メディア掲載  エネルギー・環境  2025.08.22

米国が国際エネルギー機関(IEA)に脱炭素からエネルギー安全保障への回帰を迫る

Japan In-depth2025815日)に掲載

エネルギー政策

【まとめ】

  • 国際エネルギー機関IEA)はOPECに対抗してエネルギー安全保障のために設立された組織だが、近年では脱炭素の旗振り役に変容していた。
  • 米国政府はIEAに対し、脱炭素ではなく、本来のエネルギー安全保障の機関に戻る改革を要請。応じなければ「離脱もあり得る」と通告した。
  • 背景には、IEAによる極端な脱炭素のシナリオが、非現実であるのみならず、エネルギー安全保障や経済成長を損なっているとの批判がある。


国際エネルギー機関(IEA)は1974年、前年に勃発した石油危機を受けて、アラブ産油国などの石油輸出国機構(OPEC)による供給制限に対抗するために、OECD諸国によって設立された組織である。加盟各国の石油備蓄推進やエネルギー需給データの共有を通じて、エネルギー安全保障を強化することを目的として発足した。

しかし近年になって、その性格は大きく変容した。2015年に就任したファティ・ビロル事務局長の下、IEAは脱炭素を重視する路線へと傾斜してきた。例えば、IEAの代表的な年次報告書である『世界エネルギー見通し(World Energy Outlook, WEO)』において、2050年に世界全体でのCO2排出ゼロを達成するシナリオ(Net Zero Emissions: NZE)を提示している。その中には再生可能エネルギーや電気自動車の急速な普及や化石燃料の大幅削減が書きこまれていた。

このような脱炭素への傾斜については、米国の関係者からは「IEAは本来の使命から逸脱し、脱炭素の応援団長になってしまった」との批判が出ていた。

こうしたIEAに対して、米国トランプ政権は強硬な姿勢に出た。20257月、クリス・ライトエネルギー長官は、ブルームバーグのインタビューに答えて、「我々は二つに一つを行うつもりだ。IEAには改革を求める。応じなければ離脱する」と発言し、IEAに対し、とくにそのシナリオの見直しを迫った。

ライト長官は「改革が私の強い希望だ」としつつも、応じなければ米国が拠出資金(IEA予算の約18%)を引き揚げる可能性も明言した。

ライト長官はIEAが「今後数年で石油需要は頭打ち」と予測していることについて、「全くナンセンスだ」と痛烈に批判し、ビロル事務局長本人にも直接懸念を伝えたという。

ライト長官の立場は、米議会共和党も共有している。下院では2026会計年度予算でIEAへの拠出金停止も示唆されるなど、圧力が高まっている。

米国が特に問題視しているのはIEAのシナリオである。IEAWEOで提示するシナリオのうち、2050年にCO2排出ゼロを達成するNZEシナリオは、「あるべき姿」を描いているだけであり、シナリオの前提条件(技術動向、価格動向、投資水準など)が現実の需給や地政学から大きく乖離していると批判している。

このようなシナリオは単に非現実的なだけではなく、実害をもたらす。IEA2021年の報告書で「NZEシナリオに基づけば新規の石油・ガス油田への投資は不要」と打ち出した。

この反響は大きく、日本を含め多くの先進国の企業が、このIEAのシナリオを前提とした長期排出目標の設定を迫られるようになり、企業の投資計画や事業計画に現実に影響を与えるようになった。

石油輸出国機構(OPEC)は、「IEAによる誤った予測は、化石燃料資源開発への投資不足と前代未聞の価格変動を招き、消費者に害を及ぼす」と強く非難した。

米国議会でも「IEANZEシナリオには現実性がなく、仮にそれを追求すれば、かえって石油・ガスの生産はロシアや中東産油国といった旧来の供給国に集中し、IEA設立の原点であるエネルギー安全保障を損なう」と指摘された。

それではIEAはどのように改革すべきなのか。昨年末に米国上院の共和党議員がまとめた報告書を読むと、米国がどのような要望を出しているのか、その内容が想像できる。

米国がまず求めているのは、予測手法の「正常化」である。その具体策の一つが、現行政策シナリオ(Current Policies Scenario: CPS)の復活である。CPSとは各国で実際に施行中の政策のみを前提とし、将来のエネルギー需給をシミュレーションするシナリオで、いわば政策中立的な「現状維持シナリオ」である。

IEAはかつて世界エネルギー見通し(WEO)においてCPSを基準シナリオとして掲載していたが、2020年版よりこれを取りやめ、各国が「表明」した政策まで織り込んだ表明済み政策シナリオ(Stated Energy Policy Scenario, STEPS)を基準シナリオに据えた経緯がある。

だがSTEPSでは、各国政府の掛け声倒れの目標まで織り込むことになり、脱炭素について楽観的なバイアスがかかると批判されており、CPSの復活はIEAを現実路線に引き戻す象徴と位置づけられている。IEA側もこうした声に応じ、2025年版WEOCPSを復活させる方針を明らかにしたと報道されている。これは米国にとっては一つの成果と言える。

また米国は、IEAが「新規の化石燃料投資は不要」といった特定の政策スタンスを示すことをやめ、技術中立的なシナリオ分析に徹するべきだとの提案もしている。またシナリオ分析改革の一環として、データやモデルの前提を透明化して、誰もが検証できるようにするべきだとしている。

さて今後、米国による「改革か離脱か」の圧力を受け、IEAはどのような舵取りを行うだろうか。米トランプ政権は、他の国際機関についても多くを問題視しており、あらゆる国際機関の評価を20258月までに行うとしている。この中でIEAがどう位置づけられるかも注目される。

国際機関好きの日本企業は、これまではIEANZEシナリオを用いて2050CO2ゼロという目標を掲げ、それに沿った計画を立ててきた。しかしそれは実現可能性が極めて乏しいのみならず、企業にとってはコストアップももたらすものばかりだった。

IEAが改革されるにせよ米国が離脱するにせよ、これを契機として、日本企業もこれまでのIEA信奉を見直し、より現実的な目標や計画に修正してはどうだろうか。