先週初めから、今年3回目の米国出張でワシントンD.C.、ボストンなどを訪問し、大学、シンクタンク等の専門家、有識者との面談を通じて、トランプ政権第2期の政策運営に対する見方を聞いた。
2月下旬の本年1回目の米国出張の時には、大統領就任直後から毎日のように常軌を逸した内容の大統領令を出し、記者会見を重ねるドナルド・トランプ大統領に多くの専門家、有識者、メディア関係者等が振り回され、動向をフォローすることに疲れ切っていた。
5月下旬の2回目の出張では、トランプ大統領の言動パターンに慣れた人たちが多くなったように感じられた。
ほぼすべての専門家、有識者が第2期トランプ政権の政策運営に対して、第1期以上に予測不能性が高まっていると見ていた。
加えて、数人の専門家は、トランプ大統領の行動基準は「grievance」(トランプ大統領に対する尊重の姿勢が不十分な相手に対する不満や怒り)であるという見方を示した。
本年3回目となる今回の米国出張では、専門家、有識者がトランプ大統領の言動や政策運営に慣れる一方、それらに対する修正を促す努力をしても効果がないといったあきらめムードが増しているように感じられた。
それは大統領府(行政)に対するチェック・アンド・バランスの機能を発揮することが期待されている議会(立法)と裁判所(司法)がその役割を果たさないことがますます明らかになってきていることが背景にある。
民主主義国家運営の大前提である三権分立が機能せず、民主主義が破壊されているのがトランプ政権第2期の実態であるとの指摘は、ほとんどの専門家、有識者の一致した見方となっている。
上述の問題点については多くの具体的な事例が指摘されている。
USAID(U.S. Agency for International Development=米国際開発庁)、教育省の設立は議会が決定した法律に基づいていることから、その解体も議会の権限に属する。
それにもかかわらず、トランプ政権は大統領の命令によってそれらを解体した。これは憲法違反であるが、議会はこれに反対しない。
半導体を開発・設計・販売するNVIDIA(エヌビディア)と半導体メーカーのAMD(Advanced Micro Devices)の両社が中国向けに輸出する人工知能(AI)チップからの収入の15%を米国政府に支払うことが義務付けられた。
これは違法な措置であると指摘されているが、議会は反対することなく容認している。
トランプ政権が日本をはじめ、多くの貿易相手国を対象に実施している相互関税についても第1審、第2審で違憲判決が出されているが、トランプ政権は最高裁に上告して争っている。
今後、最高裁が違憲判断を支持したとしてもトランプ政権は別の法的根拠に基づいて関税を引き上げるので、相互関税が他の名目の関税によって置き換わるに過ぎないと予想されている。
これは、米国政府が自由貿易を制限しようとすればどんな手段を用いてでも制限できることを意味している。
そもそも、世界の自由貿易を推進する役割を担うWTO(世界貿易機関)が機能不全に陥っているのも米国政府の自由貿易に反対する立場からの様々な圧力によるものである。
このほか、違法とまでは言い切れないが、米軍制服組幹部や労働統計局長の解任、FRB理事に対する辞任要求、DEI(Diversity=多様性、Equity=公平性、Inclusion=包括性)を支持するメディアや民間企業の人事への干渉など権力の濫用事例は数えきれないほど指摘されている。
以上のようなトランプ政権の問題の本質は、法の支配(Rule of Law)の無視にあると指摘されている。
欧州の大多数の有識者は、民主主義を破壊し、法の支配を無視するトランプ政権とは価値観を共有できないと指摘する。
米国内でも専門家、有識者はトランプ政権に対するこうした見方を共有している。
それにもかかわらず、議会と裁判所はチェック・アンド・バランスの機能を十分果たそうとしていない。
それについては以下の理由が指摘されている。
議会は現在、上下両院とも与党共和党が過半数を占めている。共和党議員はトランプ政権の方針に逆らうと、次の選挙で立候補する際に、予備選の段階で様々な方法で当選を妨害され、落選させられる。
多くの共和党議員はそのリスクを恐れて、トランプ政権が掲げる政策方針に対して反対できない状況に置かれている。
野党である民主党はトランプ政権に対して反対することが可能だが、現在は上下両院において少数派であるため、議会の決定を動かすことができない。
裁判所については、トランプ政権の相互関税に対して、1審、2審の裁判所が違憲判決を下すなど、一定のチェック・アンド・バランスの機能を発揮している。
しかし、最高裁については、9人の判事のうち6人(うち3人は第1期トランプ政権が任命)が保守派で共和党寄りの判断を示す傾向がある。
このため、トランプ大統領の意向を尊重する姿勢が強く出ている。
こうした事情から今後も最高裁がチェック・アンド・バランスの機能を十分発揮することは期待できず、明確な違憲判断を示さないことが懸念されている。
以上のように、現時点ではトランプ政権の暴走を止める意思は議会も裁判所も強くない。
米国の専門家、有識者はこの実態を眺めて、当面は政策の修正をあきらめている人が多いように感じられる。
しかし、ここにきて戦略性、合理性、整合性を欠くトランプ政権の政策運営の副作用が徐々に出始めている。
消費者物価指数前年比は5月の+2.3%をボトムに昇傾向にあり、8月は+2.9%に達した。
雇用については、7月の非農業部門の新規雇用者は同+7.9万人だったが、8月は同+2.2万人と事前予想の+7.5万人を大きく下回った。
このように物価、雇用の両面で経済指標の悪化が見られ始めている。これらの傾向が今後さらに顕著になれば、一般庶民のトランプ政権に対する支持率は低下する。
ギャラップ社調査によれば、第2次トランプ政権発足当初47%だった支持率は8月時点で40%にまで低下している。
今後、経済情勢が悪化すれば支持率がさらに低下し、来年の中間選挙では下院で共和党が負ける可能性が高いとの見方が多い。
現在は野党民主党が上下両院で少数派であるため、トランプ政権に対する議会の抵抗は弱く、チェック・アンド・バランスが機能していないが、来年11月の中間選挙後はその状況が改善される可能性が期待されている。
今回の出張中、数人の米国の専門家、有識者から、日本政府や日本のメディアが他国に比べてトランプ政権に対してソフトに対応しているのはどうしてかという質問を受けた。
これは筆者自身も第2期トランプ政権発足当初から感じていたことである。
さらに言えば、バイデン政権のイデオロギー重視による世界の分断や自由貿易体制推進への抑圧についても、日本政府や日本のメディアは強く反対せず、その方針を受け入れる傾向があった。
欧州の専門家、有識者は数年前からこの問題点を厳しく指摘していたが、ここにきて米国の専門家、有識者自身も同様の指摘をするようになっている。
日本は安全保障面で米国の防衛力に依存しているため、一定の配慮をせざるを得ない面がある。
しかし、民主主義の破壊や自由貿易の抑圧という日本の国益に根本的に反する問題についてまで米国政府の問題点を指摘しない姿勢を継続することは日本に対する国際社会の信頼を失うことにつながりかねない。
我が国と米国との関係の重要性は言うまでもないが、米国はトランプ政権だけの国ではない。
日本が言うべきことをきちんと言うことを期待している米国の専門家、有識者は多い。
日米の長期的な信頼関係を展望すれば、トランプ政権にとって耳が痛いことでも日本政府、メディア、有識者、専門家が筋を通す姿勢を示すことは重要である。
民間人も含めて最も重要な同盟国米国に対する姿勢が問われている。