海上保安庁は、尖閣諸島周辺の緊張した海域で領海警備に従事している。くわえて、国内法上の武力攻撃事態であり、国際法上の武力紛争が発生している東シナ海でも、海上保安庁は、自衛隊法80条に基づき2023年に発出された統制要領のもとで、一定の機能を果たすことを想定されている。
海上保安庁の安全に密接に関連するのが、武器使用を規律する「比例性原則」である。筆者は、比例性原則とは、「相手が行うことと、同じことで、対応してもよいという意味である」という誤解を、繰り返し耳にしてきた。これは、海上保安庁のみならず、海上自衛隊にとっても、極めて重大で危険な誤りである。海上保安庁も、海上自衛隊も、後者は、自衛隊法82条のもとで海上警備行動に従事する場合には、警察機能を果たすのであり、その武器の使用は、「警察比例原則」「比例性原則」とされる警職法7条により制限されるからである。危害を与える武器使用は、より厳格な制限に服する。
筆者は、そのような比例性原則をめぐる誤解があるならば、学問的な整理や知識の紹介により、それを解消したいと考えている。しかし、それだけにはとどまらない。筆者の深刻な懸念は、法、すなわち、比例性原則の正確な認識と理解が欠けていれば、海上保安庁の安全が著しく損なわれることに向けられている。
法、すなわち、一方で、比例性原則の認識と理解と、他方で、海上保安庁の安全の確保とが、相互に不即不離の関係にあり、両者は、不可分の一体をなす。したがって、とくに、台湾有事のような国際法上の武力紛争時を含む緊張状況にある東シナ海では、事実や経験(だけ)に基づく危険回避の判断は、海上保安庁の安全を担保しないのである。
そうした懸念に基づき、比例性原則の正確な認識と理解に一助を提供することが、筆者にとっての重大で喫緊の課題である。
兼原研究主幹は、海上保安庁有識者ネットワーク「Compass Voice」メンバーです。