中国の本年第2四半期(4~6月)の実質GDP(国内総生産)成長率は前年比+5.2%だった。
これは前年同期の伸び率が同+4.7%とやや低かったことによる反動の要因を含んでいるため、実勢より高めの伸びとなっている。
第2四半期GDPの前期比を見ると、伸び率は+1.1%であり、年率換算すれば+4.4%である。第1四半期(1~3月)は同+4.8%だったことから、前期に比べて減速している。
成長率の中身を見ると、外需の寄与度が前年比+1.2%と前期(同+2.1%)に比べて低下した。
外需の寄与度は、昨年の第3四半期(7~9月)以降、第4四半期、および本年第1四半期まで3四半期連続で2%を上回っていた。
新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前、中国経済が巡航速度を保っている状況では外需の寄与度はほぼゼロだった。
昨年後半以降の外需の寄与度拡大は内需の低下によって輸入が減少し、貿易黒字が拡大した要因が大きかった。その意味では、本年第2四半期は以前の姿に近づいてきている。
外需のうち輸出(人民元建て)は、トランプ関税の影響で米国向けが前年比-22.9%と大幅に低下した。
しかし、ASEAN(東南アジア諸国連合)向け(同+19.0%)、EU向け(同+10.6%)等の伸びがそれをカバーしたため、第2四半期の輸出は前年比+7.6%と前期(同+6.3%)に比べてむしろ若干伸びが高まった。
これは予想外の結果だった。
ASEAN向けの高い伸びは米国向けの迂回輸出が主な押し上げ要因になったと見られている。
一方、輸入は同+0.3%と前期(同-6.0%)に比べて伸び率が高まった。これが外需の寄与度を低下させた主な要因である。
それでも5.2%というまずまずの伸びを実現できたのは内需の支えがあったからである(内需の寄与度は第1四半期+3.3%、第2四半期+4.0%)。
内需を見ると、消費は伸びが若干高まった(消費財小売総額累計前年比第1四半期+4.6%→第2四半期+5.0%)一方、投資は低下した(固定資産投資同+4.2%→+2.8%)。
しかし、投資については生産者物価のマイナス幅拡大が影響したため、実質ベースでは伸びが高まった(実質GDP四半期ベース前年比への寄与度、消費同+2.8%→同+2.7%、投資同+0.5%→+1.3%)。
内需を支えた要因としては、昨秋以降実施されている中央政府の財政赤字拡大による地方政府への財政支援策および消費促進策の2つが主な柱である。
消費促進策の重点施策は、洗濯機、冷蔵庫、エアコン等の家電、自動車、スマホなどを対象に現在使っている古いものを買い換えて新しいものを購入すると代金の一部を政府が補助するというもの。
「以旧換新」と呼ばれる政策である。
中央政府、地方政府、販売店の補助金を合わせると、様々な商品が大幅なディスカウントになる。
ある中国人は、1台3100元(約6万2000円)のエアコンが1300元(約2万6000円)になったので、3台購入した由。
先週北京で面談した中国の友人たちからもこれを利用して自動車、家電、スマホ等を買い換えたという話をよく聞いた。
投資については、設備の更新投資促進策のほか、産業高度化、揚子江流域等広域経済圏の協調発展、食糧・エネルギー供給の安定確保、環境改善等を促進する重要インフラ建設支援策も内需の支えとなっている。
以前の中国経済は政府の補助金政策がなくても、様々な産業分野で民間企業が中心となってイノベーションへのチャレンジが行われ、次々と新たな大企業が誕生し、スタートアップ企業も続々と誕生していた。
その背景には、主要都市間を結ぶ高速道路、高速鉄道建設による巨大な経済効果、都市化に伴う住宅建設や消費の拡大等が支えた高度成長経済が存在していた。
40年以上続いた高度成長期が終わった現在、民間企業の投資意欲は大きく後退し、イノベーションに支えられた自発的な投資の伸びは低下した。
今もなおイノベーションを生かしたチャレンジが目立つ分野は、半導体、AI(人工知能)、ロボット、電気自動車、バイオ等、政府の産業政策の支援がある分野がほとんどである。
足許の経済をリードしている消費についても、政府の買い換え促進政策が止まれば、消費意欲も低下すると見られており、やはり補助金政策頼みである。
中国経済の発展をリードしてきた民間企業や消費者は将来に対する自信を回復できていないため、自発的な投資・消費意欲の停滞が続いている。
先行きを展望すれば、第3四半期(7~9月)も内需の伸びが外需の低下をカバーする形で成長率を支えることが予想される。
昨年の第3四半期に地方財政難が深刻化し、内需が落ち込んだため(実質GDP前年比伸び率への内需の寄与度は2024年第2四半期+4.2%→第3四半期+2.5%)、今年はその反動で内需の前年比の伸びが高まる可能性が高いからである。
ただし、昨年の第4四半期(10~12月)以降は消費・投資拡大促進策が発動されて内需が回復したため(第4四半期の内需寄与度+2.9%)、今年の第4四半期はその反動で内需の前年比伸び率が低下する可能性が高い。
しかも、その頃には米中間の関税協議が決着し、関税が大幅に引き上げられる可能性も懸念されている。
それらがダブルで成長率を押し下げる場合には、中国政府が財政赤字をさらに拡大させ、成長を下支えすることが想定されている。
このような形で中国政府としては、今年も何とか5%前後の成長率を達成しようとしている。
しかし、経済成長率の実力が4%台に低下しているにもかかわらず、政府の刺激策で5%成長の達成を目指す政策を続けると副作用が大きくなる。最悪の場合、日本の1980年代後半のようなバブル経済を招く。
2012年から19年までの8年間、中国政府は経済成長の実力に合わせた経済政策運営を実施し、徐々に成長率目標を低下させながら中長期的に安定を保持した。
しかし、足許のように実力以上の成長率を中長期に維持しようとすれば副作用が深刻化することが懸念される。
マクロ経済は以上のような状況にあるが、中国経済を地域別にみると別の姿が見えてくる。
1週間ほど前、北京を訪問する前に武漢に滞在した。そこでは沿海部の北京、上海、広州等には見られない経済の活力を実感した。
本年1月に訪問した成都でも同様の印象を受けた。
消費データを見ても、本年1~5月累計の消費財小売総額前年比は、北京-3.1%、上海+1.4%、武漢+8.3%、成都+6.5%と沿海部の北京、上海と内陸部の武漢、成都の間には大きな開きがある。
内陸部主要都市には以前は中国全土でみられた経済発展の活力がまだ残っているように感じられる(1月寄稿の「景気悪化続く中国経済も、内陸部市場は成長持続で要注目」を参照)。
活力を維持している内陸部主要都市の代表例は、武漢、成都、合肥、長沙である。
長沙を除く3都市に共通する特徴は、武漢大学、華中科技大学(武漢)、四川大学、電子科技大学(成都)、中国科学技術大学(合肥)など全国でも特に評価が高い大学があり、その卒業生が市内のハイテク企業等の高い技術力・競争力を支える人材として活用されていることである。
優秀な学生と優良企業が集中することに加え、地元政府の熱心な誘致活動も相まって、BOE(京東方科技集団:ディスプレイ)、TCL華星光電科技(ディスプレイ)、NIO(蔚来汽車:電気自動車)といった中国を代表する大企業も他地域からこれらの都市に生産拠点等を移転してきており、それらが地元経済を支えている。
沿海部主要都市の北京、上海、広州、深圳の場合、卒業後に居住用の住宅を借りようとすれば非常に高く、購入することなど思いもよらない高額の住宅しかない。
このため、優良大学を卒業しても、その地に留まり、新たに世帯をもって家族とともに住み続けるにはコストが高すぎる。
企業で働いて一定の給与を得ていても、経済の停滞が長期化しているため、給与カットや解雇のリスクもある。
そうなれば住宅ローンの返済が難しくなる。そうなってから住宅を売却しようとしても売値はピーク時の半額程度まで下落しているため、売却代金をローンの返済に充てても、巨額のローン残高が残ってしまう。
沿海部ではそうしたリスクが広く認識されるようになっており、30代から40代半ばのファミリー層世帯にとっては不安を払拭できない状況にある。
このため、安心して家族の生活を送るため、沿海部の主要都市に住むことをあきらめて内陸部の主要都市に引っ越すケースが増えている。
そうした優秀な人材を求めて優良企業がこれらの都市に集積しているほか、新たなイノベーションを生み出すスタートアップ企業等も生まれている。
以前は内陸部で住みたいと考えても、待遇のいい優良企業の職場が内陸部になく、優秀な人材にとって沿海部からの移転が難しかった。
しかし、最近は内陸部主要都市で優良企業の集積が進んでいるため、優秀な人材も内陸部に移転しやすくなっている。
このように沿海部の不動産価格高騰を背景に、優良大学のある内陸部主要都市への産業集積、人材集中が進み、内陸部主導型の新たな経済発展の構造が生まれている。
日本企業もこうした中国経済の地域的な構造変化を的確に把握して、内陸部市場にフォーカスした中国事業の軌道修正が必要になっている。
しかし、現時点では内陸部の発展に注目して中国におけるビジネス展開を修正している日本企業は少ない。
現時点ではむしろ内陸部の拠点を縮小・撤退する動きの方が目立っている。
これは、日本企業、特に本社サイドが上記のような地域的な構造変化を理解していないことが背景にある。
それを修正するためには、まず社長自身が内陸部主要都市に年に数回足を運び、中国経済の構造変化を自ら実感することが必要である。
そこで内陸部主要都市における製品、サービスのニーズを把握し、トップダウンで新たな事業展開にチャレンジする方針を示す姿勢が求められる。
成長率は低下したが、中国経済の構造変化は依然として速い。
そのスピード感に合わせて事業展開しなければ、中国市場を攻略することは難しい。
逆に新たな市場ニーズを把握して的確に事業展開すれば、まだ大きなチャンスがある。
トヨタ自動車、パナソニック等に代表される対中投資積極姿勢はそれを裏付けている。
米国でトランプ政権が成立後、各国とも強い危機感を共有し、従来の発想を転換して、新たなチャレンジに挑み始めている。
日本企業も強い危機感をもって、新たな事業展開に大胆にチャレンジしなければ、グローバル市場の大きな変化と激烈な競争の中で取り残されていくことを肝に銘じるべきである。