メディア掲載  国際交流  2025.04.24

混沌とした世界秩序の中で日本が担うべき役割は何か

モラル教育を通じた人材育成による世界秩序への貢献

JBpress2025418日)に掲載

日本

1.トランプ政権の特徴

トランプ政権の常軌を逸した政策の発表と撤回の繰り返しにより、世界中が混乱に巻き込まれている。

国家の政策運営は、基本理念と長期展望に基づき、国内外における国家の信用を傷つけないよう事前に十分検討し、その効果を見極めたうえで決定・実施するのが当然の前提である。

しかし、トランプ政権の政策運営は事前に十分な検討をせず、思い付きで実施し、副作用が大きいと撤回することを繰り返している。

ドナルド・トランプ大統領がそういう人物であることは元々知られており、専門家、有識者もある程度の混乱は覚悟していた。

しかし、ここまで無節操な行動に出ることはさすがに誰も予想できていなかった。

トランプ政権の政策決定の特徴について、米国や欧州の多くの専門家、有識者は以下のように指摘している。

1に、具体的施策の検討段階で国家の政策運営に関する基本的な知見や豊富な経験を持つ専門家が加わっていないことである。

国家運営と中堅・中小の民間企業の経営は大きく異なる。

トランプ大統領が経営していたのは中堅中小企業であり、特定の信頼できる企業の顧客と長期的にビジネスを継続した経験は乏しい。

このため、その場限りの交渉経験は豊富でブラフを交えた交渉は得意でも、長期的な信頼関係をベースとした安定的なビジネスのやり方には慣れていない。

特に米国政府の場合、一つひとつの政策が国内のみならず世界に対して大きな影響を与える。

副作用が生じてから撤回しても元の状況には戻らず、米国および世界中の企業経営や金融市場等に深刻な悪影響を及ぼす。

トランプ大統領はこの点が理解できていない。

2に、閣僚級の人々は全員がトランプ大統領に対して忠実なイエスマンであることである。

このため、トランプ大統領の思い付きに基づく政策実行に対して、事前に一定の副作用が予測できていても勇気をもって自発的に諫言して修正しようとはしない。

トランプ大統領は、政策判断においてインフレ、株式・債券市場、全米各地の支持層の評価を重視していると言われている。

その一方、民主主義体制の信頼度、世界秩序の安定、国家の威信や信頼といった目に見えない重要な価値を理解していないように見える。

これらの重要な価値を築くまでには英知に支えられた政策実践を長期的に積み重ねる努力が必要である。

しかし、いったん重要な価値が破壊されると、その回復には10年、20年という長い時間を要する。

2.民主主義体制の脆弱性

米国には多くの優れた専門家や有識者がいるにもかかわらず、トランプ大統領の出現によってこれほど短期間に国家の土台が根底から揺るがされている事実を見ると、民主主義体制の脆弱性を痛感させられる。

民主主義は国民が支えるものであり、それを崩すのも国民である。

確かにトランプ大統領の責任は重いが、彼を大統領に選んだ米国民の責任も重い。

選挙結果を左右する平均的な米国民が、民主主義、世界秩序等米国が支えてきた価値を重んじる意識を低下させたことが現在の混乱を招いた要因の一つと考えられる。

振り返って、日本を見ると、3月の寄稿「トランプショックで日本の評価高まる、安定した政治・経済・社会に期待感」で紹介した通り、欧米諸国の有識者から日本の政治経済の安定が高く評価されている。

これもまた、政治家や経済人のみならず、平均的な日本国民の貢献による部分が大きい。

しかし、日本の国家の基礎も米国と同じ民主主義体制に依拠しているため、脆弱性は日米共通の特徴である。

その弱点を理解した上で、今後も日本が世界中から評価される国家の安定を保つには何が必要なのかを考える必要がある。

これまでこのような国家存立の土台に関わる根本問題を現実的な政策と結び付けて考える必要を感じる機会は多くなかった。

しかし、今やこの問題と真正面から向き合う必要を認識せざるを得なくなっている。

3.日本が世界秩序形成に貢献するための長期目標

日本は米国や中国のような超大国ではない。

このため、グローバル化時代における日本の安定は日本だけの問題を考えても実現できない。

日本が世界秩序の安定に貢献する政策を実践し、それが世界から評価されることによって日本の安定が支えられる。

そうした観点から日本が長期的に目指す目標としては、以下の3つが考えられる。

1に、戦争のない世界の実現、第2に、グローバル経済全体の健全な繁栄、第3に、持続可能なグローバル経済社会の構築である。

これらのベースにある理念をシンプルに表現すれば、「万物の命を大切にし、それを育む地球を大切にする」ということになる。

1の戦争のない世界の実現のためには、国家・民族・宗教等の違いを超えて、すべての人々の命を尊重することが必要である。

グローバル社会のすべての人々の間の相互理解、相互尊重、相互協力を重視する意識の共有を促進し、グローバル社会を1つのコミュニティと捉える共通認識の醸成がそのベースとなる。

2のグローバル経済全体の健全な発展のためには、自由貿易体制のさらなる拡充による経済発展の促進と地域間・個人間の貧富の格差の縮小が必要である。

自由貿易体制の拡充のためにはWTO(世界貿易機関)ベースからCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)ベースへと徐々に移行することを促す。

所得分配の健全化のためには、税制や会計基準の改善により所得隠しの防止や自国における納税を促進するとともに、公正な所得再分配を実施することの重要性を世界の共通認識とすることを目指す。

3の持続可能なグローバル経済社会の構築のためには、世界共通の目標を共有し、その目標達成のため必要な対策、目標達成の時期の目標などは各国の自主性に委ねる。

環境、健康、食糧供給、治安、教育機会、基礎的な社会インフラなど、人々が安全かつ愉快に生活するための基礎的な条件達成のために各国、各企業等が自主的に設定した目標と達成状況の情報開示を促す。

4.日本が担うべき世界秩序安定のための「場」の形成

日本が上記の目標を掲げてその実現のために貢献しようとする場合、他国に対して強制することはできない。

しかし、世界中の多くの国の人々が共通の大目標に向かって自発的に動き出すような雰囲気を醸成することは可能である。

そのためには、以下のような「場」を形成する役割を日本が担うことが考えられる。

その「場」において各国は自主的に設定した課題分野別目標を開示し、それとの対比で改善策の進捗状況についてわかりやすく分析・評価する。

各国の達成状況が目標に達していなくても罰則は設けない。

この「場」(プラットフォーム)は国家がルールに基づいて運営する部分と「民(non-state actors)」がモラルに基づいて自主的に運営する部分の融合によるハイブリッド型組織とすることが望ましい。

ルールに基づいて国家間で合意した仕組みだけに依存すると、イデオロギー対立等によって国家間の合意形成が難しくなるケースが多発する。

そうした事態による議論の停滞を回避するため、国家間の議論と並行して、「民」によるモラルに基づく討議の場をもつことが重要である。

高いモラルを共有した「民」の有識者、専門家は、国家間の対立を乗り越えて、各自の専門分野における国際協力を促すことができる。

5.日本の安定を支える人材を育成するための仕組み

世界秩序形成への貢献のため、上記の多国間協議の「場」の運営を日本が担う。

その際には、イデオロギーや政治・経済・外交上の利害対立を超えて、世界中のすべての国を包含する形で運営する。

そうした中立的なお世話係の役割を担うのは、最近の一時期を除いて、なるべく敵を作らない全方位外交を目指してきた日本が適している。

日本国民のモラルは比較的高く、日本に対する国際的な信頼も厚いため、日本がこうした「場」のお世話係の役割を担えば、大半の国々が安心して参加できる。

特に現在は日本が最も安定していると評価されているため、その役割を担いやすい。

今後、日本が長期的に世界の中でこうした役割を担っていくには、日本が政治経済面で長期的に安定を保つ必要がある。

国家の安定を支えるのは平均的な国民の政治的な見識や経済的な競争力である。

それに加え、主要国が自国利益を優先した結果生じている現在の世界の混乱を見れば、モラルの高さも国家安定の重要な条件である。

具体的には次の3点の意識を国民各層が広く共有することがモラルの中身である。

1に、万物の命とそれを育む地球を大切にする心を持つこと。

2に、他者のために自己の最善を尽くしきる心を重視すること。

自国利益のためだけではなく、グローバル社会で起きていることを自分自身が取り組むべき課題であると受け止める当事者意識をもち、そのために必要な日本の役割を考えること。

3に、自分自身の心を誠実に内省し、自身の人格形成のため真摯に努力を継続する強い意志(至誠の心)をもつこと。

そうした人格形成には次のような教育の仕組みが必要である。

1に、小中高等学校において子供たちの個性を引き出し、それを磨いて伸び伸びと育む。

特定の学科に偏った学校の評価基準を修正し、スポーツ、料理、ダンス、アニメ、音楽など子供たちが備えている個性豊かな才能を自由に発揮させる教育の仕組みを構築する。

2に、各分野における子供たちの能力に適合した教育の内容を提供するとともに、各自の学習意欲に応じて各人に適した学習速度で学べるようにする。

特に優れた才能を発揮する子供向けには高度な内容を学ぶことができる専門コースを用意する。

また、中学生や高校生が得意分野においては大学の講義も受講できる制度などを設計する。

3に、小中学校の教員数を倍増させ、1学級の人数を20人程度に減らし、各人の個性に応じた教育を実施する。

不登校やひきこもりの子供たちへの対応、学級崩壊の防止等に対しても専門性の高い教員を配置して的確に対応できる体制を構築する。

以上のような教育の仕組みの導入により、子供たちの個性が引き出され、クラスの中で一人ひとりのユニークな才能を相互に評価するようになれば、相互尊重、相互信頼の関係性が育まれる。

これにより、子供たちが自分の得意分野で自信をつけ、周囲の人たちから応援され、それに対して感謝する繰り返しの中で得意分野を通じて周りの人たちに貢献する悦びを学べば、他者のために自己の最善を尽くす心が自然に育まれる。

日本の多くの国民がそうした人格を身に付け、日本が世界のために貢献する方向に向かうことを期待したい。