中国から日本を訪れるインバウンド旅行客数は、本年1~3月累計で236万人と、前年を78%上回る高い伸びを示し、過去最高に達した。
通年での過去最高は2019年の959万人だったが、今年はその年を上回る勢いで伸びている。2019年の1~3月累計は217万人だったのに対し、今年の1~3月はそれを9%上回った。
もし前年比78%増のペースがこのまま続くと、2025年通年では1240万人程度に達し、2019年をはるかに上回る。
それは楽観的過ぎる前提かもしれないが、通年で初めて1000万人を上回る可能性は十分ある。
中国は2020年春以降、2022年末まで厳しいゼロコロナ政策を採用していたため、2020年以降の中国人訪日客数は、2020年107万人、2021年4万人、2022年19万人と極めて低い水準で推移した。
これは中国以外の国々もほぼ似たような状況だった(図表参照)。
資料:日本政府観光局
2023年以降、どの国からの訪日客も新型コロナウイルス感染症の終息を背景に急速に回復したが、韓国、台湾に比べると、中国の回復テンポはやや鈍かった。
円安の影響もあって、2024年通年の訪日客数は、韓国、台湾からが過去最高を更新した一方、中国の訪日客数は2019年のピークを27%も下回っていた。
これは、中国政府が中国の旅行会社に対して訪日ツアーの実施を抑制するよう指導していたことが影響していたと見られている。
2024年10月に石破政権が発足すると、中国政府の対日姿勢が融和方向に変化した。
石破茂首相が田中角栄元首相を政治の師であると公言していることがその一因と言われている。
田中元首相は周恩来総理との間で1972年に日中国交正常化を実現した。日中関係改善の井戸を掘った人物である。
当時の中国は統制経済から市場経済化へと舵を切ったばかりで、日本からの各種技術支援は中国経済発展の土台作りにおいて重要な役割を担った。
国交正常化交渉において、中国が日本に対して戦後賠償を求めなかったことから、日本側もその姿勢を高く評価し、経済界の主要企業も自発的に対中技術支援に注力した。
こうした良好な日中関係を両国民が喜んだことから、日中国交正常化は中国でも好意的に受け止められた。
特に中国が鄧小平氏のリーダーシップの下、改革開放を推進し始めた1980年代は、日本経済も活力があり、中国が目指すべきモデルは日本の経済発展や企業経営であると考えられた。
そうした時代のいい雰囲気を背景に、当時の日本の映画や歌謡曲のファンは今でも中国人の中に多い。
年齢層としては40代から60代の人たちだ。
田中元首相はそうした時代の日本を代表する国家リーダーであるため、今でも中国での評価は高い。
石破首相はその田中元首相を政治の師と仰いでいると公言しているため、中国側からは温かい気持ちで受け止められている。
それに加えて、昨年11月の米大統領選でドナルド・トランプ候補が勝利し、本年1月の大統領就任以降、米中関係が一段と悪化するリスクが高まった。
中国としては日本が米国寄り一辺倒の姿勢をとることのないよう、対日強硬姿勢を見直したことも一因であると考えられる。
以上のような事情を背景に、昨年11月末、中国政府は日本人向けに短期滞在ビザ免除措置を再開した。
それと同時に、ビザ免除の滞在日数はコロナ前の15日から30日へと延長された。
中国側の日本人向け短期滞在ビザ免除措置に呼応する形で、日本政府も中国人向けの観光ビザ発給要件を緩和した。
その内容は、個人の観光マルチビザ取得要件の緩和と団体の観光ビザ滞在可能日数の延長(15日→30日)である。
中国政府もこれに合わせて、中国の旅行会社に対する訪日ツアー実施抑制指導を緩和してきていると見られており、ツアー客も徐々に回復しつつある。
それでも現在の中国人訪日客の中心はリピーターの個人旅行客である。
個人旅行はツアー旅行に比べて費用が高いことが多く、個人旅行で日本に来る中国人の収入はツアー旅行客に比べて平均的に高い。
このため、消費行動も安物の爆買いには走らず、自分自身の嗜好にあった高付加価値の製品やサービスを定期的に繰り返し購入するケースが多い。
そうした中国人は所得水準、教育水準とも高い傾向にあるため、レストラン、ホテル、交通機関等でのマナーもよく、日本人とのトラブルを起こす確率も低い。
最近の日本の報道を見ても、外国人旅行客のオーバーツーリズム問題が深刻化する中で、中国人旅行者のマナーが相対的に良いという評価を目にする。これは上記のような個人旅行者の特徴によるものである。
そうは言っても、今後中国人旅行客と日本人との間のトラブルが問題視される可能性は高い。
第1に、中国人旅行者数が他国からの旅行者数に比べて圧倒的に多くなることが見込まれるため、トラブルを引き起こす比率が高くなくても、件数は最大になる可能性が高いからである。
第2に、日本国内の反中・嫌中感情が依然として根強いため、同じような問題を欧米人が引き起こす場合に比べて、中国人が引き起こせば、メディア等による批判の声が強まりやすい。
一方、両国民の間に根強く残る不信感を払拭するためには両国民間の相互理解を深め、相互信頼を醸成することが重要である。
その土台となるのは両国民の直接交流である。
現在の日中間の往来を見れば、中国人の訪日客は年間1000万人を上回る勢いで伸びているのに対して、日本人の訪中旅行客数は伸びていないと見られている。
日本政府観光局の統計には日本人の訪中旅行客数の統計はなく、中国側の統計も2019年の267万人が最後に公表された数字である。
同年の中国人訪日客数の3割以下である。
こうした状況が続く限り、両国民間の相互理解を促す直接交流の機会の確保は、中国人の訪日旅行者に大きく依存せざるを得ない。
トランプ政権誕生後、米欧の分裂に象徴されるように、世界の分断が深刻化している。これはグローバル経済における自由貿易や投資関係を後退させ、世界経済のブロック化を招くリスクを高める。
このような事態を防ぐには分断の深刻化を食い止める努力が必要である。
そうした観点に立てば、日中間の国民同士の草の根ベースの直接交流促進はますます重要性を増している。
日本が世界平和のために貢献する姿勢を世界に向けて強く発信するためには、まずは自らが世界の分断を食い止めるために貢献する姿勢を具体的に示すことが重要である。
その象徴的な貢献の形は日中両国民間の相互交流、相互理解、相互協力の促進である。
幸い、中国人の訪日客数は過去最高を上回る勢いで増えている。また、本年初以降、日本人のビジネス関係者の訪中が増加傾向にあるという話もしばしば耳にする。
こうした足元の相互往来の活発化を長期安定的に促進することが重要である。
日中間の往来の持続的増大が日中関係の改善を後押しし、日中関係の改善が日中間の往来増大を促す。
今後、日中両国の首脳往来の早期再開により、両国民間の直接交流が勢いを増し、日中間の相互理解、相互信頼、相互協力のさらなる拡大が世界の分断を食い止める貢献につながることを強く期待したい。