メディア掲載 国際交流 2025.03.24
社会の分断招かず極右の台頭許さない、日本の強さの源泉とは何か
JBpress(2025年3月18日)に掲載
米国のドナルド・トランプ氏が大統領に就任した後、世界の常識だった様々な秩序形成の土台が一変した。
米国の内政は民主主義の破壊が進み、1930年代前半のヒトラーの政治との類似性を多くの有識者が指摘する。
米国内ではトランプ大統領の圧倒的な影響力を恐れて、議会、裁判所、メディアがトランプ政権を批判できずにオロオロしている。
経済界はトランプ政権の政策運営を目の前にしながら、あまりにも非常識な中身に頭がついていかず、まだ反応できていないと聞く。
大半の有識者はインフレや株価下落等の副作用が表面化して政策の修正をもたらすことを期待している。
欧州は米国から自立し、自主防衛力大幅増強のため英仏独3国を中心に結束が進んでいる。
英国が欧州に戻り、欧州と米国の亀裂は急速に深まった。英仏独3国はいずれも昨年夏まで不安定な内政に苦しんでいた。
しかし、ここにきて英国のキア・スターマー首相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、これからドイツ首相に就任するキリスト教民主同盟(CDU/CSU)のフリードリッヒ・メルツ党首はトランプ政権に対する対抗姿勢を表明し、国内での求心力を回復しつつある。
2月14日の「ロシアの即時撤退要請」「ウクライナ領土保全」を求めた国連決議では、G7のうち米国だけが決議に反対し、G7の分裂が表面化した。
「ほんの半年前まで、誰もこんな世界が現れるとは想像していなかった」
2月下旬から3月前半までの米国欧州出張中に筆者は何度もこの言葉を耳にした。
トランプショックに直面する各国の経済社会は依然として不安定である。
米国はトランプ政権が実施する関税引き上げ、不法移民対策強化、公務員削減等により、インフレ、株価下落、ドル相場下落、消費低下等が引き起こされるリスクが指摘されている。
これによってトランプ大統領の支持率が低下する場合、来年2026年秋に予定されている中間選挙では与野党の議席数が接近している下院で与党共和党が過半数を失う可能性がある。
下院で負ければトランプ政権の政策運営の自由度は大幅に制約される。
トランプ大統領はその事態を回避するため、国家非常事態制限を発動して中間選挙を実施させないという手段を取るのではないかと懸念する米国欧州の有識者もいる。
欧州は安全保障面では結束しているが、エネルギーや穀物の価格高騰の影響で経済は不安定なままである。
防衛費の大幅増大に向けて財政規律を保つために定められている財政ルールを変更し、財政赤字を拡大して予算を捻出するしかない。
現在はトランプショックに直面して主要国は一丸となって結束しているが、これが長期化すれば財政配分の選択肢が縛られ、経済社会の安定のために必要な予算が削られ、国民の不満が高まる可能性が懸念される。
金融面で金利や為替への影響も心配だ。
中国も経済の停滞が続いている。昨年9月以降、各種の景気刺激策が実施されているが、不動産市場の停滞と地方財政の悪化は深刻だ。
不動産販売価格は一部に改善の兆しが見え始めてはいるものの、主要都市の不動産市場が安定を回復するのは早くて2026年、遅ければ2028年頃になると見られている。
さらには、今後生産労働人口の減少、都市化の減速、大規模インフラ建設の減少といった構造要因のマイナス作用の拡大は避けられない。
中国企業経営者や一般の消費者がある程度自信を回復して投資や消費が安定するまでにはまだ時間がかかりそうだ。
このような世界情勢の中で、2月下旬から3月半ばまでの3週間の米国欧州出張中、外交・安保・経済分野の専門家である友人たちから「いま先進国の中で一番安定しているのは日本だね」と何度も言われた。
3週間前、日本からワシントンD.C.に到着した直後に初めてそれを聞いた時には耳を疑った。
しかし、その後米欧主要国の政治経済の実態への理解が深まるうちに、確かにそういう要素があるように思えてきた。
第1に、政権運営が比較的安定している。
国会が分裂して機能不全に陥ることなく、与野党間で建設的な議論が続いており、予算審議も着々と進んでいる。
米国では与野党間でのイデオロギー対立が前面に出てしまい、話し合いを通じた歩み寄りによる法案の中身の調整は極めて難しい。
フランスでは与党が提出した予算案が否決され、2024年12月上旬、ミシェル・バルニエ首相就任後わずか2か月半で内閣総辞職に追い込まれた。
その後、フランソワ・バイル首相が任命され、組閣し直してようやく予算を通した。しかし、今後も不安定な議会運営が続く見通しである。
ドイツでもオラフ・ショルツ首相が信任を失い、解散総選挙(2月23日)に追い込まれ、現在第1党となったキリスト教民主同盟のメルツ党首が第3党の社会民主党との連立内閣成立に向けて協議中である。
隣国韓国では大統領と首相がともに弾劾案が可決され空席のままであり、依然として政権運営の混乱が続いている。
第2に、日本では極右政党の台頭が見られていない。
米国、欧州主要国では移民問題に対する不満の高まりを背景に移民排斥をスローガンに掲げる極右勢力が台頭している。
米国ではトランプ政権が成立するや否や、バイデン政権の不法移民容認、グリーン(環境保護)重視、DEI(diversity多様性、equity公正性、inclusion包括性)重視などリベラルな政策方針が覆され、真逆の方向に舵を切った。
それと同時に、トランプ大統領はフランスのマリーヌ・ルペン党首が率いる国民連合、ドイツのワイデル共同党首等が率いるAfD(ドイツのための選択肢)などの極右勢力を支援している。
トランプ大統領を強力に支持するイーロン・マスク氏はAfDのアリス・ワイデル共同党首とX上でライブチャットを開催し、ドイツ国民に向けてAfD支持を呼びかけた。
仏独両国の国民が米国トランプ政権の支援に影響されて極右勢力に対する支持率を高めたとは見られていないが、極右勢力のリーダーたちは支援を喜んでいる。
日本では移民問題が深刻化していないほか、グリーン政策やDEIも民意を重視しながら比較的穏健に実施されていることから、極右が台頭する状況になっていない。
第3に、経済も少しずつ安定を回復しつつある。
1990年以降、バブル崩壊、金融危機、企業業績の悪化等を背景に、ゼロ成長、ゼロ金利によるゾンビ企業の蔓延、イノベーション意欲の低下、賃金低下など、いわゆる「失われた30年」の状態が続いた。
しかし、最近の物価上昇、賃金上昇等を背景に、ようやくその長期停滞から抜け出しつつあるように見える。
ただし、賃金上昇率が消費者物価の上昇率を下回っており、実質賃金の低下基調が続いているため、まだ力強さを欠いている。
今年も賃金上昇が続き、物価上昇を上回る賃金引上げが実現すれば、徐々に経済の力強さが戻ってくる。
日本企業は米国でも欧州でも中国でも歓迎されている。
この機会をとらえて一段と積極的にグローバル展開を進め、1980年代までの日本企業の輝きを回復することを期待したい。
現在の主要国のリーダーに共通する課題はモラルの欠如であると指摘されている。
民主主義にせよ専制主義にせよ、国家リーダーにはモラルが必要である。
現在の主要国のリーダーは、自らの政治基盤確保のため、選挙民向けの人気取り優先の政策運営に傾きがちである。
あるいは、民主主義を破壊し、国民を弾圧し、他国の一般市民の命を奪っている。その中に高いモラルを示すリーダーは見当たらない。
幸い日本のリーダーは民主主義の破壊、極右勢力の台頭等を許さず、他国への侵略戦争にも反対してきている。
石破政権もいくつかの批判を受けてはいるが、欧米、東アジア諸国等のリーダーに比べると国民の要望に対して誠実に向き合い、政策運営を行っている。
欧米、東アジア諸国等の国内情勢の厳しい状況を現地で実感することなく、日本国内の状況しか見ていないと、主要国との対比で日本の政権運営の特徴を認識することは難しいかもしれない。
しかし、米国、欧州、東アジア主要国の現地に定期的に足を運び、有識者と意見交換を重ね、各国の国民が置かれている状況と日本の現状を比べると、日本国民は相対的に恵まれた環境にあると感じる。
その根本的な原因は政治経済のリーダーのモラルが比較的維持されていることにあると筆者は考える。
それを支えているのは全国民レベルのモラルの共有である。
しかし、2月の寄稿「授業料無償化では不十分、人格形成教育向上のために公的な教育補助の拡大を」でも伝えたように、日本においてモラルをもつリーダーを育てる人格形成教育が劣化しているのも事実である。
現在の世界の主要国と日本を客観的に見比べ、日本の長所を伸ばそうとすれば、モラル教育、すなわち人格形成教育の拡充に注力することを目指すべきである。
他国の轍を踏まないよう、一日も早く日本のモラル教育の立て直しに着手すべきである。
そのための第一歩は教育予算を大幅に拡充し、小中学校の教員数を倍増させることである。
充実した指導体制の下で、子供たち一人ひとりの豊かな天性天分を見出し、それを個々人の学習進度に合わせてのびのびと伸ばしてあげられる柔軟な教育環境を整備することが必要である。
そこで育った子供たちは10年後には社会で大きな貢献を果たし始める。
モラル教育が社会経済に好影響を与え始めるまでの時間は意外に短いのである。