組みがなければ対話になりません。相手の説明を受け止めて、考える作業を、国民側に一方的に押し付けることになるからです。処分場の目的やデザイン、運用、何を埋めるのか等、推進側も市民の意見をもとに検討する体制が整ってはじめて対話ができます」

――核燃料サイクルの中身に関する説明が十分ではないということでしょうか

「現在の政策の範囲内でも、処分の必要性はガラス固化体に限りません。さらに、核燃料サイクル政策の見直しを射程に入れれば、高レベルは決して『国が説明し、国民が理解すれば済む問題』とは言えないはずです」

――さきのエネルギー需給計画で原子力に再び脚光があたりましたが。

「政府は原子力に関して色々やると言っていますが、その体力はあるのでしょうか。事業主体、立地、そして日本の原子力事業に対する国内外の信頼回復は前途多難です。また、規制の問題もあります。そもそも、社会としてどういうリスクをどの程度許容できるのか、事故時に人体への影響が小さいとしても、暮らしに大きな影響が及ぶのをどこまで許容するのか。開発拡大に舵を切る前に、議論しておくべきです」

――そうした社会的な問題に関しては学生時代から研究されてきたのですね

「日本では、政策は全て科学的、合理的に決定できるという幻想が強いと感じ、当時から価値の議論に着目していました。GDPと温室効果ガスが重要、というのも一つの価値観です。では、格差、暮らし方、働き方、災害時のレジリエンスはどうか。日本社会にとってどの程度重要か。政策の岐路においては、こうした大局的な価値の議論が重要です。電源だけ付け替えても、既存のインフラと整合しません」

――エネルギーの需給に関しての課題についてはどんな点を指摘されますか。

「経済成長に直結するイノベーションにこだわるあまり、社会を支えるインフラとして足元が疎かになっていると思います。革新炉など様々な技術開発が計画されていますが、果たして住みよい社会につながるでしょうか。電力自由化のような改革も、国際競争力を強化するとされていましたが、有効性は十分に検証されてきたでしょうか。もっと幅広い視点で、継続的に政策オプションを評価していくことが重要です。私もシンクタンクの一員ですが、こうした機能がわが国では弱いように思います」