コラム  国際交流  2025.08.13

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第196号 (2025年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

米州 欧州・英国 中国

視界不良の米国経済が、世界の人々に不安感を抱かせている。

7月12日朝、米New Yorker誌のPodcast (“Radio Hour”)から、聞き覚えのある声が流れてきた—ジャネット・イェレン前財務長官の声だ。7月4日に大統領が署名した予算法案が果たして文字通りに“大きく美しい議案(Big Beautiful Bill)”かどうかに関して、彼女が見解を述べた(“Janet Yellen on the Danger of a ‘Banana Republic’ Economy”、PDF版2参照。“banana republic”とは、政治が不安定な国を意味する)。慧眼な読者諸兄姉ならお察しの通り、彼女(を含む多くの専門家)の見解は“否”だ。米国経済にいつ変調が現れてくるのか、と気がかりでならない。

相互関税と連邦予算改革に加え、国務省をはじめとする人員削減、国際機関UNESCOに対する資金提供の停止といった大胆な変化が、世界全体に与える影響は無視出来ない。予測不能の米国に対峙する中国の動きも考えれば、誰もが将来に不安を感じているのだ。

楽観・悲観が併存する現況に関し、ケインズ先生や暗号解読に天才的才能を発揮したアラン・チューリングが在籍したCambridge大学King’s Collegeの副校長(Provost)であるジリアン・テット氏の小論が興味深い。世界経済にいつ変調が出てくるのか。それが不確実である理由として①米国大統領の移り気と共に②政策の実行と効果との時間差、即ち“タチの悪いタイムラグ(pernicious time-lags)”を指摘している。政策の効果は、政策対象である経済主体が反応し、マーケットが動き、その結果が統計的に経済指標として把握されて、人々が理解するまでには、“厄介な時間差”が存在するのだ(Tett, “Trump Is Sowing Confusion in the Markets”、PDF版2参照)。

トランプ大統領が22日夜に明かした相互関税を巡る日米合意に関し、ベッセント財務長官が23日、Fox Newsのローラ・イングラム氏の鋭い質問に淡々と答える様子を、YouTubeを通して観た筆者は「日本にとって楽観視出来ない内容」と密かに心配している。

この夏、安全・健康・ウェルビーイング(SHW)を願う専門家が世界中から大阪に集った。

弊所主催の会合「AI・ロボットを実装した日本社会: ワァークプレイス・ウェルビーイングと生産性向上に向けた標準化戦略」について、小誌6月号で触れたが、これに関して大規模かつ国際的な会合が7月中旬、大阪の万博会場と近傍のINTEX Osakaで開催された(“The Gift for the Future: Safety, Health and Well-being for All (未来への贈り物 80億人の安全、健康、ウェルビーイング)”)。

会合の前日、海外8ヵ国の専門家達は、大阪大学に新設された感染症総合教育研究拠点(Center for Infectious Disease Education and Research (CiDER))、そして産業科学研究所(産研; Institute of Scientific and Industrial Research (ISIR))を訪問し、同学の最先端研究に関し意見交換を行った。海外の友人達は、この阪大の2つの施設に非常に高い関心を抱き、多角的な視点から質問を数多くしていたのが印象的であった。

CiDERの建物は建築家の安藤忠雄氏がconcept designを担当した素晴らしい物だ。内外の研究者が自由闊達に意見交換し、或いは瞑想に耽る事が出来る“Co-creation DECK”のdesignに筆者は感心している。また安藤先生が、「感染症を人類が克服する“場”」としてのCiDERに対する秘めた想いを静かに語るvideoが素晴らしく、次にその一部を紹介する(詳細はhttps://www.cider.osaka-u.ac.jp/about/build-concept/)。

「生きる元気は自分が頑張らねば…AIでは頑張れないだろうし、computerでは頑張れない…。人間同士がお互いに助け合うときに、本当に新しい世界を創りあげていく…。そのためにはやはり場所が大事」。

“To truly feel alive, we must find the will to strive ourselves.. . . AI can’t do for you. Neither can computers. When people support one another, we can truly create a new world together. And for that, place matters deeply.”

大阪大学ではCiDER Executive Advisorの金田安史阪大名誉教授、そして産研の黒田俊一所長や小倉基次特任教授に大変お世話になった。海外の専門家達と阪大のこの2つの研究拠点が、同学の諸先生方を通じ、知的交流が今後発展する事を願ってやまない。

雲行きの怪しい欧州の政治経済情勢に関し、訪日した友人達との詳しい意見交換を行った。

7月26日の独メディア(Mitteldeutscher Rundfunk (MDR))の報道に関して、ドイツの友人達と議論した。その内容とは、「防空壕はいずこに? 連邦・州政府が候補地を確保に(Wo ist der nächste Bunker? Bund und Länder wollen mögliche Schutzräume erfassen)」だ。また連邦政府は30日に2026年度予算を閣議決定したが、防衛費の著しい伸びに関しても議論している。これに関しボリス・ピストリウス国防相は、「(予算額を見れば)安全保障政策が再び政府の優先課題となった(Die äußere Sicherheit hat wieder Priorität im Regierungshandeln)」と語った。対露戦略である国防予算の増加は、財源問題を別にしても組織編制・人的資源に関する改革が急務だ。これに関し、独連邦軍協会(DBwV)の6月26日公表の資料が興味深い—「長年にわたり連邦軍をないがしろにしてきたため、安全保障上の理想と現実との隔たりが出現している(Nach Jahrzehntelanger Vernachlässigung der Bundeswehr sind gefährliche Sicherheitslücken entstanden)」と前途多難の状況を予想している。

筆者は別の視点から、欧州の友人達に質問をした。それは①独経済の成長力について。即ち膨大な国防予算を持続的にまかなうだけの経済力があるのか。また②不可避である米国との協調の際に不可欠である軍民両用技術(DUTs)の開発能力に対する疑問点、更には③他の欧州諸国との協調体制、以上3点だ。

先ず①に関し、7月16日に独連銀が公表した月報に依れば、独経済は硬直的な経済構造に加え、相対的に高いエネルギー価格が成長の足枷となっている(PDF版の図1参照)。連銀は更に海外市場での中国との関係変化を指摘した。即ちドイツと中国は、2015~2019年の間、win-winの関係であり、良きパートナーであった。だが、2019~2023年には中国のシェアが上昇する一方、ドイツのシェアが低下したのだ。この結果、ドイツの輸出競争力は英国や日本ほどではないが、低下したのだ(PDF版の図2及び図3を参照)。欧州の友人達は(図3を見て)「ジュン、ドイツより日本の方が問題かも?」と言い、OECDが6月30日に公表したworking paperを指摘しつつ、相対的に低調な日本の設備投資を指摘した。どうやら筆者の発言は“藪蛇”となってしまったようだ(PDF版の図4、5を参照)。このためドイツの友人達と「日本とドイツは“同病相哀れむ(Geteiltes Leid ist halbes Leid; Misery loves company)”関係だね」と笑った次第だ。

②に関し、筆者は独Frankfurter Allgemeine Zeitung紙の7月23日付記事「ドイツ企業のAI活用率が倍に(KI-Nutzung in deutschen Unternehmen hat sich verdoppelt)」を言及しつつ、「倍になったとしても、米国には及ばないのでは?」とドイツの友人達に質問した。

③に関し、デンマークのthink tank (CIFS)が7月8日に公表した資料について議論した事だけを記しておく(PDF版の2参照)。

光と影の両面を示す中国。広大で複雑な国情に加え、情報収集手段が限られるため理解が難しい。

中国の政治経済情報を正確に把握する事は殆ど不可能ではないか、と思っている。表面上の動きだけを観察しているだけでは、政治の動きは、“事情”を或る程度理解出来たとしても、それはあくまでも“推測”の範囲を超えず、このため想定外の出来事が余りにも多いのだ。

7月18日にForeign Affairs誌のwebsite上に小論(“Is China’s Military Ready for War?”)を公表したテイラー・フラヴェル(傅泰林)MIT教授も、中国で詳細な情報を収集し分析する事は、“悪名轟く程困難(notoriously difficult)”と述べている(PDF版の2参照)。

最先端の軍民両用技術(DUTs)に関心を持つ筆者は約10年前から中国出張は不可能と諦めた。このため、筆者は訪日する中国の友人達や学術的・経済的に中国政府が警戒しない分野に関し訪中した友人達から、詳細を聞く事にしている。これは幕末の志士、吉田松陰先生が“飛耳長目”と称して遠国の正確な情報を求めて活躍した方法、或いは国内の新聞には余り注意を払わず、外国語は不得手だが在外公館から送られて来る電報(“赤電報”)に注意を払い、書記官や副官に詳細を調べさせた明治の元勲、山縣有朋総理が採った方法だ。

先月は7月3日に北京の清華大学で開催された会合に関し、友人達と意見交換した(2025 Academic Conference on Digital Economy Development and Governance: ‘Openness, Sharing, Friendliness: Social Development and Theoretical Innovation in the Age of Digital Intelligence’ (2025中国数字经济发展和治理学术年会: ‘开放、共享、友好:数智时代的社会发展与理论创新’)、PDF版の2参照)。勿論、この会合でも“表面上”の発言が続いたが、現在、「中国は如何なる問題を注視しているのか」を理解する上で役に立った。Harvardや清華大学で議論した友人達である薛澜、孟庆国両教授が発表したが、直接議論出来ない事が残念だ。また、この会合のKeynote Speakerはノーベル賞経済学賞受賞者のジャン・ティロール教授。教授がデジタル社会におけるプライバシー問題を含む規制の話に触れたらしいが、中国側の反応を直接目撃出来ない事が残念だ。

7月26~28日に上海で開催された第8回世界人工知能会議は、日本のメディアでも様々な形で報道された(“World Artificial Intelligence Conference (WAIC) 2025: ‘Global Solidarity in the AI Era’ (2025世界人工智能大会: ‘智能时代同球共济’)”)。小誌で過去に何度も触れているが中国のAIに対する熱意は官民両部門とも凄まじい。と同時にAIを巡る米国の対中警戒感の高まりにも驚いている。例えば、①ランド研究所はAIの開発自体が国の盛衰を左右するとした論文を7月に公表した。また②Wall Street Journal紙の7月1日付記事は技術開発的な“冷戦”が始まった事を告げ、OpenAIのアルトマン氏の言葉である「民主主義的AIの専制主義的AIに対する勝利」を引用している。いずれにせよ、世界の優秀な人材が互いに対立し交流を制限した形で同じ技術を開発する訳だから、全人類という視点からすると極めて非効率的な話だ(①は“How Artificial General Intelligence Could Affect the Rise and Fall of Nations”、②は“China Is Quickly Eroding America’s Lead in the Global AI Race”、PDF版の2参照)。

大阪の万博会場で、デジタル時代の安全で健康的な職場を目指す規制や技術に関する会合に参加した。

前述した大阪の万博会場における会合に関し、筆者が気付いた点をもう少し詳しく報告する。日本規格協会がリード役を果たした“国際標準化フォーラム”は多くの聴衆が来場し成功裏に終わった。その一方で、海外の専門家達が司会役を務めた政策論の会合では、日本人の参加者が極めて少なかった事が残念であった。「折角、海外から様々な専門家達が日本に来たのだから、貴重な意見交換の機会なのに残念だ」と思ったのは筆者だけではあるまい。或るドイツ人の司会者は「日本に来たので、冒頭は日本語で話そうと思いました。でも会場を見渡すと、その必要が無さそうなので、英語で話します」と冗談を交えて語ったが、その事を筆者は残念に思った次第だ。

また通訳は全てAIでなされた。だが、複数の国の専門家が発表したため、AI翻訳(英語⇒日本語)に問題が生じた点にも触れてみたい。英語を聞く事に慣れてない人にとり、AI翻訳は現在発展途上段階であっても不可欠のようだ。今回、会場でルクセンブルクとセネガルの専門家が発表した際に発生した問題を指摘したい。この2人は、発表の途中に音声付きの映像で伝えるスライドを何枚か用意していた。その音声がフランス語だったため、上述の翻訳用AIが殆ど役に立たなかった。将来、更に優秀な翻訳AIが開発されたら、英語から仏語へと瞬時に切り替わる機能が追加されるであろう。今後のAI技術の発展を願っている。

アメリカ館では、友人がプライベートのcocktail partyを開いてくれた。Partyの途中、友人はAIを活用した労働現場の安全健康対策に関して短い発表を披露してくれた(“The Science of Safety: AI for Severe Injury & Fatality Prevention”)。彼は統計を引用しつつ、職場における事故の発生件数が減少している一方、重傷者を出す事故の件数は殆ど減っていない事を伝えた。そして、その事故防止に向けてのAI活用を彼は推進しているとの事であった。こうしたAI技術の活用方法は全人類で共有すべきだろう。彼と共に情報交換を続けてゆくつもりだ。パーティ会場では、彼に加えて英国やシンガポールの友人達とも会話を楽しみ、全地球的な形で、安全・健康・ウェルビーイング(SHW)を促進する活動について語り合った。これに関して弊研究所では10月10日に公開セミナーを計画している。ご関心をお持ちの諸兄姉が参加して頂く事を期待している。

話は少し逸れるが、日本のサッカー専門ニュース・ウェブサイト“Qoly”の7月8日付記事が印象的だったので触れてみたい。表題は、「日本代表監督が感じる『海外組とJリーグ組の違い』…『まず食事の会場にいる時間が違います』」だ。森保一監督の話は次の通り。

「トレーニングとミーティングの場ではみんな平等なんですけど、国内組と海外で分けていいのかちょっと分かりませんけど、…

海外で生き残っていくために厳しい環境で揉まれている選手たちは、喋ります、聞きます…。 練習とミーティングのほかに、… 食事の時に雑談よりも戦術の話とか、サッカーの話になります…。…違いを感じます…。コミュニケーションの量。だいぶ違うと思います。…食事の時もサッカーの話をする。まず、食事の会場にいる時間が違います。…長いんです、海外組のほうが。…感覚的にはその違いはすごくあります」。

つまり情報交換の量と質の問題である。万博会場で7月14~19日に筆者が感じたのは森監督と同じ事ではないだろうか。即ち海外との情報交換を我々は量・質共に拡充していく必要があるのだ。こうした考えを共有する人々と共に活動を続けてゆくつもりだ。

80年前と異なり今の日本は平和を享受しているが、世界全体では? 我々が今考えるべき事とは?

今年の大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だ。そして1970年大阪万博のテーマは「人類の進化と調和」だ。55年後の現在、立ち止まって考えて、「果たして進化と調和を実現出来たか」と問うならば…。

国際政治学者のE・H・カーは著書のConditions of Peaceの中で「戦争が浮かび上がらせるのは、人間性のうち最善のものか最悪のものかと問うならば、その答えは両方だ(The answer to the question whether war brings out the best or the worst in human nature is that it does both)」と記している。海外メディアが伝えるガザの映像は筆者の胸を締めつける。イスラエル国内の人ですら現在の状況を問題視しているのだ。米国の友人達に対して、筆者はAssociated Press (AP)の7月29日付記事を見た後に次の様に伝えた—「初めてトランプ氏と同じ考えを持つ点を発見した。とにかく素晴らしい事だ」、と(記事の表題は“Trump says he wants Netanyahu to ‘make sure they get the food’ in Gaza amid humanitarian crisis”)。

随分昔の話だが、或る経済団体の会合で、戦時中に中国に出征した2人の紳士が話し出した事を思い出した。一人が日本の犯罪を嘆く一方、他の一人は所属した部隊の軍紀が乱れなかった事を語った。そして2人の激しい口論となったが、誰も仲裁に入れなかった。また、英国のCambridgeでも、大戦中の日本軍の善悪を議論する会に参加した。帝国海軍の駆逐艦「雷」艦長工藤俊作少佐が、危険を顧みず、艦艇が沈没して海上で漂流する敵の将兵を救出した。一方帝国陸軍は、戦時国際法を破って将兵と武器を病院船「橘丸」で輸送したが、米海軍の臨検を受けた後に拿捕された。

そして今、ガザやウクライナでの惨状を見れば、人は誰でも善人にも悪人にもなり得る弱い存在である事が理解出来る。社会の倫理(social ethics)と個々人の道徳(individual morality)を守る世界のための方法を、世界中の友人達と対話を通じて探してゆくつもりだ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第196号 (2025年8月)