メディア掲載  エネルギー・環境  2025.08.15

米国政府の挑戦状 気候危機に対峙する報告書が波紋

エネルギーフォーラム202587日発行)に掲載

地球温暖化

7月に公表された米国エネルギー省の気候作業部会の報告が反響を巻き起こしている。タイトルは「温室効果ガス排出が米国気候に与える影響に関する批判的レビュー(A Critical Review of Impacts of Greenhouse Gas Emissions on the U.S. Climate)」だ。

これまでは気候変動といえば「2050年までにCO2排出をゼロにしなければ地球温暖化が暴走する」といった気候危機説が諸国政府やメディアによって流布されてきた。しかしこれは科学的な根拠がない。そのことを、この報告書はデータに基づいて説得的に述べている。気候危機論者への、米国政府による公式の挑戦状だ。

この報告書は、自らが多様な専門知識を持つクリス・ライト米エネルギー長官が集めた5人の独立科学者からなる「気候ワーキンググループ(Climate Working Group, CWG)」が作成した。調査対象としてはもちろん地球全体であるが、特に米国への影響に重点を置いている。

EAP「CO2危険性」撤回を提案 CWGの見解を引用

さっそく政策形成にも影響を与えている。報告書の発表と同日にトランプ政権は米国環境保護庁(EPA)の「CO₂危険性認定」を撤回する提案を公表した。撤回が実現すれば、EPAは自動車などのCO2排出を規制する権限を失う。この提案にはCWG報告が何度も引用されている。

以下、各章の概要を紹介しよう。

1章では、CO2はいわゆる汚染物質ではないこと、それには植物の生育を促進するなどの直接的な効果と、温室効果ガスとしてふるまうという間接効果があることを説明している。

2章では、大気中CO2の直接的な効果として「地球緑色化」に焦点を当てている。すなわち大気中CO2の増大は、光合成を高めるという「施肥効果」によって、地球上の植物を繁栄させてきた。このCO2がもたらす生態系への便益は大きなものだが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)などの既往の報告では扱いが極めて乏しかった。

3章では、CO2 のもう一つの直接的効果として「海洋酸性化」を論じている。用語として「海洋酸性化」は不適切で、むしろ「海洋中性化」というべきである。というのは、海水は弱アルカリ性であり、CO2はそれをやや弱くするだけだからだ。なお海洋生態系は弱酸性の海洋で進化してきた歴史があるために、この海洋中性化に大きな問題にあるとは考えにくい。

4章では、人間活動による温室効果ガス(とエアロゾル)が地球の気温上昇を司る支配的な要因であるというIPCCの説に有力な疑問を投げかける。太陽活動の変化や大気・海洋などの内部変動の寄与は無視できないほど多いという論文が紹介される。またIPCCが環境影響評価に用いるシナリオの排出量が非現実的に多すぎるため、環境影響が過大に評価されていることも指摘する。

5章では、CO2がどの程度気温を押し上げるか――いわゆる気候感度(ECS/TCR)が議論される。IPCCが示す範囲よりも気候感度は低い、つまりCO2が排出されてもそれほど気温は上昇しない、という論文が紹介されている。

6章では、IPCCが用いる気候モデルの性能検証を行う。気候モデルは過去の再現にも大きく失敗している。観測データに比べて全般的に気温が上昇しすぎる傾向が顕著であり、また、南北半球の反射率が大きく異なるなど、観測データに合わない出力になっている。これでは将来予測も信頼に足らず、政策決定のツールとして使い物にならない。

7章では、「災害の激甚化」は統計的に何ら確認されないことが示される。すなわち、暴風雨や干ばつなどの長期トレンドに有意な増加はない。既往の米国政府報告では、気温上昇について、都市熱の影響を除いていない、といった問題点があったことも指摘する。

8章では、海面上昇について述べている。海面水準は19世紀末から直線的に上昇しており、潮位計のデータは「海面上昇の加速」を示していない。また、局所的に海面上昇が速い地点はあるが、それは主に地盤沈下の影響によるもので、CO2に起因する地球規模の海面上昇の影響は小さい。

9章では、猛暑や大雨などの個々の異常気象を「CO2のせい」と断定する「事象帰属研究(イベント・アトリビューション研究)の誤りについて論じている。米国での熱波を「CO2排出が無ければ起こりえなかった」とした研究発表は、その後完全に誤りだったという事例も紹介されている。

10章では、CO2濃度上昇が光合成を促す「施肥効果」によって食料増産をもたらしてきた歴史的実績を紹介する。米国主要穀物の収量は1940年代以降、5080%押し上げられたと推計されている。今後についても、CO2濃度上昇は、それがかなりの気候変動を起こすとしても、食料生産にとって純便益になるとされている。

11章では、人命や経済の災害リスクは、気候変動で悪化するどころか、時間とともに減少してきたことを紹介している。GDPあたりの災害損失は技術革新とインフラ整備のお陰で大幅に軽減した。暑さによる死亡数も、住宅の改善とエアコンの普及で激減してきた。安価な電気を供給することが、今後、貧困者の暑さによる死亡リスクの軽減に重要であると論じる。

12章では、炭素の社会的費用(SCC)は、費用と便益の評価や割引率の設定などにおいて、不確実性が高く、政策決定に用いるべきではない指標であることを詳述する。

13章では、CO2は従来型の大気汚染対策とは本質的に異なる問題であり、米国単独で排出を削減しても全球平均のCO2濃度には測定不能なほどしか影響しない、と結論づける。

最後に、13章のラストのパラグラフを翻訳しておこう。この報告書全体についての、良いまとめになっている。

この報告書は、不確実性を明示的に認めた、より精緻で証拠に基づいたアプローチで気候政策に対する知見を提供します。自然要因と人間活動の両方による気候変動のリスクと便益は、信頼性が高く手頃な価格のエネルギーの確保と地域汚染の最小化という国家のニーズを考慮した上で、あらゆる「気候行動」の費用、効果、付随的影響と天秤にかける必要があります。地球の気候システムに対して精密で継続的な観測をすることに加えて、将来の排出量に関する現実的な仮定を立て、気候モデルの偏りや不確実性について再評価を行い、極端な気象の帰属研究の限界について明確に公表することが重要です。CO2の潜在的なリスクと便益の両方を認めるアプローチは、欠陥のあるモデルや極端なシナリオに依存するのではなく、情報に基づいた効果的な意思決定に不可欠です。