メディア掲載  エネルギー・環境  2025.08.06

米国エネルギーサミットが示す電力とイノベーションの理想形

Japan In-depth2025719日)に掲載

地球温暖化 エネルギー政策

【まとめ】

  • 米国でトランプ政権と財界代表によるペンシルベニア・エネルギーサミットが開催。920億ドル(5兆円)規模の投資が発表、天然ガス火力・原子力・水力などによる安価で安定した電力供給インフラと、AI用のデータセンターが一体となって整備される。
  • トランプ大統領は「米国の電力供給を倍増して中国とのAI競争に勝つ」と述べた。
  • 同サミットはイノベーションにおいて電力が果たす役割を明確化。コモディティである電力自体のイノベーションのハードルは高いが、安価で安定した電力供給でイノベーションを支える偉大な脇役になる。日本も見習うべき。


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15日にピッツバーグのカーネギーメロン大学で開催されたペンシルベニア・エネルギー・イノベーションサミットには、トランプ政権の閣僚や主要企業トップが集まり、総額920億ドル(約13.5兆円)の投資計画を発表した。

ブラックストーン社はガス火力の新設を発表した。コンステレーション社は原子力発電所の出力増強投資を発表した。グーグル社やコアウィーブ社は、AI用のデータセンター建設の計画を発表した。このようにして、発電インフラと情報インフラの両方の整備が同時に発表された。

この背景にはAI用の電力需要の急増がある。国際エネルギー機関は世界のデータセンター電力消費は2024年の415TWhから2030年には945TWhへ倍増すると予測する。これは日本の総発電量に匹敵する。この増加分のうち約半分は米国になる(240TWh)とされている。

トランプ大統領は演説で「AIにおいて世界のリーダーであり続けるには、膨大な電力生産が必要だ」と述べ、「風力ではなく、原子力、ガス、石炭」と明言した。さらに「AIで世界が追いつく前に米国は現在の2倍の電力を用意する」とし、中国に先んじるとした。

ブラックロックCEOのラリー・フィンクも、パネル討論において、「AIを支える電力の大半は、出力を制御できる天然ガスになる。将来には原子力が不可欠だ。これに代わるものはない」と述べ、当面は天然ガス火力の新設で、中長期的には小型モジュール炉などを含め原子力発電によって、電力を供給する考えを示した。フィンクは「これからの5年は天然ガスであり、太陽光はこれを補完する」とも述べ、天然ガスが基幹電源になると明言した。

今回の舞台であるペンシルベニア州は米国で2位の天然ガス生産量を誇り、第三位の石炭産出州でもある。原子力発電ではイリノイ州に次ぐ第2位で、2019年以降は天然ガス火力が州内発電の主役となっている。

とくにマルセラスのシェール層からは、膨大なシェールガスが生産されており、米国の天然ガス生産量のじつに3分の1を占めている。ペンシルベニアは、豊富な資源と、ワシントンやニューヨークなどのデータセンター需要が交錯する、絶好の立地にある(図)。

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▲図 マルセラス・シェール層は広大で複数の州にまたがっている。ワシントン(District of Columbia)・ニューヨークなどからの
距離も近い。米国エネルギー情報局資料。


サミットにおいて、グーグル社は20年間にわたる水力発電買い付けと250億ドルのデータセンター投資を表明した。ブラックストーン社はマルセラスガス田の近接地に、天然ガス火力発電所とデータセンターとを併設し、6千人規模の雇用を創出すると宣言した。

このように投資の重点は天然ガス、原子力、水力といった「安価で安定した電源」であり、このサミットにおいては太陽光・風力といった再生可能エネルギーの扱いは小さなものにとどまっている。

さて、このペンシルベニア・サミットで印象的なことは、イノベーションにおける電力の役割を正しく位置付けていることである。

日本政府は、「グリーントランスフォーメーション(GX)実行計画」として、太陽・風力などの大量導入を掲げ、また、アンモニア発電や火力発電用CO2回収貯留(CCS)装置などで、CO2を出さない発電技術を開発しようとしている。このようにして発電技術のイノベーションを起こし、2050年にはCO2排出をゼロにするとしている。

しかし発電技術は、あらゆる技術の中でも、とくにイノベーションのハードルが高い。なぜなら、電気は究極のコモディティだからである。どのように作っても電気は電気の価値しかない。新しいサービスが生まれる訳ではないので、既存技術との差別化ができない。このため、既存技術とのコスト競争にいきなり放り込まれる。

その一方で、電気を安価かつ大量に作る既存技術は、とっくに確立している。原子力、火力、水力発電である。

コストを比較すると、いま日本政府がGX計画で進めている発電技術は、どれもこれも既存技術に競合できる見込みは全く立っていない。このままこのGX計画を進めると、電気代が高騰し、日本においてはAI用データセンターの投資などおきず、日本は米中のイノベーションに置いてきぼりを食らうことになる。

発電する方法など無数にある。しかし、安価かつ大量に供給して、既存技術に競合できるようになることは、極めてハードルが高い。だから発電技術のイノベーションは難しいのである。

電力にとって最も重要なことは、火力を筆頭に、原子力、水力発電といったオールドファッションな方法で構わないから、とにかく安価で安定な電力を供給することだ。それによって、AIのような、本当に経済成長にとって本質的なイノベーションを促進することができる。

ペンシルベニア・サミットが正しく示しているように、イノベーションにおいて、電力の果たすべき重要な役割は「偉大な脇役」なのである。

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