中谷元・防衛相が8日、日本の防衛相として10年ぶりに訪韓し、安圭伯(アンギュベク)国防相と会談しました。会談の意義や日韓接近の動きをどうみるか、法政大人間環境学部の伊藤弘太郎・特任准教授(東アジアの安全保障)に聞きました。
――防衛省に「昇格」した2007年以降、訪韓した防衛相は11年の北沢俊美氏と15年の中谷氏だけでした。今回の会談では、防衛相の相互訪問をはじめ、防衛当局間の人的交流を活性化させることで一致しました。
日韓の防衛交流において、防衛相が訪韓することの意味は非常に重いといえます。
慰安婦問題などをめぐって日韓関係には不安定な時期が長く、防衛相の韓国訪問は実現していませんでした。防衛相の訪韓は進歩(革新)系の世論を刺激する要素があり、日本側にも遠慮がありました。ですが、日韓関係の改善が進み、今年8月には李在明(イジェミョン)大統領が訪日し、首脳会談がうまくいった。このタイミングしかなかったと思います。
安全保障環境が厳しさを増すなかで、日韓の防衛当局間でスピード感をもって議論すべき課題はますます増えています。防衛相会談を定期的に実施し、コミュニケーションをとることは重要です。
――進歩系の李在明政権下でも、日韓の安全保障関係が崩れないのはなぜでしょうか。
多くの理由がありますが、最も大きいのは、ロシアと北朝鮮の軍事協力の深化でしょう。
韓国では、次に朝鮮半島で戦争が起きた時にロシアが介入するのではないかという危機意識が高い。日米韓の連携で、抑止するしかないと考えられています。
また米国のトランプ政権下で、在韓米軍の態勢縮小の検討も進むとされるなか、韓国で、日本とスクラムを組もうという動きが出てきているのではないでしょうか。
――防衛相会談では人工知能(AI)や無人システム、宇宙などの先端分野での協力の可能性を模索することを確認しました。
ドローン(無人機)は韓国国内でさまざまな企業が製造していて、サプライチェーン(供給網)が確立されています。最近、日本でも海外からの調達の必要性が指摘されていますが、そのプレーヤーのひとつとして韓国を取り込んでおく必要があると思います。
日韓ともに、両国の防衛産業協力に難色を示す層が一定数います。ですが、ロシアのウクライナ侵攻で韓国での危機感も高まっています。韓国の比較的若い世代では、日本との協力に前向きな見方も出てきています。
――韓国と中国は経済的な結びつきが強く、中国への配慮から、韓国は日米豪韓比などの枠組みへの積極的な参加に及び腰だとの指摘もあります。
この10年で、中国に対する韓国の意識は変わってきています。中国は軍事活動を活発化させ、韓国側にプレゼンスを広げており、黄海上では近年、緊張関係が続いています。
また南シナ海では、フィリピンと中国の衝突が相次いでいます。日米豪韓比5カ国の連携についても、中国を刺激しすぎないようにという配慮はありますが、連携の重要性については共通認識があると思います。
韓国は国内世論にも配慮しながら、豪州などの米国以外の国とも、軍の相互運用性を高める取り組みを少しずつ進めています。
――今後、日韓の防衛協力はどのように進むでしょうか。
日韓がさまざまな壁を乗り越えて一緒に共同訓練ができるようになっていくかが一つのポイントです。
ただ今後、日韓二国間での(自衛隊と軍の間で物資などを融通しあう)物品役務相互提供協定(ACSA)の締結や、防衛産業協力といったさらなる協力の深化には、韓国の進歩支持層での抵抗感が根強いと考えられます。米国や豪州も加えた幅広い防衛協力を検討することが必要でしょう。
※本記事は朝日新聞社に許諾を得て掲載しています