杉山大志a、野村浩二a、岡芳明b、岡野邦彦b、加藤康子b、 a:本計画の全体を共同で編著。b:本計画の一部を執筆。c:本計画を読み主旨に賛同。 ※見解はすべて著者個人のものであり如何なる組織を代表するものではありません。 |
2024年2月22日に初版を世に問うた「非政府有志によるエネルギー基本計画(非政府エネ基)」は、その後の議論とデータ更新を反映しつつ第4版(2024年6月14日公表)までの改訂を重ね、このたび情報の拡充と更新により第5版を公表する運びとなった。分析の骨格と政策提言に何ら変更の必要は認めないが、ここでは第4版以降およそ1年の間に生じた国内外の変化を概括しておきたい。
まず国内である。政府は2025年2月18日、「第7次エネルギー基本計画」および改定「地球温暖化対策計画」を閣議決定し、同時に2013年度比で2035年度▲60%、2040年度▲73%という「野心的な」温室効果ガス排出削減目標(いわゆる次期NDC)を、国連気候変動枠組条約事務局に提出した。さらに2040年時点の電源構成について、再生可能エネルギーを4–5割とする目安が示された。前回策定の第6次エネルギー基本計画(2021年10月)では、いわゆる3E+S(エネルギー安定供給、経済効率性、環境、そして安全性)のうち、もっぱらCO2削減(環境のE)に重点が置かれてきた。第7次エネルギー基本計画の策定でも審議会などの公式の場においてほとんど意味ある議論がされることなく、脱炭素偏重という第6次基本計画以来のエネルギー政策の路線が踏襲された。
対照的に、国際情勢は激変している。2024年11月の米国大統領選挙ではトランプ氏が復帰し、「エネルギードミナンス(優勢)」を掲げて化石燃料開発規制を大幅に緩和、パリ協定からの再離脱を正式に表明した。2025年5月22日には米連邦議会下院が可決した大型法案には、再エネの税額控除の廃止前倒しも盛り込まれ、バイデン前政権下で成立したインフレ抑制法(IRA)は事実上廃止になる見通しである。これは、日本で2023年5月に成立した「GX推進法」(正式名称「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」)の廃止にも等しい。
英国では、野党保守党のケミ・ベーデノック党首が「2050年ネットゼロは幻想であり家計を破壊する」と批判し、達成期限の白紙見直しを宣言した。ドイツでは移民問題と並んで光熱費の高騰に不満を抱く有権者が、脱炭素撤回を掲げるAfD(ドイツのための選択肢)を第2党に押し上げ、連邦議会での最大野党に躍進させた。グリーンイデオロギーによる光熱費の高騰による生活苦と産業空洞化への不満が、最も急進的にネットゼロ政策を実施してきた英独の政治地図すら塗り替えつつある。
だが日本では、国際動向には頓着することなく、2025年5月28日、「GX推進法」の改正法が参議院本会議で可決・成立した。カーボンプライシングをその中心とした、「規制・支援一体型」なるGX実行計画が着々と制度化されつつある。これは日本の経済厚生を大きく損ない、安全保障すら危うくする。
現在、ウクライナ、中東、台湾などを巡り安全保障状況は切迫している。日本経済は長期にわたり抑制を強いられた賃金水準が上昇へと転じたが、それを持続させながら民需を拡大できるか、デフレ脱却を真に成し遂げられるかの岐路に立っている。こうした厳しい現状にありながら、日本政府はこれまで四半世紀以上にわたり推進されてきた低炭素・脱炭素政策の弊害を省みることなく、合理的な根拠も実証的なエビデンスを示すこともないままに、GXという虚構シナリオによって脱炭素政策をさらに強化しようとしている。慣性のついてしまった行政府は、巨大な船のように方向転換が効かない。
危機感を持つ我々有志は、「非政府有志によるエネルギー基本計画」を提案する。強く豊かな日本を築くために、これからのエネルギー基本計画は安全保障(強さ)と経済成長(豊かさ)を重視しなければならない。本提言が実現する日まで、我々はさらなる改訂を重ね、情報を発信してゆく所存である。
「非政府有志によるエネルギー基本計画」(以下、本計画)では、安全保障と経済成長を重視したエネルギー政策として、「エネルギードミナンス(優勢)」を提唱する。エネルギードミナンスとは、米国共和党で用いられてきた概念である。それはすなわち、豊富で、安定し、安価なエネルギーを供給することを指す。それによって、日本が経済発展を遂げ、防衛力を高め、自由、民主といった普遍的価値を守り、発展させることが可能になる。
エネルギードミナンスを確立するために、我々は以下の11項目にわたる提言をする。
現行のエネルギー政策は、極端なCO2排出削減目標に束縛され、かつイデオロギー的に技術選択が太陽・風力・電気自動車などに偏狭に絞られているゆえに、コストが高くて持続不可能に陥っている。これに対して本計画は、原子力、天然ガスの安定供給や、エネルギーの効率的な利用や生産性の改善など、現実的な国益を推進するものであり、経済成長を棄損することなくCO2を削減するという点において、より持続可能で実効的である。