コラム  財政・社会保障制度  2025.03.18

日本における介護制度の改革にあたり

税・社会保障

こちらは、1月29日に開催したシンポジウム「持続可能な介護システムの構築に向けて」にて筆者が発表した内容を纏めてコラムにしたものです。

シンポジウムの詳しい内容や発表資料は https://cigs.canon/event/report/20250214_8647.html をご覧ください。

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はじめに

気がつくと孤独や病気、貧困に陥っていたという深刻なリスクに高齢者は直面している。幸いにも、日本人は、公的年金、公的医療保険、また最近では公的介護保険などによる包括的なセーフティネットの恩恵を受けている。しかし、日本の高齢化は急速に進んでおり、公的介護保険のコストも急激に増加している。そのため、自己負担額の増額、もしくは保障範囲の縮小、あるいはその両方を実践する必要が生じてもおかしくない。本稿では、介護サービスを必要とする人、それを提供する担い手について考察し、ドイツやアメリカの介護制度との比較を通じて、日本で公的介護保険制度について、そのサービス内容や財源を削減することによって生じるギャップを埋めるための戦略を提案する。

介護サービスの需要

介護サービスはその性質や目的において急性期医療(acute care)とは異なる。急性期医療が一時的かつ重篤な健康上の問題を取り扱い、その治療や回復を目的とすることに対し、介護サービスは日常生活や慢性的な健康上の問題へのサポートを行うもので、その目的は衰えの進行を遅らせたり、生活の質を向上させたりすることに置かれている。日本では65歳以上の人口のうち69%が生きている間に介護を必要とし、女性が介護を必要とする確率は男性に比べて高い。平均では、男性が介護を必要とする年数が8.7年間なのに対し、女性の場合は12年間となっている。

比較分析

日本の介護制度の改革を考える際には、日本、アメリカ、ドイツにおける介護サービスの担い手及びサービスの財源の比較が有用だ。

介護サービスの実施状況

介護サービスは、非公的には家族や友人によって提供され(インフォーマルケア)、公的には専門の介護提供者によって、在宅、もしくはさらに重度の場合には介護施設において提供される(フォーマルケア)。日本では、インフォーマルケアが全体の44%、在宅でのフォーマルケアが40%、介護施設でのフォーマルケアが16%を占める。一方、アメリカではインフォーマルケアの比率が非常に高く(75.5%)、在宅(11.5%)や、介護施設(5%)でのフォーマルケアの割合は低い。ドイツでもインフォーマルケアの割合は高く(54%)、在宅におけるフォーマルケアは24%、介護施設でのフォーマルケアは7%となっている[1]。フォーマルケアにかかる直接的なコストはインフォーマルケアよりも高額であるが、これはインフォーマルケアの大部分を家族が担っているためである。

介護サービスの財源

生活支援や医療ケアなど介護サービス全体の財源については、日本、アメリカ、ドイツで大きな違いが見受けられる。日本では、サービスにかかる費用負担の内訳は、自己負担(7.7%)、公的資金(46.1%)、および強制保険料(46.2%)となっている。アメリカの財源構造は、自己負担(19%)、公的資金(29%)、強制保険料(42%)、および任意保険(10%)とばらつきが見られる。またアメリカの公的資金はその大半が医療に充当されており、介護費用の半分以上が自己負担で支払われていることになる。ドイツでは公的資金(70%)への依存度が高く、自己負担(24%)、強制保険料(2%)、任意保険(4%)もその財源となっている[2]

まとめ

日本の介護に対する姿勢は、ドイツやアメリカのそれとは異なっている。日本は在宅や介護施設でのフォーマルケアの割合が高く、インフォーマルケアの比率は比較的低い。強調しておきたいことは、日本の介護制度では質の高いサービスが良心的な価格で提供されているということだ。日本の介護施設の費用は他の2か国よりもはるかに低く、自己負担額も少ない。

民間介護保険の現状

日本、ドイツ、アメリカに共通していることとして、民間による介護保険市場の規模が小さいということが挙げられる。民間介護保険は、高齢者施設の費用が高額であることや、施設に入所するリスクを考慮すれば、魅力的な選択肢であってもおかしくない。KopeckyKoreshkovaとの共同研究(2019, Econometrica)では、民間介護保険の加入率が低い理由が3つ挙げられている。

  1. 管理コスト: 介護保険の販売および保険金支払にかかるコストが、他の生命保険商品よりも高い。
  2. 逆選択: 介護が必要となるリスクの高いほど保険に加入する傾向があり、これにより保険料が上がる。
  3. 公的保険: 公的保険の存在により、民間介護保険への需要が入り込む余地がない。

    さらに、行動経済学の研究では、次の要因も指摘されている。

  4. 認知バイアス: 35歳の人は、自分の85歳になって発生するかもしれないリスクについて考えることはもちろん、それに対して行動を起こすことに抵抗を感じる。現在志向バイアスの結果、多くの人は、50代後半や60代になり、施設に入所するリスクをもっとよく知るようになるまで、介護保険への加入を検討することを先送りしてしまう。しかし、民間保険会社が高齢者に保険を提供する場合、逆選択の影響により費用が高額になるため、加入を決めるのが遅すぎると、高額な保険料を払うことになったり、加入を拒否されたりすることもある。


ジレンマ

公的介護保険の財政負担は持続不可能なペースで増加しており、日本は、自己負担額の増額やサービスの削減を行わずに公的保険の支出を抑制する方法を見つけなければならないというジレンマに直面している。介護施設でのフォーマルケアの生産性をさらに向上させることも一つの可能性ではある。しかし、日本はすでにドイツやアメリカよりも高品質な介護サービスを低コストで提供しており、これ以上生産性を向上させる余地は限定的だ。従って、今後介護を必要とする人は、これまでよりも高額な金を支払い、今までよりも少ないサービスしか受けられないということが起きてくる。

公的介護保険の縮小に対応する2つの戦略

1.新しい民間介護保険商品

近年実施された日本の年金制度改革は、介護保険を提供する民間保険会社にとって新たなビジネス機会だ。企業は確定給付型年金から401kプランやiDeCo(個人型確定拠出年金)などの確定拠出型年金へと移行している。こうしたプランに加入する従業員や個人は自ら資産配分を決め、退職時の支払方法も一括もしくは年金のいずれかを選択できるようになっている。

年金と介護リスク

年金は生涯にわたり毎月一定額の給付を受けられるため、健康で長生きすることが見込まれる人に適している。従来の年金は内部収益率が低いが、新たに登場した変額年金やインデックス年金は、収益率が高く、人気が高まっている。ただ残念ながら、こうした商品は介護施設に長期入所することになった場合の有効な保険とはならない。介護保険特約は、年金加入者に介護が必要となった場合、月額の給付金が増額されるため、これを付加することが介護リスクに対する有効な保険となる。

新たな機会

確定拠出年金の登場によって、介護保険の販売方法に新たな手段が生まれた。現在、介護保険商品は個人に直接販売されている。本稿では生命保険会社が介護保険特約を団体保険として確定拠出年金の管理機関に販売することを提案する。従業員の退職金積立口座は確定拠出年金の管理機関が管理している。この市場は競争が激しく、確定拠出年金管理機関は雇用者に対し、従業員にとってアメニティバリューのある新しい商品を提供することで競争し合うことになる。確定拠出年金向けの金融商品の最近の成功例として、ターゲット・デート・ファンドがある。このファンドは、加入者の年齢に応じて資産配分の調整が自動的に行われるので、従業員が退職への備えのための資産配分を自分の思い込みだけで行うことを是正することがわかっている。若年層の労働者は介護リスクについても認識が甘く、確定拠出年金に介護保険特約を付加することで、同様のメリットを得ることが期待できる。

2.インフォーマル介護サービスの提供の支援

家族による介護を促進する

ドイツやアメリカでは、インフォーマルケアのほとんどを家族や地域コミュニティのメンバーが担っている。日本でのインフォーマルケアは、その規模はドイツ、アメリカに比べて小さいものの依然として重要な役割を担っている。認知症がかなり進行している場合には、フォーマルケアの担当者に任せるのがベストだろう。しかしインフォーマルケアは、高齢者が介護施設に入る時期を遅らせ、場合によっては防ぐこともできる。介護を必要とする人々の多くは、赤の他人よりも、家族や友人に世話をしてもらうことを望んでいる。また、家族や友人と日常的に顔をあわせることで、認知機能の低下の進行を遅らせることにもなる。さらに、インフォーマルケアはフォーマルケアに比べはるかに安価だ。BarzykKredler2018,Review of Economic Studies)は、少額の金銭的インセンティブは、家族が介護を行う動機づけになるとしている。ドイツとアメリカでは、インフォーマルケアを提供する家族に対し、金銭的インセンティブが与えられている。例えば、アメリカでは、親と同居し介護をする家族には、住宅にかかる相続税が免除されている。ドイツでは、公的介護保険受給者は給付を現金で受け取ることが可能で、それを家族への介護報酬として支払うことができるようになっている。日本にはこのようなインセンティブが存在しない。少額の金銭的補助は、介護を受ける人とその世話をする家族の両方に便益をもたらすことになるだろう。

家族・友人以外によるインフォーマルケアを促進する

日本の家族構造は変化してきている。かつては、インフォーマルケアはほとんどの場合、身内の女性が担うものとされていた。しかし、既婚女性の労働参加率が上昇し、家族の規模が縮小し、成人した子どもが親と同居することも少なくなってきている。このような家族構造の変化を踏まえると、家族頼みのインフォーマルケアは、インフォーマルケアを継続的に提供し、さらには強化していこうという取組のごく一部に過ぎない。日本では平均寿命が延びている一方で、定年退職年齢は比較的同水準に留まっている。この結果、まだ若くて健康な65-75歳の退職者の数が増加してきている。介護のリスクは年齢とともに上昇し、80歳以上の年齢層でピークを迎える。従って年齢の若い退職者層から今後、インフォーマルケアの新たな担い手が輩出されることが期待される。地方自治体が、若い年齢の退職者が同世代、さらには異世代間で繋がりを深められるよう働きかけをすることで、社会交流が生まれ、人々の健康維持につながっていく。公園やレクリエーション施設、趣味・学習・文化活動を支援するコミュニティセンターでの活動、地元の祭りなどは、地域社会の結び付きを強くし、結び付きの強い地域社会は、仲間に緊急な事態が起きた時、大きな力を貸してくれる。

結論

日本の高齢化は進行しており、介護サービスの需要は今後も急速に増加し続けるだろう。介護リスクへの備えを先延ばししないよう、認知バイアスに対応した、新たな介護保険商品を開発し、雇用者に販売することによって、介護を必要とする家庭の経済的負担を軽減することができる。インフォーマルケアは昔から常に介護の最大の柱だ。現在でも依然として重要な位置を占めてはいるが、その規模は縮小している。家族や地域社会への的を絞った少額の助成金は、インフォーマルケアの供給力を強化し、愛する家族や親しい友人に世話をしてもらえる高齢者の幸福度をも高めることになる。


[1] これらの統計は、『Long-Term Care Around the World』(2024年、シカゴ大学出版)の第4章、第6章、第10章で報告された結果に基づいている。
[2] 脚注1を参照のこと。