メディア掲載 外交・安全保障 2025.01.31
揺らぐ「欧州の武器庫」、混乱の中でもがくウクライナの交渉
Wedge ONLINE(2025年1月27日公開)に掲載
昨年12月3日夜に突如として発表された韓国の尹錫悦(ユン・ソニョル)大統領による「非常戒厳」は、3時間も経過しないうちに韓国国会でその解除議決が可決されたことにより、発令からたった6時間あまりで大統領自らが取り下げるという結果に終わった。そもそも今回の非常戒厳はあまりに唐突で、その計画自体の杜撰さがあちらこちらで浮き彫りとなったことはすでに報道されている通りである。
非常戒厳前の尹大統領はその内政手腕が酷評され続けてきた一方で、外交・安全保障分野に関しては側近のアドバイスを的確に実行して肯定的な評価を与えられてきた。我が国にとっては、日韓関係改善、日米韓安保協力のさらなる発展等、ここまで着実に積み上げて実績が根底から崩れてしまったことは残念だとしか言いようがない。
経済面でも、非常戒厳発令以後、韓国内政混乱の影響を受けて株価は下落し新たに創出された雇用数が減少した。昨年の10月から12月までの四半期経済成長率が減少するといった数字に現れるような影響が出始めている。
尹政権発足以後、日本以上に物価が急上昇して経済的負担が増している大半の韓国国民にとっては、政治空白による「決められない政治」により国際社会での韓国の地位を低下させ、経済回復の足枷にならないかと心配している。
その後、尹大統領は内乱罪の容疑によって身柄を拘束されると、「即刻逮捕」を主張してきた最大野党「共に民主党」の李在明代表の表情は意外にも暗かった。メディア取材に対して尹大統領批判の言葉はなく「迅速に憲政秩序を回復し、国民生活と経済に集中する時だ」と答えた訳は、内政の混乱がこれ以上長期化すれば野党であっても国民からの支持が得られなくなることをよく理解しているからだろう。
韓国国外に目を向けると、「非常戒厳」以来の韓国内の混乱によって最も困った外国の政治指導者は、ウクライナのゼレンスキー大統領かもしれない。なぜなら膠着するロシアとの戦闘を少しでも有利に、かつ失われた領土を取り戻すために外国からの軍事支援が喉から手が出るほど欲しいウクライナにとって、新規の武器供与国として韓国をターゲットに定めてきたからである。特に最近ウクライナ戦争の即時停戦を主張する米国のトランプ大統領がカムバックし、なおさら韓国の迅速な供給力に期待が高まることは当然であろう。
これまでの韓国とウクライナとの間での具体的な動きとしては、ロシアがウクライナに侵攻して間もない2022年4月8日に、ウクライナと韓国の国防長官での電話会談で、ウクライナ側から韓国側に武器支援を要請したとされ、150から200品目と言われる軍需物資支援リストを示したとされる (パク・ソンジン「ウクライナが要請した軍用物資にロシア製の「T-80U戦車」も含む」『京郷新聞』2022年4月14日 )。また、同じ頃にウクライナの国防関係者が、韓国型ミサイル防衛(KAMD)を構成する防空ミサイル「天弓」の製造元であるLIGネクスワンへの訪問を企図していたと報じられた (ジョン・ビンナ「韓国武器を断られたウクライナ側、LIGネクスワンを直接訪問しようとしたが失敗」)。
ただ、当時韓国側はウクライナ側の具体的な支援要求にロシアとの関係が完全に破綻することを懸念した。その結果、「紛争当事国に対して殺傷兵器を提供できない」とする従来からの立場を維持したのである。
しかしながら、その韓国政府の立場を根本的に変えた契機になったのが、昨年6月19日に北朝鮮とロシアとの間で締結された「包括的戦略的パートナーシップ条約」と、約1万2000人とも言われる北朝鮮軍兵士が対ウクライナ戦争への派兵である。
前者の場合、条約締結後、当時の国家安保室長(日本での国家安全保障局長に相当)は記者会見でロシアが北に先端技術を供与すれば、韓国がウクライナに武器支援を制限してきたラインはなくなるとの趣旨の発言をした。次に、北朝鮮による派兵が明らかになった昨年10月22日には、韓国大統領室は北朝鮮とロシアの軍事協力進展度合いによって段階的に対ウクライナ支援のレベルを上げることを検討すると発表した。「現時点で殺傷兵器をウクライナに支援することはない」と前置きをしつつも、将来的な支援の可能性があることを示唆したのである。
ここで韓国が懸念していることは、北朝鮮軍がドローンなどを活用した現代戦の習得や、偵察衛星や原子力潜水艦などの関連技術といったロシアによる先端軍事科学技術の供与だけではなく、将来朝鮮半島で紛争が起きた際にロシアが実際に兵力を派遣する可能性が生まれたことである。こうした北とロシアの動きと前後して、ウクライナからの武器支援を要請する動きは活発化している模様だ。
今回の非常戒厳が出されるちょうど1週間前の11月27日に、ウクライナの国防大臣をトップとする国防代表団がソウルを訪問して尹大統領らと会談した。両国からの公式発表に軍事支援に関する発表はなかったとはいえ、ウクライナから韓国への軍事支援リストが再び提示されたことは容易に想像可能である。
ウクライナと同様に今回の事態で困っている国は、ポーランドをはじめとするロシアに近接する欧州諸国であろう。ウクライナ戦争以後、ポーランドの爆買いに始まった韓国防衛産業の躍進は、昨年のルーマニアとの契約に続いて、リトアニア、ラトビア、チェコ、アルメニアなどで商談あるいは新たな国防協力を模索する動きが明らかになった。
防衛産業をめぐるセールスは、最終的に国と国との関係で双方の政治リーダーがその責任を担保する形で契約が結ばれる。韓国憲法裁判所による大統領弾劾の判断と、大統領弾劾決定後に実施される次期大統領選挙の結果が出て新大統領が職務を開始するまで、非常戒厳以前に契約まで至っていた案件は粛々と進められる一方で、セールス段階の相手国への新規案件提案や契約締結は難しくなるとの予測が有力だ。
韓国防衛産業は朴槿恵大統領弾劾(17年3月10日)の際にも、朴大統領のスキャンダルが噴出して国会での弾劾訴追案が可決した16年後半から、17年から18年にかけて文在寅政権が行った「積弊清算」による合計3年あまりに及ぶ装備品輸出の停滞期間を経験している。それでも今回は、政治のリーダーシップが回復するまで前回ほど時間を要しないものと予想される。
最近、駐韓ウクライナ大使が韓国メディアのインタビューに応じ、「韓国防衛産業はなくてはならないパートナーである」、「韓国の防衛産業にウクライナの国営および民間企業と協力することを提案」、「(これは)助けを求めるのではなく、収益性の高い協力を提案すること」と答えた (ムン・ジェヨン「ウクライナ大使「北朝鮮軍捕虜人道的に対処する…韓国防衛産業と協力したい」」『韓国日報』2025年1月13日 )。
現在行われている戦闘だけでなく、停戦後のウクライナの防衛能力再構築のために韓国の防衛産業の力は、ウクライナにとって不可欠であり、それは長期的な協力となるため韓国側に大きなメリットがあるという意味している。
これとは別にウクライナ戦争停戦後の国内復興に韓国がどう関わるかという動きも具体化し始めている。本年1月22日に韓国外交部は「ウクライナ再建支援関係機関協議会」を開催した。韓国企業がウクライナ再建事業に円滑に参入できるよう多角的な支援策を検討していくとされる (韓国外交部「ウクライナ再建支援関係機関協議会開催」2025年1月22日)。
今回の非常戒厳によって政治空白が生じている一方で、大統領代行のもとで日々の行政活動は遅滞なく継続している。そこには一度は非常戒厳直後に辞表を提出した閣僚らが、今回の事態による自国へのダメージを最小限にとどめ国益を守ろうとする信念が垣間見える。