出入国在留管理庁の2024年度末の統計によれば、日本の技能実習生の数は約45万7000人だが、高度なスキルを持つ外国人労働者の数も多く、前年比で約5万6000人多い約41万9000人いる(令和6年末現在における在留外国人数について<出入国在留管理庁>)。日本企業で働く外国人社員は、日本の労働環境の中で何を感じているのか。日本企業における働き方と多様性に関して調査・研究を続けている米インディアナ大学のヒラリー・ホルブラウ教授に聞いた。
(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──日本企業における外国人の働き方に関して研究をされているとうかがいました。どのような研究をされているのでしょうか?
ヒラリー・ホルブラウ氏(以下、ホルブラウ):私は最初、日本企業における外国人の働き方について研究しようと思いましたが、外国人にだけ焦点を当てると、外国人労働者が日本社会から切り離された存在になってしまうことに気づき、外国人の働き方を含めた、広く日本の労働環境の研究をすることにしました。
従業員1000人以上の12の日本企業の協力を得て、2014年から2015年にかけて調査しました。調査の回答者数は合計539人で、そのうち約100人が外国人でした。企業側にいくつかの部署を選んでもらい、その部署に配属されている社員全員に調査に参加していただきました。
日本は外国人の労働者の受け入れの歴史が浅く、外国人の労働者に対して賃金の不平等が起きているのではないか、という仮説を私は調査前に立てていましたが、データを取って分析してみると、収入の不平等は異なる形で出ていました。
日本人の社員と外国人の社員の間に収入の差は、基本的にはほぼありませんでした。ただ、外国人の間で、同じポジションでも、その外国人社員がどこの国から来たかによって不平等が生じていました。
西欧から来た外国人社員の収入は、他の国、たとえばアジア諸国などから来た外国人社員や日本人社員の収入よりも10~20%ほど高かったのです。外国人でもアジア人社員の収入は日本人社員と同程度でした。
加えて、性別による収入の格差も明らかになりました。外国人であるなしにかかわらず、男性社員は女性社員よりも収入が高かったのです。30代であれば10%ほど、40代以降は20~40%の男女間で収入の格差がありました。女性は収入や昇進の面で、とても不利な立場に置かれているということです。
──この調査の中では、西欧人とアジア人はどのぐらいの割合だったのですか?
ホルブラウ:調査の対象者は全体で約500人、その中で日本人が約400人、外国人が100人で、その100人の中の約20人が西洋人で、残り約80人がアジア人でした。この西欧人の中には、白人、黒人、西欧から来たアジア人も含まれます。
──男女の間に収入や昇進で格差があったというお話がありましたが、日本企業の中の外国人の男女の中でも、同じ差が見られましたか?
ホルブラウ:見られました。やはり外国人社員に対しても同じように性別による収入格差がありました。
──西洋から来た外国人と、アジアから来た外国人の間で、収入に差があるのはなぜだと思われますか?
ホルブラウ:この研究結果について企業などで発表するたびに、この部分は特になぜかという質問を受けます。
これは要するに、西欧人、とりわけ白人が目立つ存在だから、会社やプロジェクトチームに入れておきたいと企業の上層部が考えがちだということです。インターナショナルな側面をアピールするために、西欧人をプロジェクトチームに入れたがる傾向があるということです。
──日本企業で、より高い収入で雇われる西欧人の方々は、どんな経緯で、日本企業で働き始めたのでしょうか。
ホルブラウ:たとえば、JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)を通して日本に来て、日本人の女性と結婚して日本に定住している方などが多く見られました。
私のサンプルでは、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアなど英語圏の方が多かったです。スペインやオランダなど、いわゆる英語圏ではない方も少しいましたが、日本では皆さん、英語で仕事をされています。
──西洋から来た方、アジアから来た方、皆さん含めて、日本語の上達具合は、給料に反映されているものですか?
ホルブラウ:日本語レベルが高い外国人社員の収入が高いということは全くありませんでした。むしろアジア人社員の場合は、日本語がうまい人のほうが日本人よりも少し給料が低いケースも見られたのです。とても不思議に思えますが、調査から得た印象では、長く日本にいるほど差別の対象になる場合があるということです。
──日本企業で働く外国人の方々は、日本の労働環境に対して、どんな不満を持っていますか?
ホルブラウ:「会社の規則や方針の説明が信頼できない」という声に数多く出会いました。日本企業は外国人を円滑に受け入れるために、外国人を教育したいと考えます。教育を通して日本のやり方や、その会社のやり方を学んでほしいと考える。それ自体は正しい試みだと思います。
ところが、教育を通して日本企業がする説明と、実際の労働環境や労働条件のギャップが大きくてとまどうことが多いようです。
会社は「能力とやる気次第で昇進の機会を平等に与える」と主張していますが、それが実現しているとは感じられないようです。特に女性社員ほどそう感じることが多く、男女間の収入や昇進の格差などは、明白に嘘があると皆さん感じているようです。
この点は、必ずしも外国人だからそう感じるということではなく、日本人も含めて多くの社員がそう感じているということです。
──日本企業に対するポジティブなフィードバックもありましたか?
ホルブラウ:仕事が安定しているというか、なかなか解雇されないことを有難いと考えている外国人の社員が多くいました。とりわけ中国人や韓国人の社員から安定性を評価する声が聞かれました。
話は少しズレますが、日本で働いている外国人の中には、より収入が高い日本にある外資系企業で働きたいと内心望んでいる方が少なくありませんでした。しかし、日本にある外資系企業に入ることはなかなか難しいようです。日本にある外資系企業の数がそう多くないため、そちらへの就職・転職が難しいのだと思われます。
──日本企業はどんなところを改善する必要があると思われますか?
ホルブラウ:まず男女格差です。日本企業が信用できない重要なポイントとして男女格差を挙げている方は少なくありません。男女格差の問題は、外国人の労働条件の問題とは別の議論だと思われがちですが、ここは大いに重なるポイントだと思います。この問題を解消できると、印象が大きく改善して企業の信頼感が回復するからです。
私は日本企業側に、なぜ男女間でこれだけ格差があるのかと質問もしました。すると「女性は労働時間が短い」「女性は一般職が多い」「女性はライフイベントがあって育児休業を取得する」といった企業側の回答が出ました。
ただ、データを分析していくと、私が調査した大手企業では、男女間でそれほど働き方が異なるわけではありませんでした。女性もスキルを活かし、責任のあるポジションで、男性に負けないぐらい長時間労働をしていました。
──円安ですから、日本に住んで日本で働きたいと考える外国人が必ずしも増えるかは分かりませんが、日本に行きたいと考える外国人はかなりいると思われますか?
ホルブラウ:私はアメリカの大学の東アジア学科で教えていますが、「日本に住んでみたい」と語る学生は少なくありません。
トランプ政権の影響もあり、アメリカでは表現の自由が危ぶまれる空気が生まれています。そのため、今こそ日本に行きたいと望む人はむしろ増えていると思います。一方で、注目を集めている参政党が「日本人ファースト」という表現を使っていることを知り、日本に行くことが難しくなるのではないかと心配している学生もいます。
──参政党はアメリカでも話題になっていますか?
ホルブラウ:そうですね。私自身が授業で参政党を取り上げることがあるので特に盛んに議論されますが、アメリカのメディアでもそれなりに取り上げられている印象があります。アメリカのポピュリズムの波が欧州にも移り、今後は日本にも移ってきたという方向で報じられています。
ただ、もともとアメリカ人は日本という国は移民の受け入れに厳しく、「外国人に排除的」という感覚を持ってきました。参政党の主張はそうした日本の印象と合っているので、こうした政党の登場は自然なことだとも受け止められています。日本に住んでいた私からすると、日本人が外国人に特別冷たいとは思いませんが。
──ホルブラウ先生は、日本に住んでいたときに、差別を感じましたか?
ホルブラウ:差別がある部分と、そうでない部分がありますね。たとえば、アパートなどを探すときに「外国人はお断り」などと書かれている場合があります。一方、個人間の付き合いでは、外国人だから差別的なことをされたという印象はほぼありませんでした。
技能実習生などは別ですが、ホワイトカラーの仕事では、雇用に関しても日本人との間に優劣なく扱われていると思います。繰り返しますが、問題として顕著だったのは男女の格差です。
日本企業の場合、企業の下層部の仕事に女性が集中する傾向があります。単純作業には女性があてられがちです。西欧の場合は、下層部に女性が集中するという傾向が比較的少ないため、能力や特性に対する偏見を乗り越えやすいのではないかと思います。
──日本の移民政策に関して、どんなことをお考えになりますか?
ホルブラウ:日本は少子高齢化が世界に先駆けて突出して進んでいる国です。そして、その対応策として、移民の受け入れを増やすかどうかという議論があります。少子高齢化の問題を抱えている国はいくつもありますが、日本ほど極端な状況ではありません。
ですから、ここから日本がどうしていくのかは、世界の模範になっていくと思います。失敗したら反面教師になるでしょう。
子どもの教育が非常に重要になっていくと思います。外国人が増えれば、外国にルーツを持つ子どもの数も増えます。日本の教育制度は、子どもの親は当然両方が日本人だという前提の上に構築されていますが、この辺りは見直しが必要だと思います。
たとえば、日本語教育を充実させる必要があります。そうしなければ、社会全体に外国人をうまく統合していけないと思います。
──フランスでは、中東からの移民の二世や三世が社会になじめず、貧困の中で孤立して、全体ではごく一部ですがホームグロウンのテロにつながるケースが報道されています。必ずしもテロという形で出るかは分かりませんが、そういう恐れがあるということですね。
ホルブラウ:そうです。フランスでこのような問題が生じた一因として、移民の子どもたちが特定の学校に集中する傾向があることが挙げられます。日本は隔離するのではなく、包摂しながら一緒に生活していけば、さまざまな対立を予防していけると思います。
日本語教育は、ボランティアなどだけに頼らずに、国の予算を使って投資しなければなりません。日本語を教えるスキルを持つ人たちを育成していくことが重要だと思います。