シェールガス採掘企業の社長を務めたクリス・ライトが、米国エネルギー省長官に就任した。
環境団体は猛烈に批判をしている。シエラクラブのベン・ジェラスはライトを「われわれの未来と地球にとって直接的な脅威」と呼んだ。エバーグリーン・アクションのレナ・モフィットはライトを「気候危機を否定する化石燃料企業の重役」と表現した。NRDC(自然資源防衛協議会)のジャッキー・ウォンは「気候変動による災害の壊滅的な影響」を招くとして反対した。そして、サンライズ・ムーブメントの複数の抗議者が、エネルギー長官への指名に関する議会公聴会において、「気候危機は既にここにある」と不規則発言をして警官によって退場させられた。
だが実際のところ、ライトが言っていることは極めてまっとうだ。
ライトの主張は、彼が率いてきたリバティ・エナジー社の100ページを超える部厚い報告書に、もっとも詳しくまとめられている。
その内容は、
といったことである。これはいずれも事実であり、以前ヘリテージ財団の報告書を紹介したように、米国共和党の人々が共通認識としていることばかりだ。
前述の議会公聴会では、上記の①のことを指して「気候変動は現実の問題である」と発言し、このことが報道された。だがライトは決して「気候が危機にある」といった説を信じているわけではない。科学的な事実として①を認めているだけだ。そしてライトにとっては②、③が重要なのだ。
化石燃料、原子力、再生可能エネルギーの全てを開発し、安価で豊富なエネルギー供給をすることが善だとしている。そして、急進的な脱炭素には明確に反対している。
エネルギー長官への就任にあたっての職員への演説においては、急進的な脱炭素を進めたドイツのエネルギー政策を明確に批判し、米国はその轍は踏まない、と断言している。やや長いが、訳出しよう。
ドイツは、技術・産業において驚異的な力を誇る国です。しかし、15年ほど前にエネルギーシステムを変更すると決定しました。エネルギー転換(Energiewende)です。
彼らは約0.5兆ドルを費やしました。ドイツの経済は米国の10分の1ですから、米国であれば5兆ドルを費やしたことに相当します。こんなことをすれば、わが国がどれほど貧しくなっていたか、あるいは、5兆ドルを他に何に使えたか、考えてもみてください。
ドイツは5兆ドルで何を手に入れたのでしょうか?現在、ドイツでは風力タービンを見ない場所を探す方が難しいほどです。 つまり、彼らは畑、海岸、そして海上にまで風力タービンを設置し、至る所にソーラーパネルを設置しているのです。 欧州の北部は冬は曇りがちで寒いですが、そこにもソーラーパネルが敷き詰められています。
しかし、それで何が起きたでしょうか?ドイツの電気料金はほぼ3倍になりました。
考えてみてください。もしあなたがその国に住んでいるなら、暖房費を払わなければなりません。あなたが何をするにも、その費用を支払わなければなりません。そして、その基本的な生活必需品の価格は、15年前の3倍になりました。これは米国の2倍以上になっています。
2010年には100GW(1GW=100万kW)強だった発電容量が、240GWの発電容量にまで増加しました。発電容量の増強だけでなく、送電などのインフラ構築にも多額の費用がかかっています。
では発電容量が2倍以上に増加して、15年前の比較で、現在ではどれだけの発電をしているのでしょうか?驚くべきことに、20%も減少しています。3倍も高価になった一方で、システム全体で生産される電力は20%減少しました。
これは何を意味するのでしょうか? 直接的な因果関係があるわけではありませんが、ドイツの工業生産も、この間、およそ20%減少しました。世界の工業大国ドイツが、その工業力を失いつつあります。石油化学産業はまずドイツから米国、そしてアジアへと移転しました。
エネルギーが高価で信頼性が低いと、誰もが少しずつ貧しい生活を強いられ、自国での製造は難しくなります。そうなるとどうなると思いますか?製造はどこか他の場所に移転するだけです。なくなるわけではなく、ただドイツでは製造されなくなるだけです。アジアや米国で製造され、船に積み込まれてドイツに送り返されるのです。
この2年間、ドイツの経済成長はゼロでした。さて、いまAI革命の時代ですが、この革命が、ドイツでどれほど起こると思いますか?知的な能力はありますが、ほとんどドイツでは起こらないでしょう。
彼らが変えようとしたのは何だったのでしょうか? エネルギーシステムを炭化水素に支配されたものから新しいエネルギー技術に変えようとしたのです。 2010年には、ドイツの一次エネルギー総供給量の80%が化石燃料でした。 現在では、0.5兆ドルを費やし、エネルギー価格を3倍にして、国民は貧困化し、産業が縮小した結果、化石燃料の割合は80%から74%に低下しました。
このことからも、エネルギーシステムを変えることがどれほど難しいかがお分かりいただけるでしょう。難しいのです。もし、高価で信頼性が低く、雇用を海外に輸出するようなモデルを構築しようとするなら、どうなると思いますか? 誰もそんなモデルには従わないでしょう。
米国でそんな実験を繰り返すつもりはありません。私たちのエネルギーシステムを本当に変えることができる唯一の方法は、手頃な価格で信頼性が高く、安全で、人々の生活をより良くするエネルギー源を手に入れることだけです。そして、それは可能です。
日本のエネルギー政策関係者にぜひよく聞いて欲しい内容だ。
日本はいまグリーントランスフォーメーション(GX)にまい進しているが、これはドイツの轍を踏むことになるのではなかろうか?
最後に、ライトの思想が端的に現れている、前述の報告書の「結論」部分を抜粋しよう。
多くの社会では、市民が健康で豊かな生活を送るためのエネルギーが利用できないのが現状です。一方で、産業が海外にアウトソーシングされ、気候変動に関する明らかな便益がほとんどないにもかかわらず生活水準が低下するなど、既存のエネルギーシステムはこれまでにないほど弱体化しています。トレードオフを明確に評価することなく、エネルギーシステムを政治的に変更すべきではありません。
課題に対応できない既存の技術に多額の補助金を与えるのではなく、エネルギー研究と技術革新を大幅に増やすことで世界は恩恵を受けるでしょう。全面的な技術革新こそが、より多くのエネルギーとより優れたエネルギー、すなわち排出量がより少なく、より手頃な価格のエネルギーへの唯一の道なのです。これには時間と協調的な努力が必要です。人為的な緊急性やスケジュールは逆効果です。
2050年ネットゼロという世界的なスローガンは再評価され、より人間味があり達成可能な目標、すなわち2050年エネルギー貧困ゼロに置き換えられるべきです。
ライトはネットゼロという目標は邪悪だと発言して批判を浴びている。だが、ライトが言っていることは、ネットゼロは技術的に困難なだけではなく、道徳的にも誤った目標だ、ということだ。筆者も、50年エネルギー貧困ゼロという目標に同意する。全ての人に、安価なエネルギーを供給するという目標こそ、道徳に適うのではないか。