コラム 国際交流 2025.04.01
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
世界は濃い霧に包まれている。視界が再び開けて、平和と繁栄へと回帰するために我々が為すべき事とは?
3月17日にOECDが公表した経済見通し(“Economic Outlook, Interim Report, Steering though Uncertainty”)のタイトルが示す通り、世界経済は不確実性の中にいる。しかも主要20ヵ国の成長率を見ると、日独両国がそれぞれ18番目と19番目に示されている!! (PDF版図1参照)。また20日に公表されたドイツ連邦銀行の『月報』は、最初のページで「政治経済的な不確実性が投資意欲を減退させている(Die hohe Unsicherheit über wirtschaftliche und politische Rahmenbedingungen dämpft die Investitionsneigung)」と述べた。尚、『月報』2月号には、computational text analysisに基づく貿易政策に関する不確実性を示す図が掲載されている。これに依れば、不確実性は第一次トランプ政権時代の2018~19年以来の高まりを示し、しかもその水準を超えて過去10年間で最高となっている(PDF版図2参照)。
現在の閉塞状態から脱却するには、ケインズ先生が語るanimal spiritsが企業部門に不可欠で、しかもシュンペーター先生が語るinnovationが社会の中に出現しなくてはならない。しかし、innovationを出現するための主要な要素—研究者、組織、国家の政策と制度、そして市場—が上手く組み合わされてecosystemが誕生しない限り、innovationは“儚い夢”に終わってしまう。これに関し筆者は昨年12月、井上悟志東京理科大教授が担当されている授業で、生徒である優良企業の中堅企業人の前で筆者の考えを述べさせて頂いた。筆者は優れた研究者だけではinnovationは実現不能だとした上で、優れた研究者をまとめて研究組織を円滑に運営する指導者や研究組織を制度的・資金的に支援する上部機構が不可欠である事を述べた。そして小誌で過去に触れた米国のDARPAやDIUを具体例として挙げて説明を行った。
これに関して気になるのは海外の動きだ。特に研究活動の経済的支援は米中両国が飛び抜けている。OECDの資料に依れば、日本のR&D支出額は米国の5分の1、中国の4分の1だ! 質を重視するR&D故に、計量的比較を単純に信じると危険だが、これほど規模が違えば、やはり問題であろう。特に1990年代は中国よりも多く、米国と比べても遜色がなかっただけに残念だ。また知的財産権の収入で見ても、日本は米英両国と大きな差をつけられている。これに関し井上教授をはじめ優れた人々と活気に満ちた日本の将来を夢見て語り合いたい。特にAI・ロボットの社会実装問題や海洋開発技術の可能性に関し、その組織・制度を論じてみたい(PDF版図3、4参照)。
2月23日の独連邦議会選挙は予想通りの結果だった。小誌179号(2024年3月)でFrankfurter Allgemeine Zeitung紙が「ショルツ氏のお陰で社会民主党(SPD)は前回の選挙で勝利したが、次回は彼の存在故に敗北が予想される(Die SPD hat wegen Scholz die vergangene Bundestagswahl gewonnen. Jetzt hat sie Angst, die nächste seinetwegen zu verlieren)」と語った記事に触れたが、2月の選挙結果はまさしくSPDの後退、AfDの躍進となった。こうした状況下で米露接近に危機感を強めたドイツは3月21日に憲法を改正し、国防とインフラ整備に向けた支出拡大が可能となった。憲法改正の目途が立った14日、CDU/CSU率いるメルツ氏は「ドイツ復活(Deutschland ist zurück)」を宣言し、欧州の平和と繁栄に貢献する意思を示した。筆者は欧州の友人達と共にホッとしている。憲法改正直前、危機感を感じたドイツの友人達との知的会話は、或る意味で緊迫感があったために面白かった。例えば2月27日、独think tankのキール世界経済研究所(IfW Kiel)はドイツの国防費増額を訴える小論を発表したが、それを読んで筆者は大笑いをした —「1930年代の英国の失敗を繰り返すな(Fehler Großbritanniens der 1930er Jahre nicht wiederholen)」、と。即ち1930年代、Nazi Germanyの動きに鈍感だった英国の失敗を繰り返すなというのだ。当時の英国大蔵省は財政赤字を嫌悪し、空軍省やチャーチルの要請にもかかわらず、防空予算の拡大に反対した。この結果、英国は独空軍による本土空襲で甚大なる損害を被ったのだ。90年前の独英関係を現在の露独関係に置き換えて議論している点に筆者は笑ってしまった。また独報道番組(Tagesschau)が3日、「(国防のための)必要資金は一体何処から?(Woher soll das Geld kommen?)」と報じた時、「(1930年代、ヒトラーの軍拡を助けるためにメフォ手形で資金を捻出し、日本の高橋是清に似た役割を果たした)シャハト・ライヒスバンク総裁みたいな人が出現するかも?」と友人達に冗談気味に語った。
米国は長年の同盟国である欧州諸国から距離を置かれるようになっている。
最近、米欧の識者の意見が厳しい論調に変わってきた。英Financial Times紙は2月26日、同紙の解説者であるマーティン・ウルフ氏の小論(“The US Is Now the Enemy of the West”)を、また3月7日、ジョセフ・ナイHarvard大学教授の小論(“Trump and the End of American Soft Power”)を掲載した。そして2月下旬に届いた米国政治評論家のロバート・カプラン氏による著書(Waste Land, Feb. 2025)の目次を見ると、第1章の表題は“Weimar Goes Global”という表題だ。Hitlerの抬頭直前のヴァイマール体制が世界に蔓延すると言いたいのだろうか!! 筆者の心に突き刺さった著者の言葉は“Don’t assume that cool heads always prevail”だ。確かに如何なる時でも皆が冷静に物事を判断出来るとは限らない。
また驚いた事に、メルツ氏は“仏英の核の傘”にドイツが入る事に関し議論する事を2月21日に初めて認めたと報じられた。
2時間半にわたるトランプ=プーチンの電話会談の直前、露大統領はモスクワの戦没遺族関係者の前で「相手の所有物は必要ない。だが、我々のものは決して手放すつもりはない(Нам ничего чужого не нужно, но мы своё не отдадим)」と語ったらしい。この言葉を知った筆者は、欧州の友人達にドイツの優れた精神分析学者アレクサンダー・ミッチャーリヒの言葉を思い出した事を告げた—「ロシアという国は—共産国家であれ、帝政時代であれ—戦争の後には領土拡張を為し、勢力拡大を力で要求する(Daß Rußland, ob bolschewistisch oder zaristisch, nach einem gewonnenen Krieg Gebiersforderungen stellen und eine Ausweitung seiner Einflußzone mit Nachdruck verfolgen würde)」、と。即ち戦争は終わらないのだ。
政治経済問題に加え社会問題でも米国は世界を悩ませている。我々は気を緩めてはいけないのだ。
我々にとっては米中関係が最大の関心事だが、これまで小誌で殆ど取り上げてこなかったのが人権問題だ。しかし、ルビオ国務長官が、2022年6月施行の「ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act (UFLPA)/«防止强迫维吾尔人劳动法»)」に深く関わっているため、我々も注視する必要が出てきた。人権問題を重視する友人達は消極的な筆者を厳しい眼で見つめる。それに対する筆者の理由は次の通りだ。
重要な問題である事は理解している。だが、外交交渉で解決策が見出せるかどうか、疑問を持っている。例えばベイカー国務長官は钱其琛外相と交渉し苦労した事を回顧録で記している。更に時代を遡れば、1944年夏、ウォレス副大統領がルーズヴェルト大統領に、国民党政権下の中国でもウイグル人と漢人との緊張関係が存在していた事を、訪中報告で伝えている。また故キッシンジャー氏も生前、対中国関係で人権を取り上げる事は外交関係全体を勘案すれば相応しくない、と語っていた。繰り返すが、軽視していないが、解決策が見当たらないのだ。