コラム  国際交流  2025.03.03

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第191号 (2025年3月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

超大国米国の大統領が変わり、国際政治経済の様相も大きく変わろうとしている。

米国新政権の発足以来、地名、国名、更には人名までが変わった—米国がGulf of MexicoをGulf of Americaへ、People’s Republic of China (PRC)をChinaへと変更した一方で、中国もルビオ国務長官の苗字(漢字表記)を卢比奥(Lúbǐào)から鲁比奥(Lǔbǐào)へ変えた(鲁は“粗野で愚か”という意味)。呼称が変わるだけで、国際政治上実質的な意義が変わらなければ問題ないが、そういうわけにはいくまい。

新政権による変更は呼称のみならず組織や人事に及ぶ。驚いたのは軍幹部の更迭だ。ブラウン統合参謀本部議長やフランケッティ海軍作戦部長と新政権との対立は、新政権発足以前から予想されていたが、2月22日夕刻公表された突然の説明無き更迭に驚いている。

ブラウン議長の就任は、2023年9月、連邦議会上院で賛成83対反対11により承認された。しかし、反対票を投じた人の中に当時上院議員であったヴァンス副大統領やルビオ国務長官がいたのだ。またフランケッティ作戦部長を更迭したへグセス国防長官は、小誌1月号で触れた著書(The War on Warriors, June 2024)の中で「戦場に女性は不適切だ」と強調している事から、必然的対立は予想されていた。

ブラウン議長の前任であるミラー議長は、2021年1月、連邦議会議事堂襲撃の際に、「君達が目にした光景は、将来更にひどい事の前触れかも知れない(What you might have seen was a precursor to something far worse down the road)」と語ったと伝えられている。ミラー議長のこの警告が (正しい警告であっても、誰もが信じないという)カサンドラのコンプレックス状態に陥いる事にならないよう願っている。

先月も友人達とAI・ロボット関連の海外情報を議論する毎日だった。

2月3~4日、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、AIの軍事利用に関するworkshopを開催し、6日にはモルガン・スタンレーが、最新のヒューマノイドに関する資料を公表した。また10~11日、仏印両国政府はパリでAI Action Summitを共同主催した(PDF版2を参照)。

パリの会合では、冒頭Stanfordの専門家、李飞飞氏が“Frontier AI: From Understanding the World to Shaping It”と題する講演を行い、その後、多くの分科会が開催され、今川拓郎総務審議官、村上明子AI Safety Institute (AISI)所長、Sakana AIの伊藤錬氏等が日本から参加している。

これに関連し筆者は友人達とonlineを通じて意見交換をした。内容はAI開発に際し重要なdatabaseとapplicationに関する最新統計だ。Open Source Databasesの言語を見ると英語が56%で次に中国語が5%。続くのは仏語が3.4%、スペイン語が2.8%、露語が2.4%だ。そして日本語が2.2%だ。またapplicationsが利用するOpen Source Datasetsの言語に関する単一言語アプリ上位5言語は英仏露西葡で、日本語は第13位。また多言語アプリでは首位が中国語、2位が英語、次にズールー語、スウェーデン語、独語、仏語が続く(PDF版図1~3を参照)。

AI開発は各国とも国際的学術交流を通じて行っており、どの外国に知識依存するかは当然ながら各国によって異なる。日本の導入先別で見たAI知識は米国、イスラエル、中国、そして自国だ。米国はAI知識の大半を自給して、インド・タイ・カナダ・英国からの知識も吸収している。中国も先ず国内、次いで米国、インド、イスラエル、ロシアだ。アジアのAI新興国シンガポールも首位が国内の知識で、フランス、イタリア、ドイツ、オランダが続く。このほか英仏独韓のAI知識に関しても海外の友人達と議論した。以上の8ヵ国について比較すると、日本の“知識自給率”の低さに驚いている。優れた日本の若者達の今後の活躍に期待したい(PDF版の図5~12を参照)。

またMorgan Stanleyの資料についても意見交換を行った(“The Humanoid 100: Mapping: the Humanoid Robot Value Chain”)。この資料に依れば、注目すべき16社のhumanoid robotsの国別分布は、中国6、米国5、そして日加独の各国とノルウェーとイスラエルがそれぞれ1である。Value chainについては、川上分野にNSKやNidec等の日本企業が散見されるが、中国企業の抬頭が注目される。そして海外の友人達は、「Humanoid robotsと言えばASIMOを開発した本田等日本企業が最先端だと思っていた。だが、日本の現在の存在感は希薄だ」と語った。

これに関連し先月中旬に開催されたミュンヘン安全保障会議(MSC)の際に提出された資料についても友人達と日本の課題を語り合った。PDF版の図13が示す通りcritical technologies、number of universities in the top 200、gender equalityの3点、即ち科学技術、高等教育と女性の地位向上が課題だ(PDF版は資料“Multipolarization”から直接転載したため文字が読み難い。関心のある読者は直接資料にあたる事をお勧めする)。

世界が1930年代の“苦い教訓”として既に学んだ貿易政策が、米国新政権によって復活しそうだ。

米国共和党系のthink tank、American Enterprise Institute (AEI)のデズモンド・ラックマン氏は2月21日、関税政策に関し小論を公表した(“The Economic Consequences of Mr. Tariff Man”)。筆者は海外の友人達に対し、Dartmouth大学のダグラス・アーウィン教授の著書に触れつつ、「何年も前にCambridgeで読んだ教授の本を、トランプ大統領のお陰で思い出すとは思わなかった」として悲観論と楽観論を語った。

悲観論として「教授が著書(Peddling Protectionism)の中で“不名誉な烙印(stigma)”と称した1930年のスムート=ホーリー法に似た政策が復活しそうだ。しかも中国や欧州が報復して、世界経済が苦境に陥るかも知れない。興味深い事に1930年関税法は農村地帯の荒廃を背景として共和党の議員が積極的だった。他方フーバー大統領は1,028名の経済学者やJ.P. Morganのトーマス・ラモントが反対しために消極的だった。今回は大統領が主導している点が対称的だ。また著書(Trade Policy Disaster: Lessons from the 1930s)の中で1930年関税法の如き政策が復活する危険性は、戦後の多様化した政策手段や貿易構造の変化により低下したと教授は述べたが、その予想を裏切っている」と語った。

楽観論として「多くの専門家が指摘する通り、経済政策ではなく外交交渉手段として採用した関税政策が、経済に混乱と停滞をもたらし、早晩国民の政権に対する信頼が低下するであろう。そうすれば軌道修正を図る政策ないし政権が出現する可能性が高まる」と語った。

繰り返しになるが米国新政権の登場で先行きが益々不透明になっている: 果たして平和への解決策は?

或る友人が大統領就任演説に関し感想を求めた。筆者は「分かり易い演説。もしもボクが米国のトウモロコシ畑で働く18歳の純粋で勤勉な青年だったら大感激するだろう。でもHarvard-MIT ComplexやAspen Strategy Groupの友人達は別の感想を持っているかも知れない」、と。大統領は“洪水戦略(flood-the-zone strategy)”として矢継ぎ早に大統領令を出し、ヴァンス副大統領はミュンヘンでの会議で喧嘩腰の演説を行い、またマスク氏はドイツ政治に挑発的発言をしている。こうして米国のイメージは嘗てのbenevolent hegemonからtight-fisted hegemonへと一変したため、世界中に猜疑心と敵愾心が蔓延している。かくして今、我々は海外情報を慎重に精査する必要に迫られているのだ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第191号 (2025年3月)