コラム  エネルギー・環境  2025.06.05

幅広い視点から日本の原子力エネルギー政策を再考する

地球温暖化 エネルギー政策

日本のエネルギー政策の基本となってきた「S+3E」枠組みは、気候変動や持続可能性が突きつける社会の根本的な問題状況をめぐる議論に対応できない

  • 1970年代に登場し、近年の日本のエネルギー政策を支えてきた「3E」は[1] 、エネルギー安全保障(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合性(Environment)の最適化を目標としてきた。2011年の福島第一原発事故後、前提条件としての「安全(Safety)」が強調されるようになり、「S+3E」という表記が定着した。
  • この枠組みの下、化石エネルギーとバランスをとり、安全性向上にも取り組みながら、日本の原子力開発が進められ、一定の成果を挙げてきた。
  • 他方、福島事故やグローバル課題としての気候変動と持続可能性、そして世界的な脱炭素化競争といった新たな課題に対して、日本型の近代化・経済政策の基盤として磨き上げられてきた「S+3E」枠組みは、歯が立たない。本来は多様な解釈がありうる3Eの各項目も、「GDP成長」「人口増加」といった右肩上がりの時代の文脈に縛られた意味づけが定着してしまっている。
  • マインドセットを変えない限り、長期的な環境や資源との関わり方、社会の公正さや公平性、世界の近代化において日本が果たしてきた役割といった、国際社会の場におけるGreen Transitionの論点と国内の議論は噛み合わず[2] 、脱炭素目標の達成も難しい。
  • したがって、気候変動や持続可能性が突きつける、日本社会の根本的なあり様に関わる問題について、他の社会課題との関係の中で、広範な社会的価値に基づいて議論するための新たな政策枠組みを用意することが必要ではないか。


幅広い社会的課題や価値を包含した政策議論の欠如

  • また、現在の日本の気候変動対策は経済政策の色合いが強く、産業競争力強化による「グリーン成長」の推進に偏っている。多様な社会的価値や課題との相互作用や、社会システムそのもののあり方をめぐる議論は軽視されてきたといえる。
  • このままグリーントランジション(GX)政策を通じて産業・技術開発に莫大な予算が投じられると、災害や少子高齢化、ケア労働や農業などの重要分野での働き手不足、医療や介護システムの崩壊、地方と中央の関係をはじめとする社会的格差や貧困などの課題に取り組むための資源を食い合う状況が続くと考えられる。
  • この点について、EUの気候変動分野における旗艦政策である欧州グリーンディール(EGD)との比較が有用である。
    • EGDは「持続可能性」「健康」「公平性」「公正さ」「社会的包摂性」「生物や生態系の多様性」「環境の健全性」「責任」「透明性」「説明性」など多岐にわたる価値を強調している[1]
    • EGDは様々な政策分野をまたぐ総合的な社会政策であり、他分野の政策と枠組みや予算の一部を共有し、制度的な連携がみられる。
  • 国内でも、原子力政策や、第6次エネルギー基本計画以前のエネルギー政策に関する政策文書においては、より多様な社会的課題への言及がみられる。
    • 例えば20234月に原子力関係閣僚会議が決定した「今後の原子力政策の方向性と行動指針 」、同年2月に原子力委員会が改定した「原子力利用に関する基本的考え方」では、ホストコミュニティの福祉やジェンダー多様性、将来世代の不確実性への配慮が盛り込まれている。
  • すなわち、脱炭素技術の開発競争に参加するために急ごしらえされたGX政策によって、日本の気候変動・エネルギー政策のスコープは一層縮小させられていると考えられる。


社会課題を複合的・複眼的に捉えて政策を議論するための新たな枠組みが必要

  • 2050年にカーボンニュートラルを達成するならば、経済振興だけでなく、広範な社会政策との連携が重要である。また、「気候変動問題」を「温室効果ガス排出削減問題」に矮小化することなく、日本社会の長期的な持続可能性を考えていくことも重要である。
  • このためには、政治・行政・産業をはじめとする抜本的な改革が求められる。
    • 縦割り行政の問題を解消し、省庁間の連携のあり方を探る必要がある。
    • 環境省が主導する気候変動対策においては、より広範な社会政策などが議論されているが、こうしたイニシアチブも省庁間の壁を越えられず、エネルギー・産業部門への影響力に限界がみられる。
  • 特に原子力政策についていえば、福島事故から15年という節目が迫る中、GX政策によって既設炉も新型炉も活用し、開発を拡大していく方向に舵が切られている。原子力開発の過去の経緯と、事故が突きつけた問題を改めて整理し、新たな開発の理論的根拠を問う必要がある。そのためにも、社会課題を複合的・複眼的に捉えて政策を議論するための新たな枠組が不可欠なのではないか。
  • そうした枠組みの先駆けとして、原子力分野を例に、幅広い社会課題や価値に基づく検討を例示し、そうした検討の意義を考える材料としたい。


幅広い社会課題や社会的価値に基づいて政策を再考する:原子力政策で考える4

1. 原子力政策における開発の主体・応答性・社会に対する説明責任・透明性

  • 現在掲げられている原子力開発における国、事業者、メーカ、立地地域の自治体や住民、消費者、産業界の責任を明確化すること。
    • 従来は「国が前面に」立ち、国策・国の安全保障を掲げて開発が行われ、電力会社や地方自治体、メーカ等は、国策というロジックを介して、それぞれの取組や協力の社会的(国家的)意義を説明してきた。
    • しかし近年、政府に対する信頼や期待の低下、電力自由化、核燃料サイクル開発の停滞、そして社会の原子力に対する反対や期待の低下により、国主導モデルの有効性が損なわれていると考えられる。GX政策を通じて政府が原子力支持を打ち出したとはいえ、再エネや系統安定化技術にも多くの予算が回されている。
  • 原子力開発に取り組む主体は、引き続き「国主導」を求めるよりも、自ら開発の社会的意義を検証し、「国策」というロジックのみに頼らずに開発の意義や責任を説明し、社会との対話によって事業のあり方を見直していくアプローチが有効なのではないか。「広報」に留まらない、真の「Public Relations」に取り組む必要があると考えられる。

2. 気候変動適応におけるレジリエンス・健康・正義・包括性

  • 環境省の「気候変動影響評価報告書(2020年)」を一読すれば分かるとおり、日本では気候変動が産業や商業、金融、保険、エネルギー、医療等に与える影響の分析が圧倒的に不足している。
  • 原子力分野において、サプライチェーンや災害対策といった課題を中心に、原子力システムの気候リスクや気候レジリエンスを研究し、社会的弱者への配慮を含む対策を検討していくことで、国内のフロントランナーとなることが可能なのではないか。
    • 原子力分野で開発されたリスクに関する体系(放射線防護、確率論的安全評価、リスク情報活用、不確実性との向き合い方、等)を活すことも検討に値する。

3.原子力開発の「 安全性」における環境影響・生物多様性・公平性

  • 多くのSMRが採用する「受動安全」や「避難不要」といった設計思想は、原子力安全の深化という点で有意義である。
  • しかし、安全性や環境影響を考えるためには、原理やコンセプトのみならず、具体的な導入シナリオを考えて、燃料や炉のサプライチェーン全体、バックエンドを含むライフサイクル全体について多面的に、具体的に評価していくことが重要である。
  • たとえば、放射性および非放射性の廃棄物の発生量や、輸送等を考慮すると、ライフサイクル全体での環境負荷が大型炉よりも大きいという試算もある[3] [4]
  • また、複数基立地や、他の産業基盤との近接立地をめぐる複合的なリスクや、立地パターンが変わった場合のリスク分担の公平性等についても検証が必要ではないか。

4. 原子力開発戦略の「経済性」における公平性・持続可能性・革新性

  • 3同様、原子力開発の経済性についても、技術的なコンセプトのみならず、具体的な導入シナリオに基づいて公平性や持続可能性を分析していくことが重要である。
  • たとえば、従来の「イノベーションや技術開発によるGDP成長」論に留まらず、世界的に有名な「もったいない」論など循環経済や省資源、ネイチャーポジティブ等の議論を踏まえて革新炉開発を考えると、既設炉の捉え方も変わる可能性がある。
  • 小型モジュール炉(SMR)の経済性を左右するモジュラー製造拠点を考えると、その初期投資は大型原子炉よりも大きく、国内外での受注の確保が必須であり、工程遅延の波及効果が膨らみやすく、長期的な経営の柔軟性も低下する。炉やモジュールについては成長曲線に従ってコストが低下しても、製造拠点は同様にはいかず、プロジェクトリスクは膨大なものとなる可能性が高い。
  • GXやデジタライゼーション(DX)投資の需要が高まる中、原子力への投資を確保できるかという問題もある。海外のIT企業によるオフテイカーファイナンス等の動きについても、国主導で進めてきた開発体制の抜本改革がなければ取り入れることはできない。
  • 小型炉サプライチェーンの方が垂直統合が進むことや、地域への経済効果が変わることの潜在的影響を考える必要がある。また需要地近接立地や、新たな自治体での立地については、自治体や住民側の負担や、日本の原子力開発の経緯も踏まえて実現性を考え、社会的公正さ等の観点で論じていく必要があるのではないか。

最後に:幅広い社会課題や価値に基づく政策議論が、原子力固有の課題の解決にも寄与する

  • 原子力政策をとりまく状況について、「資源小国」論にみられる地理的条件は変わっていないかもしれないが、政治や経済の情勢、市場のトレンド、そして人々の「安全保障」観や「脅威」観、あるいはリスク認知などの選好、現在に対する未来の価値をどう評価するか、といった社会的条件もエネルギーシステムの最適解を左右する。原子力政策を決定する上で、こうした社会的条件についても明示的に議論することが望ましい。
  • そのための議論の枠組みは、当然ながら原子力政策の範疇を超え、様々な技術・制度オプションとの比較や、社会インフラ全体を扱う幅広いスコープのものになる。
  • そうした幅広い社会課題や価値に基づく政策的議論を可能にする枠組みを設け、その中で原子力利用のあり方を議論することは、長期的かつ広範な影響を有する原子力分野の喫緊の重要課題 ——放射性廃棄物処分、原子力防災、福島第一への対応、核不拡散や核セキュリティ、等—— を脱政治化し、解決に寄与する可能性もある。

【参考文献】

[1] 江守正多,2024).「脱炭素化技術の日本での開発/普及推進戦略における ELSI の確立」社会技術研究開発「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」研究開発プロジェクト 終了報告書.

[2] For a detailed analysis of how climate change policy has and has not been framed in Japan, see: Kameyama, Yasuko. Climate Change Policy in Japan: From the 1980s to 2015 (Routledge Studies in Asia and the Environment). Kindle Edition.

[3] Carlo L Vinoya et. al., Life cycle analysis of a network of small modular reactors. 2024 IOP Conf. Ser.: Earth Environment Sciences, 1372, 012059.

[4] Travis S. Carless et. al., The Environmental Competitiveness of Small Modular Reactors: A Life Cycle Study. Energy, Volume 114, 1 November 2016, p.84-99.

※本コラムは、2025312−14日に開催された日本原子力学会2025春の年会の理事会セッション「海外における原子力の情勢と我が国の方向」において筆者が行った講演内容に基づいて英語で執筆された記事の抄訳である。


講演の予稿は以下のサイトより閲覧できる(20263月より無料公開)。
https://pub.confit.atlas.jp/ja/event/aesj2025s

英語版は以下より閲覧できる。
https://cigs.canon/en/article/20250604_8942.html


[1] 詳しくは次を参照されたい: 渡辺凜「欧州エネルギー政策研究プロジェクト(3)EUが捉える「欧州グリーンディールの社会的意義」およびEUの政策形成プロセスへのインプットの多様性」.キヤノングローバル戦略研究所,2023111日.https://cigs.canon/uploads/2023/11/d2159178815dd90288fdd930b485c6e59d6b0fc3.pdf

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