日本政府の脱炭素政策の暴走が止まらない。排出量取引制度の整備が進んでいるが、これは日本のCO2排出の総量を規制するものであり、産業空洞化への止めの一撃となる。このままでは製造業が消え経済は破滅する。衰弱した国では、国民を守ることも覚束ないだろう。政府は足下では光熱費補助を続ける一方で着々とステルス増税を進めている。実態を明かそう。
グリーントランスフォーメーション(GX)推進法(正式名称は「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律及び資源の有効な利用の促進に関する法律の一部を改正する法律」)の改正案が5月に国会を通過した。目玉は、大企業を対象とする「排出量取引制度」と、その他の企業を対象とする「炭素に関する賦課金」の段階的な制度整備である。この2つは合わせてカーボンプライシングと呼ばれている。
気になる国民負担についての政府説明は、「発電事業者への(政府による排出権売却の)有償化」および「炭素に対する賦課金」が発生するが、今後、既存の再エネ賦課金が減少し、また、石油石炭税が減少するので、「負担の総額を中長期的に減少させていく中で導入する」となっている。
だが、この政府の説明は、排出量取引制度の本当のコストを著しく矮小化している。
排出量取引制度の本質は、排出量を企業に割り当てて規制するという「排出総量の規制」である。
政府は「GX実行計画」において、2013年から2050年まで直線的にCO2を削減するとして、2013年比で2030年に△46%、2035年に△60%、2040年に△73%という極端すぎて実現不可能な数値目標を決定した。これはパリ協定事務局にこの2月に提出されている。
かかる数値目標が存在する状況において、排出量取引制度を導入すると、どうなるか。当然、その数値目標に「整合的な」排出総量を設定するよう、強い政治的圧力がかかる。
これは日本経済の破滅を意味する。
経産省系シンクタンクである(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)の2022年発表の試算では、2030年に△46%という目標を達成するためのGDP損失は年間約30兆円にも上る。
その内訳であるが、排出総量を抑制すると、安価な化石燃料の利用が制限され、高価な再生可能エネルギーが導入されるために、光熱費が上がる。このために家計の消費が冷え込む。産業の国際競争力は失われて、輸出が減少する。
政府はGXによって「グリーン経済成長」をするなどと言っているが、高価な再エネを大量導入して経済成長などするはずがない。
現状で、再エネ賦課金は年間2兆6500億円、石油石炭税は6500億円であり、政府の説明ではこれは減少するが、その一方で今後のカーボンプライシングの負担は累積で20兆円になる、としている。
しかし排出量取引制度の本当のコストは、2030年度の単年度だけで30兆円にもなるのだ。つまり排出量取引制度の本当のコストのうち、政府が説明しているのはごく一部にすぎない。
年間30兆円というのは、年間20兆円の消費税の1.5倍にあたる莫大な金額である。
なおこの試算にしても、「米国が日本と同様の排出削減対策を採る」「風力発電のコストが低減する」など、万事が理想的であってもこれだけコストがかかる、というものだ。現実には、もっとコストは高くなるだろう。
そして以上は2030年断面の話に過ぎない。2035年、2040年となると、数値目標は更に極端になるから、更にコストは跳ね上がる。
政府は、足下での選挙対策として、電気代とガソリン代の補助金のバラマキを続けており、これは累積で12兆円以上に達している。だがその一方で、GXを推進することで莫大な負担増を国民にもたらそうとしている。矛盾は甚だしい。
国会は、このGX推進法の改正案を否決し、排出量取引制度の整備を阻止すべきだった。そして、ほんとうに国民のためになるエネルギー政策とは何か、ゼロから再検討すべきであった。しかし愚かにも、この法案を自民、公明、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会などの賛成で、ほぼオール与党で可決してしまった。
日本が「2050年までにCO2排出をゼロにする」という目標を掲げたのは、2020年に発足した菅義偉政権の時だった。その年、欧州諸国は相次いで2050年に排出をゼロにするという「ネットゼロ」宣言を出しており、G7で残るは日本と米国だけという状態だった。そこで欧州に追随して日本もCO2ゼロと宣言した訳である。そしてそれ以来、ほぼ「オール与党」で脱炭素の推進を続けてきた。
ところがここにきて、海外では風向きが変わっている。先進諸国はネットゼロを掲げてきたものの、そもそも、この目標は実現不可能であった。のみならず、それを実現すべく実施された政策は、電気代などの高騰を引き起こして極めて不人気になり、移民問題に次いで重要な選挙の争点に浮上してきたのだ。
後述するように、米国ではトランプ政権の下で脱炭素政策は次々に撤廃されている。のみならず、日本ではほとんど報じられていないが、欧州でも、ネットゼロ目標の撤回を公然と要求したり、あるいは目標撤回までは公言せずとも、エネルギーへの規制や税には反対するなどの、「反対派」の勢力が増えてきた。
いまや欧州の大国では、悉く、与党ないしは最大野党の何れかが脱炭素反対派になっている。すなわち、ジョルジャ・メローニ首相が率いるイタリア与党、最近になって党首のケミ・ベーデノックがネットゼロに公然と疑義を唱え始めた英国保守党、マリーヌ・ルペンが前党首だった最大野党のフランス国民連合、躍進が著しくやはり最大野党となったドイツAfD、といった具合である。
英国保守党のケミ・ベーデノック党首は舌鋒鋭く、ネット・ゼロは、「幻想に過ぎない」「根拠が全くない」「出来もしない約束」「コストがかかる」と批判した。ハンガリー、ポーランド、オランダ、オーストリア、ノルウェーなどの中堅国でも、ネットゼロについての世論は二分されている。
対照的に、日本の国会では「2050年CO2ゼロ」への反対派はごく僅かであり、目標の撤回を公然と求める会派は参政党と日本保守党だけである。
いま令和の米騒動が起きているが、家計のコメ消費は年間で1.5兆円である。これに対して、再エネの導入のための電気料金への課徴金である「再エネ賦課金」だけですでに年間2.7兆円に上っている。
いつも周回遅れの日本であるが、いい加減にオール与党体制を脱して、脱炭素の是非について国会を二分する真剣な論戦をすべきではなかろうか。
米国では、トランプ政権が、選挙公約どおり、バイデン政権の「グリーンニューディール」政策を悉く廃し、「エネルギードミナンス(優勢)政策」を進めている。これは米国が豊富に有する石油、天然ガス、石炭を最大限に活用して、自国と同盟国の経済を豊かにして、潜在的な敵を圧倒する、というものだ。
トランプ氏は就任初日、大統領令で化石燃料・鉱物開発規制の全面的な見直しを全省庁に指示した。更に「国家エネルギー緊急事態」を宣言し、パイプライン、石油精製所、液化天然ガス(LNG)輸出設備などの建設を迅速化するとした。国益を損なうとしてパリ気候協定からは離脱した。LNGの輸出は同盟国支援の柱と位置付けられ、石炭についても炭鉱への投資を進め輸出拡大を図っている。電気自動車(EV)の義務付けや、家電製品の省エネルギー規制は廃止した。
共和党が上下両院を制した議会も動いている。5月22日、下院は「ビッグ・ビューティフル・ビル」と呼ばれる歳出・歳入一括法案を僅差ながら可決した。
法案は「トランプ減税」が柱であるが、その財源確保のためとして「グリーンニューディール」を掲げたバイデン政権の下で成立したインフレ抑制法(IRA)に基づく再生可能エネルギー、電気自動車、省エネ機器の導入への様々な補助を打ち切る、としている。
この金額は莫大なものだ。すでに46兆円分は執行が決まっているが、今後、打ち切りの対象になる補助は74兆円分になる、と報じられている。
今後上院である程度の修正が入ると見られており、まだ最終的な内容は確定していない。だがバイデン政権のグリーンニューディール政策の目玉であったIRAが消滅の危機に瀕しているのが現状だ。
対照的に、日本政府は相変わらずGXに邁進しており、10年間にわたり官民合わせて150兆円の脱炭素投資を「規制と支援によって」実現する、としている。投資と言えば聞こえはよいが、実際は、再エネ導入などのために、光熱費上昇などの形で国民が莫大な費用負担をするということだ。
米国はいま、安価な電気をふんだんに使用するAI用のデータセンターの建設ラッシュに沸いている。日本でも同様なブームを期待する声は多い。しかしGXでは電気代が高くなる一方である。結局、日本に投資は来ず、またもや成長の機会を失うのではないか。
GXを推進する際の日本政府のお決まりの説明は、「脱炭素は世界の潮流だ」「米国トランプ政権がパリ気候協定を離脱しても、世界の脱炭素の流れは変わらない」といったものだ。しかし、実際のところ、世界はどこに向かっているのだろうか。
2023年の世界のCO2排出量は過去最高になり、374億トンであった。上位10か国を並べると、1位は中国で世界の33%を排出していた。以下、2位は米国で13%、3位はインドで7%、4位はロシアで5%、5位は日本で3%であった。より正確に言えば日本は2.6%なので、もうすぐ2%と言うべきときが来るだろう。この5か国で、じつに世界の60%を占めている。つまりはこれら大排出国がどうするかで、世界の趨勢は決まるのだが、実態はどうか。
ロシアの経済そして国家財政は、化石燃料に依存している。2024年の原油・天然ガス関連歳入は11.1兆ルーブル(約1080億ドル)に達し、これはロシア連邦予算の約3分の1を占めていた。これは対ウクライナ戦争で膨らむ軍事費の源泉でもある。このロシアが石油採掘を止めるはずも、ガス輸出を止めるはずもない。そんなことを誰が強制できるはずもない。
では、そのロシア産原油を買っているのはどの国か。答えは中国とインドだ。2024年の1~3月の間に中国が輸入したロシア産原油は日量217万バレルに達した。これは日本の総石油消費(日量約330万バレル)の3分の2に当たる莫大な量だ。インドも日量190万バレル前後をロシアから輸入している。両国合わせると、ロシアの原油輸出の半分以上を吸収していたことになる。欧米はロシアに経済制裁を科しており輸入を制限してきたが、中国もインドも聞く耳を持たなかった。
中国は石炭火力発電も諦めてなどいない。中国では、2023年の1年間だけで石炭火力が4740万キロワットも新規に運転開始した。これは、日本全国の石炭火力発電所の合計とほぼ同じ規模である。日本が何十年もかけて建設してきたのと同じ規模を、僅か1年で建設したということだ。のみならず、中国は同年、9450万キロワットもの石炭火力発電所を新たに着工した。
インドも同じ道を歩む。政府計画では3500万キロワットを超える石炭火力発電所を開発中であり、2024年にも複数の大型発電所を着工した。ちなみに世界全体の石炭消費も2023年に86億トンと過去最高を更新した。
世界の60%の排出を占める5大排出国は、どこも脱炭素になど向かっていない。唯一の例外は、2.6%の排出を占める第5位の日本だけである。
ロシアのウクライナ侵攻以降、世界規模でエネルギー需給が逼迫したこともあり、各国はエネルギー安定供給の観点から原子力推進に舵を切っている。
フランスは14基の原子力発電所の新設を計画している。英国、フィンランド、ポーランド、チェコなどでも原子力が推進されている。国際エネルギー機関(IEA)は2024年の世界での原子力発電投資を800億ドルと見積もっており、これは2018年比でほぼ倍増した。中国・インドでも建設が盛んであり、世界で建設中の58基の過半を両国で占めている。米国やカナダでは小型原子炉(SMR)も着工されている。
日本でも、60年間までの運転期間の延長が認められるようになるなど、原子力を推進する方向がある程度は打ち出されるようになった。しかしながら、再稼働の歩みはいまだ遅い。
理由は、耐震・津波対策やテロ対策のための安全審査と工事に時間を要することである。問題なのは、日本の原子力安全規制がゼロリスクを追い求めている点だ。
福島第一原子力発電所の事故は、津波によって全電源喪失が起きて、炉心の冷却機能が失われたことが直接の原因だった。この教訓を踏まえて、いまや、どこの原子力発電所でも予備電源を多数配置して、同様の事故は起きないようになっている。したがって原子力発電所は速やかに再稼働させ、運転しながら安全工事を追加すれば十分なはずだが、残念ながらそうはなっていない。
安全規制においては、ゼロリスクを追い求めるのを止め、原子力発電を「稼働させないことのリスク」、換言すればその「便益」についても、十分に考慮すべきである。
再稼働しないことで、国民は高い電気代を強いられており、日本経済を弱体化させている。これは日本の国力を下げ、安全保障にマイナスに働いている。
また、日本はエネルギー供給の8割以上を化石燃料に頼っているが、敵対勢力が海上の輸送路シーレーンをドローンやミサイルで威嚇すれば、その供給はたちまち脅かされる。原子力発電所は、ひとたび稼働していれば、装荷済みの燃料および装荷前の準備中の燃料だけで3年間は稼働を続けることが出来る。これは日本の安全保障にとってきわめて重要である。
4月28日12時33分、スペイン全域で大停電が発生した。原因は公式には調査中だが、太陽光発電の大量導入によって、送電システムが脆弱になっていたことは間違いない。
ひとたび送電線の電圧が下がり始めると、太陽光発電所は自身を保護するために送電システムから離脱する。するとまた電圧が下がるという悪循環に陥り、雪だるま式に無数の太陽光発電所が一斉に離脱して大停電に至ったとみられる。火力発電所の場合には、発電機が回転しており、電圧が低下した際にはそれを回復させる機能があるが、太陽光発電にはこの機能が無い。
この大停電の直後から、サイバー攻撃の可能性が指摘され、これも調査中である。そしてこれを契機に、中国などによるサイバー攻撃への懸念が持ち上がり、欧州諸国や日本の国会でも取り上げられた。
メガソーラーと呼ばれる事業用の太陽光発電所では、メンテナンスのためにインターネットなどを介した遠隔操作が出来るようになっている。ということは、中国の企業が運営している場合、本国から命令されれば、停止させ、停電を引き起こすことが出来てしまう。同様なことは、送電線に接続された大規模蓄電池や、電気自動車用の充電器についても起きうる。
日本のGXは、自国の製造業を破壊しつつある一方で、中国を利している。世界の太陽光パネルの9割以上は中国製、風力発電機や電気自動車も中国製が大半である。
世界の動向はどうかといえば、米国、ロシア、中国、インドなど、世界の大国は脱炭素などしていない。欧州でも、既に意見は大きく割れている。なお災害の激甚化などおきていないことは統計で確認できるし、日本が2050年にCO2をゼロにしても僅か0.006度しか気温は下がらない(拙著『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)を参照)。つまり脱炭素は無意味である。
日本のGXの推進を担うのは、それを絶対善とする左翼的な大手メディアと学者であり、権限の拡大と予算獲得に熱心な行政官であり、莫大な補助金には企業が群がっている。彼らはみな個々の利益を追い求めているが、その帰結として、全体としての日本経済は壊滅に向かっている。
日本が弱くなってしまえば、中国は、日本の自由や民主といった基本的な価値をも脅かすようになるだろう。日本は愚かなGXを直ちに止めるべきだ。