メディア掲載 エネルギー・環境 2025.08.05
Japan In-depth(2025年7月17日)に掲載
【まとめ】
|
日本は世界有数の石油・天然ガス輸入国である。液化天然ガス(LNG)の輸入は年間約6660万トンであり、中国を僅かに下回る世界第2のLNG輸入国であった(2023年)。石油消費量は1日あたり約338万バレル(1バレル=約159リットル)であり、これは世界の約3%である。このうち中東からの輸入の割合は9割を超える。
いま日本のエネルギー政策では「2050年CO2ゼロ」を掲げ脱炭素を最優先している。だが地球の反対側を見れば、南北アメリカ諸国では石油・ガスの開発ラッシュが起きている。そしてこれは、トランプ大統領が率いる米国だけではない。
カナダでは2025年に発足したマーク・カーニー政権の下で、エネルギー政策が「環境重視」から「開発重視」へと大きく転換した。
これは意外なことであった。というのも、カーニー首相は「国連気候変動特使」として気候変動対策への取り組みを世界的にリードしてきた人物である。また同氏は、英中央銀行の総裁として、「世界の金融機関の投融資ポートフォリオを2050年までにCO2ゼロにする」という目標を掲げた「グラスゴー・ネットゼロ・アライアンス(GFANZ)」発足の立役者でもあった。
しかし首相就任後は、国内の石油・ガス産業の強化に舵を切っている。その象徴は、ブリティッシュコロンビア州沿岸への新規石油パイプライン計画である。
カーニー首相は、以下のように語っている。「経済的な機会の規模、私たちが持つ資源、専門知識を考えると、国家の利益となるプロジェクトの一つとして提案されている石油パイプラインが建設される可能性は極めて高い」。
この方針転換の背景にはトランプ・ショックがある。トランプ氏は就任以来、カナダに対して厳しい態度を取り続け、高額関税も辞さないとしている。これを受けて、カナダでは、これまでの極端な米国依存の経済を多角化しようと、いま国を挙げて必死である。
カナダ連邦議会上院も、天然資源・インフラ案件の承認迅速化法案を可決し、鉱山やパイプラインの許認可手続きを簡素化するとともに、州間の規制障壁を撤廃する動きを見せている。これには、長年、環境規制や先住民協議などで滞りがちだった資源開発を、再加速させる狙いがある。
カナダは原油埋蔵量で世界第3位(超重質油であるオイルサンドを含む)であり、天然ガス生産でも世界5位の資源大国である。しかしこれまでは、輸出の97%以上を米国に依存してきた(数字は2024年)。いまカナダが目指しているのは、自国資源を積極的に開発し、その輸出を多角化することで、対米依存からの脱却を図ることである。
カーニー氏は、かつての環境派のリーダーとしての立場を一転させて、資源開発を国家戦略の柱に据える現実路線へとかじを切った。
カーニー政権は、炭素回収利用貯留(CCUS)などの環境対策技術への投資も行う、としている。しかし石油・ガスを増産すれば、当面はCO2排出が増加することは間違いないとして、国内の環境団体からは「気候変動対策に逆行する」との批判がなされている。
2023年に、12年ぶりに政権に復帰したブラジルのルラ大統領は、環境派として期待され、就任当初は、アマゾンの違法伐採の取締強化や温室効果ガス排出削減目標の引き上げを掲げた。
しかしその一方では、ブラジル経済の柱である石油産業の成長を促してきた。ブラジルの原油生産量は、2025年上期には日量約390万バレルに達し、世界有数の産油国である。加えて、国家石油会社ペトロブラス(Petrobras)は大西洋岸のプレソルト油田(大深度の海底油田)の開発に積極投資している。これにより、ブラジルの生産量は急増し、石油の純輸出国に転じつつある。
いま最大の論争になっているのは、アマゾン川河口近海における新規油田地帯の探鉱計画である。ブラジル環境庁は「生態系保護対策が不十分」として試掘許可を却下したが、ルラ大統領は不満を隠さず、「環境庁が政府に敵対している」と述べ、規制当局へ圧力をかけた。
ルラ大統領は「地下に眠る富を、無視し、それを開発しないという選択はできない。油田から得られる収入を、再生可能エネルギーへの移行の資金に充てる」と繰り返し主張し、油田開発と気候変動対策を両立させるとしている。
しかし環境運動家は批判の声を上げる。ブラジルは2025年末に国連気候会議(COP30)の議長国を務める予定であるが、その開催地は、皮肉にもアマゾン河口近くのベレン市である。
南北アメリカ大陸では、他にも多くの国が、次々に石油・ガス開発を進めている。
南米北東部の小国であるガイアナは、2015年、沖合で巨大油田を相次いで発見し、2019年の生産開始以降はわずか数年で驚異的な増産を遂げた。2024年には原油生産量が日量62万バレルに達した。このお陰で2024年には同国経済成長率が44%という驚異的な数字を記録しており、まさに「石油ブーム」に沸いている。人口わずか80万人足らずの小国が、2030年代には日量100万バレルを超えるかもしれない。ガイアナは世界エネルギー市場の新星となっている。
アルゼンチンには、パタゴニア北部に広がる「バカ・ムエルタ(Vaca Muerta)」シェール層を筆頭に、世界第2位の埋蔵量を誇るシェールガス資源と、第4位のシェールオイル資源を有している。
近年この巨大シェール層の開発が本格化し、原油生産は、2010年代半ば以降右肩上がりで、2024年には日量約72万バレルに達した。このうちバカ・ムエルタが6割近くを占めている。天然ガス生産も、2010年初めには年間2600万トンだったものが、シェールガス開発によって2020年代に入って急増し、現在では年間3700万トン(LNG換算)に達している。アルゼンチンは2024年にはエネルギーの輸出入を均衡させ、2025 年にはエネルギー貿易収支を「80億ドルの黒字」と見込んでいる。一大エネルギー輸出国の誕生である。
以上見てきたように、アメリカ大陸では、北から南まであらゆる国で、シェール層や大深度といった、非在来型の石油・天然ガスの資源開発が進む。これにより、世界のエネルギー供給における存在感を高めており、既に「もう一つの中東」と呼べる規模に達している。すなわち、南北アメリカ大陸の石油生産量は、2012年に日量2,300万バレルだったものが、2022年には3460万バレルにまで拡大した。これは世界全体の34%に相当し、中東の3300万バレルに匹敵するものだ。
この展開は日本にとっても重要だ。日本の石油輸入の9割以上は中東に依存しており、ホルムズ海峡や中東情勢の地政学リスクはエネルギー安全保障上の懸念材料である。そこにアメリカ大陸が巨大供給地として登場すると、日本にとっては調達先の多様化ができることになる。
ビジネスチャンスとしても見逃せない。すでに米国やカナダの資源開発事業には日本の商社・エネルギー企業・プラントエンジニアリング企業などが参入し、石油製品やLNGは輸入されている。このようなビジネスは今後も南北アメリカ全体で拡大が期待できる。
情勢認識として重要なことは、アメリカのトランプ政権だけではなく、環境派であったはずのカナダのカーニー政権もブラジルのルラ政権も含めて、南北アメリカ諸国はこぞって石油・ガスの開発を奨励していることである。
翻って日本はと言えば、脱炭素のためとして、政府は石油・ガスの利用にペナルティを与え、消費量を抑えるような政策ばかりを実施している。このため、企業は内外の石油・ガス事業への投資に及び腰になっている。
だが日本だけが自国の産業を罰する様な政策を続けたところで、世界全体のCO2排出に与える影響はごく僅かである。日本政府はこの現実を直視し、脱炭素を止めるべきだ。
そして南北アメリカ諸国とともに、石油・ガス開発に加わり、それを利用して日本への安定したエネルギー調達を実現すべきである。それにより日本の安全保障を改善し、経済成長を実現することができる。