メディア掲載  外交・安全保障  2025.01.27

自衛隊法80条と統制要領下での海上保安庁の任務遂行における安全確保

ジュリスト(20242月号(No.1593))に掲載

国際政治・外交 安全保障 中国

Ⅰ.統制要領発出に至る尖閣諸島をめぐる経緯

日本は、1895年に尖閣諸島を自国に編入する閣議決定をして以来、同諸島は、歴史的にも法的にも日本の主権が及ぶという立場をとる。これに対して、長く沈黙し抗議もしなかった中国は、同諸島周辺の海底に天然資源が賦存するという国連主導の科学機関による報告書の公開後に、同諸島への主権主張を開始した。

2012年に、日本は同諸島の所有権を国に移転した。海上保安庁(海保庁)が常時更新するデータhttps://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.html, 最終閲覧2023年11月12日)によれば、とくにそれ以来、中国の船舶(公船、軍艦、漁船)が、同諸島及び周辺海域への中国の主権主張を誇示するために、恒常的に入域している。直近の20238月~10月には、一月に3日~4日のペースで、延べにして8隻~16隻、中国公船等が同諸島周辺の日本領海に恒常的に入域している。海保庁は、国連海洋法条約(UNCLOS)に従い、主に、公船への退去要請という措置をとっている。近年では、主権誇示のための公船の日本領海への入域にとどまらない。日本の漁船に対して、(中国の主権を根拠としてであろうが)「法執行」を行い、追い回すといった行動も伴うようになっている。

このように、東シナ海の緊張が一層高まる中、20221216日に日本政府は、安保3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定した。さらに、2023428日には、統制要領を決定し、海上自衛隊(海自)と海保庁との連携の在り方を明らかにした。自衛隊法801項は、「内閣総理大臣は、第76条第1〔防衛出動〕)又は第78条第1〔治安出動〕の規定による自衛隊の……出動命令があった場合において、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」とし、海保庁が防衛大臣の統制下に入ることを定める。自衛隊法制定は1954年であり、80条には当時の背景が密接に絡んでいるが、それについては指摘にとどめる。自衛隊法制定以来、約70年を経過して、この統制が現実の問題として浮上し、海保庁と海自の連携を具体的に示す必要に応じたのが統制要領である。

本稿は、国内法(武力攻撃事態法)による武力攻撃事態の認定と、国際法にいう武力紛争の事実がある場合を想定する。本稿の目的は、海保庁が、防衛大臣の統制下で、統制要領が掲示する任務を遂行するとき、その船舶や人員の安全の確保が最重要であると、強調することにある。国際法の論点を中心に論ずるため、以下では、国際法が用いる概念により「武力紛争」時と記載するが、国内法上の武力攻撃事態の認定があることも前提とする。

Ⅱ.統制要領下で警察機関であり続ける海上保安庁

1 海上保安庁法25

武力紛争時に任務を遂行する海保庁の安全確保において、最も決定的な要因は、海保庁が非軍事機関であることにある。これについて、国内法を確認する。

海保庁は、海上保安庁法(庁法)25条(「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解してはならない」)により、いかなる場合にも非軍事機関(法執行・警察機関)である。武力紛争時に海自と連携するときも、海保庁は非軍事機関である。統制要領も、「統制下においても海上保安庁の任務、所掌事務、権限及び非軍事性に変更はなく、海上保安庁の統制は、『海上保安庁の自衛隊への編入』や『海上保安庁の準軍事化』ではない」、「海上保安庁は、警察機関として、海上保安庁法に規定された所掌事務の範囲内で活動」するものとし、庁法25条の趣旨を確認する。したがって、あくまで国内法上は、統制要領下で、海保庁は警察機関であり続ける。しかし、それが国際的側面で、とくに、敵対国に対して対抗できるかは、全く別の問題である。

2 武器使用の厳格な制限

さらに、海保庁は警察機関であるために、武器の使用に厳格な制限を受ける。警察官職務執行法(警職法)7条柱書は、「犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため……武器を使用することができる」とする。比ゆ的にいえば、容疑者の逮捕及び正当防衛に必要な限度でのみ、武器をもち使用することが許される。つまり、武力紛争時にあって、敵対者をせん滅することは許されない。また、海保庁船舶は、迅速な海難救助を主要任務とする限り、軽量構造であり、銃弾は貫通する。

3 統制要領下での任務遂行における安全確保の可能性

このように、海保庁は国内法上で、武力紛争時に敵対行為を行うことも、武力による攻撃を受けるときに、相手をせん滅する程度の武器使用により応戦することも、禁止されている。そうであるならば、統制要領下で海保庁が任務遂行に際して安全を確保するためには、①敵対国の攻撃を回避するか(Ⅲ、Ⅳ1,2⑴⑵)、②安全な海域で行動するか(Ⅳ2⑶)の、いずれかが考えられる。とくに①は、敵対国の行為に対する規律に関わり、国際法、すなわち、武力紛争法の問題である。それぞれ順に検討しよう。武力紛争法と人道法の区別があるが、本稿は武力紛争法の語を用い、それは人道法を排除しない。

Ⅲ.軍事目標主義

1 国際法規則における軍事目標主義

武力紛争法における攻撃を規律する根本的な原則は、軍事目標主義である。これは、慣習法とされる。軍事目標は、無警告の攻撃を受ける。条約規定では、1977年の1949年ジュネーヴ条約第一追加議定書(追加議定書)は、攻撃は無差別であってはならない(35条1項・51条4項)文民と戦闘員とを区別して、「敵対行為に直接参加していない」文民を軍事目標としてはならない(51条3項・4項・5項)と規定する。

2 軍事目標の選定基準

もっとも、何が軍事目標であるか否かの決定は、容易ではない。選定基準の考え方には、海戦でいえば船舶の種類で判断するカテゴリー主義と、船舶の機能で判断する機能主義とかがある。海戦では、かつてカテゴリー主義が採用されていた。けれども、軍事目標にならないはずの商船が実戦でいくつかの根拠により攻撃対象となり、その要件の特定ができないのであれば、カテゴリー主義が破綻しているとの疑問が生ずる。そうした経緯もあり、現在では、海戦においても、機能主義が有力とされる(真山全「海戦法規における目標区別原則の新展開(1)(2・完)」国際法外交雑誌95巻5号〔1996年〕539頁、96巻1号〔1997年〕25頁)

カテゴリー主義では、軍艦と補助艦は軍事目標である。商船とともに、非商業的役務に従事する政府船舶(税関、警察機関の船舶等)は、軍事目標にならない。UNCLOS29条が軍艦を定義するが、海洋法と武力紛争法の適用関係については、後述する。補助艦は、軍の排他的使用に供される。もっとも、武力紛争法上は、軍事目標となる軍艦及び補助艦と、軍事目標にならない商戦が主要カテゴリーであり、武力紛争時に税関や警察棟の機能を果たす船舶には、とくに関心は払われてはこなかった。

3 海上保安庁船舶への軍事目標主義の適用

武力紛争法上、軍艦と補助艦は、戦闘行為を許される。統制要領下では、海保庁船舶は軍艦にはならないとしても、補助艦には該当しうる。自衛隊法801項の防衛大臣の「統制」が、指揮権限の所在を意味すれば、防衛大臣の指揮下に入る海保庁船舶は、補助艦となり、軍事目標となる。海保庁は統制要領下でも一貫して非軍事機関であるとする日本が、海保庁船舶を軍艦としてUNCLOS29条に従うことは、考えにくい。統制要領は、「自衛隊に集約された情報を踏まえた統一的かつ一元的な指揮に基づき、自衛隊と海上保安庁が通常の協力関係以上に……〔傍点筆者〕」と明記する。

自衛隊法施行令103条が「防衛大臣の海上保安庁の全部又は一部に対する指揮は、海上保安庁長官に対して行うものとする」と規定するから、「統制」は、「海保庁長官」に対する統制であり、海保庁に対する統制ではない(から、補助艦にはならない)という説明は、国内向けにはともかく、国際的に対抗でき、とくに敵対国を納得させる保証はない。

あるいは、カテゴリー主義を否定して機能主義に依拠する場合には、海保庁の任務が機能主義に照らして軍事目標ではないことを論証・実証できれば、海保庁船舶は軍事目標にはならない。この論証・実証には、「敵対行為に直接参加していない」文民は軍事目標としてはならない(追加議定書51条3項)という判断基準が、一定の有益な指針となりえよう。けれども、「敵対行為への直接参加」は、国際赤十字委員会による要件や要因の明確化の試みにもかかわらず、米国やイギリスは、その判断は「ケース・バイ・ケース」であるとし、旧ユーゴ国際刑事裁判所判決も同旨である(Tadić, IT-94-I-T(Judgement of May 7.1997), para. 616, reprinted in International Legal Materials Vol.36, pp. 908-979(1997))。したがって、判断基準としての一義的な「決め手」はない。敵対行為に直接参加しておらず、軍事目標にならないことを主張する側は、個別具体的な事情において、それを自ら論証・実証する他はない。

そうであるならば、個別具体的に、武力紛争時に統制要領が想定する海保庁の任務に即して、その安全な遂行が可能となる態様を探る必要が生じる。

Ⅳ.武力紛争時に統制要領下で海上保安庁が果たす機能

1 統制要領が示す海上保安庁の任務

統制要領は、海保庁の任務を「国民保護措置や海上における人命の保護等」とする。自衛隊と海保庁が「実施し得る事項(例)」には、住民の避難及び救援、船舶への情報提供及び避難支援、捜索救難及び人命救助、港湾施設等のテロ等警戒、大量避難民への対応措置を挙げる。このうち、海保庁が敵船の船舶情報を海自に提供すれば、それは海自の戦闘行為を利する行為であり、つまりは、情報提供自体も戦闘行為とみなされて、海保庁は軍事目標となる。以下に、海保庁の2つの具体的な任務を想定して検討する。

2 具体的な任務遂行における海上保安庁の安全確保の可能性

(1) 住民の避難や大量避難民への対応

1に、武力紛争時の、住民の避難や大量避難民への対応である。このような任務を遂行する海保庁船舶は、軍事目標にはならない船舶であることを明らかにするために、特殊標章を掲げるという。2023622日に、武力攻撃事態で統制要領下を想定した海自と海保庁の共同訓練が実施された。国民保護の特殊標章(橙地に青色の正三角形の旗)の見え方を確認したとの、同日付産経新聞報道もある。

このような標章は、敵対国に共通認識があり、敵対国が海保庁船舶を軍事目標としてはならないという拘束力のある制約を受けなければ、海保庁船舶の安全確保という実益はない。しかるに、同標章は、それに言及する条約規定はあるが(追加議定書66条4項)、同規定が本稿の想定する海上での行為に適用があるかにつき、確立した見解があるとはいいにくい。また、そもそもそれが国際標章としてあまねく周知されているともいえない。したがって、この標章を掲げるということは、国民保護や避難民への対応という任務を遂行する、海保庁船舶の安全と人員の命を保証しない。

(2) 尖閣諸島周辺の領海警備

2に、尖閣諸島周辺の日本領海の警備である。統制要領が列挙する「港湾施設等のテロ等警戒」も領海警備の一環となりえようが、ここでは、統制要領に直接の記載はないが、同諸島周辺の日本領海での領海警護を念頭におく。なぜなら、Ⅰで述べたように、同諸島周辺海域に恒常的に入域する中国船舶に海保庁船舶が対峙しているが、事実状況が瞬時に武力紛争となりうるからである。その点は、20212月に施行された中国海警法83条により現実性を帯びる。

中国海警法(An unofficial English translation, https://www.airuniversity.af.edu/Portals/10/CASI/documents/Translations/2021-02-11%20China_Coast_Guard_Law_FINAL_English_Changes%20from%20draft.pdf?ver=vrjG35ymdQsmid0NF66uTA%3D%3D, 最終閲覧2023年11月12日)83条は、”Coast guard organizations perform defence operations and other tasks in accordance with the ‘National Defence Law of the People’s Republic of China’, the ‘People’s Armed Police Law of the People’s Republic of China’ and other relevant laws, military regulations and orders of the Central Military Commission”と規定する。中国海警局の法執行・警察船舶は、防衛(軍事)作戦の遂行を認められている。つまり、警察船舶が、柔軟に(瞬時に)、防衛作戦に従事できる。そのための武器使用もできるし、船舶は軍事作戦に必要な船体構造や装備を持つと推定される。

尖閣諸島周辺海域で、中国の警察船舶が軍事作戦を開始し、警察船舶が機能において軍艦化すれば、緊張状態は、瞬時に武力抗争に転化する。端的にいえば、瞬時に軍艦と化した中国船舶に、海保庁の警察船舶が対峙する事態が瞬時に発生するのである。カテゴリー主義か機能主義かいずれによるにせよ、海保庁船舶が軍事目標ではないことを、中国軍艦が法規則としてそれに従わなければ、海保庁船舶は軍事目標となり、無警告で攻撃を受ける。かりに、海保庁船舶が「応戦」するにせよ、その武器使用は、上記のように警職法7条の厳格な制限を受けており、相手をせん滅することは許されない。

したがって、海保庁船舶は、安全確保のために、直ちに当該海域から退場するべきである。筆者は、戦術専門家ではないが、海保庁船舶の被害を回避することはできにくくても、被害を最小限にするための先述の仮想訓練を、万全に実施しておくべきではないだろうか。

以上の2つは、統制要領下の海保庁の具体的な任務に即して、海保庁が戦闘海域ないしはその近辺で、被弾の危険性がある海域での任務遂行を想定した検討である。

(3) 安全な海域での海上保安庁の任務遂行

海保庁船舶が攻撃対象にならないもう1つの方法として、「安全な海域」での任務遂行がありうる。その例には、武力紛争時の海保庁の任務として、北方海域の警戒監視があるのではないか。

東シナ海で中国との間で武力紛争が発生すれば、海自は当該海域での作戦に注力するはずである。その結果、北方海域の領海警備の関心が薄れる危険性がある。そこで、海保庁が北方海域での警戒監視の任務を遂行し、それによって、海自が東シナ海での作戦に注力することを支援することは可能である。

自衛隊法801項は、「海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」と規定しており、海保庁の「一部」だけを防衛大臣の統制下におくことを認める。北方海域の警戒監視に従事する海保庁は、防衛大臣の統制下にはおかないという選択がある。統制下に入らないのであれば、海保庁船舶は、国内的に国際的にも、警察船舶である。

海域の「安全」の確実性によっては、不測の事態で攻撃が及ぶ危険性が生じることを想定して、万全の備えが望ましい。この点は、指摘にとどめる。

Ⅴ.問題の根本的な特質 ―― 日本の主張の論証・実証の著しい重さ

1 論証・実証を著しく重くする法状況や理由

統制要領下の海保庁船舶が、軍事目標とはならず武力攻撃を回避するためには、上記のように、①カテゴリー主義により補助艦とはならないこと、②機能主義により敵対行為に従事していないこと(とくに「堤体行為に直接参加していない」こと)を、論証・実証する必要がある。この論証・実証が、著しく重いものであることの認識が、何よりも肝要である。それは、次の法状況や理由による。

1に、武力紛争法の海戦への適用に伴う不確定性である。ここでは、「海戦」について特定の立場をとらずに、海域で武力紛争が発生している事実状況を想定している。武力紛争に係る条約規定のいずれかが海戦に適用があるかにつき、明確な定見があるとはいえない。慣習法化している規則であれば、慣習法であることを主張する側がその論証・実証責任を負う。こうした法状況により、適用法に係る論証・実証が重いものとなる。

2に、適用法における定見の欠如をもたらす、第二次世界大戦後の特徴的な法状況がある。1945年に国連憲章が成立し、24項は武力行使及び武力による威嚇を禁止する。したがって、法的に合法な「戦争ないしは武力行使」は存在せず、かつてのように、戦時法と平時法が、異なる事実状況に対して区別されて適用される法状況はない。武力紛争が発生した時に、海戦であれば、とくに海洋法と武力紛争法の適用関係の問題が生ずる。ここでは、人権法の問題はさておく。

武力紛争法を海洋法の「特別法」として優先適用するのか、それでも、海域の区分も含めて海洋法の適用もなにがしか残るのか、主体間の関係において、武力紛争の当事国間と、武力紛争の当事国と第三国との間とでは、武力紛争法と海洋法との適用関係が相違するのか。法的評価は確立していないものの、海上経済戦の手法であり実戦のある海上封鎖や排除海域(exclution zones,一定の海域で、特定の艦船とその旗国に応じて軍事目標とする海域)では、武力紛争法と海洋法の適用関係はどうなるのか。

これらについて、一義的な見解は見出せない。そうした法状況で、日本が海保庁船舶は軍事目標ではないことを論証・実証しようとすれば、それは著しく重い論証・実証となる。

3に、第1や第2の論証・実証を認めさせる相手となる、国際社会の諸国の意識にも留意しなければならない。

中国は、上記の海警法83条に明らかなように、警察船舶と軍艦との区別は、柔軟に変更できる。くわえて、米国、イギリス、フランス、デンマーク等、海上警察と海軍がそれぞれ別組織ではあってもその区別が柔軟であり、また、両者が任務を兼務する例は少なくない。現実には、法執行・警察の舞台となる事実状況と武力紛争という事実状況とが、明確な段階を踏んで生ずるのではない。グレーゾーンの存在、シームレスな対応、という頻繁に語られる概念や考え方が、そうした現実を如実にあらわしている。つまり、少なくない諸外国の意識や、現実に照らせば、法執行の舞台となる事実状況と武力紛争という事実状況とを峻別するという発想そのものが、説得力を持つとはいいにくい。

統制要領下で海自と連携するときであっても、海保庁は「警察活動を行っている警察船であり軍艦ではない、だから、軍事目標にはならない」という理屈は、諸外国の意識や現実に鑑みると、その説得力には大きな疑問がある。したがって、諸外国の意識や現実を背景として、武力紛争時に防衛大臣の統制下に入る海保庁が、敵対行為を行わない警察機関であるという主張は、その論証・実証は、著しく重いものとなる。

2 本稿の課題を支配する根本的な事情

4に、本稿の問題を考えるに際して、もっとも根本的な事情は、次にある。第1から第3では、自己の選択する法の万全な解釈や適用、その論証・実証の重みを強調した。たしかにそれは、およそ法の問題に、一般論としてあてはまる。けれども、本稿が検討する論題では、一層、この点を重視すべき独自の理由がある。

日本が根拠とする法やその解釈や適用、そしてそれを裏付ける実践が、確実に、敵対国を含めて、すべての国にとって、説得力のあるものでなければならない。そうでなければ、とくに、敵対国は、異なる見解をもつ余地を利用する。そして、敵対国が、海保庁とは異なる法の主張に基づき攻撃をしてきたとき、事後に、「それは法違反である」として責任を追及しても、取り返しはつかない。生命の損失すら伴う深刻な損害については、事後救済に意義を見つけにくい。だから、正確に適用法を選び、その万全な解釈や適用、その確実な論証・実証が、決定的に重要となる。

それでも、不幸な事態は生ずるかもしれない。けれども、そうではあっても、「こういう主張の可能性がある」という程度の論証・実証で、武力紛争という事態にのぞむべきではない。たとえば、国民保護標章を国際的に周知しようとする日本の試みの意義は否定できない。しかし、周知が徹底しない段階で、「そのようにみなされるであろう」という予測や期待で標章を掲げて、統制要領下で国民保護等の任務遂行を海保庁が安全にできるかといえば、答えは明白に否である。

Ⅵ.おわりに

海保庁が、統制要領下でも庁法25条による「非軍事化」を貫くならば、その前提で、海保庁船と人員の安全を確保しなければならない。国際法により海保庁が警察機関であり軍事目標にならないことを万全に論証・実証し、諸外国、何よりも敵対国に認めさせることが不可欠である。そして、その論証・実証は著しく重い。いいかえれば、海保庁はそれだけ軍事目標になる危険性を帯びるのである。

統制要領は、海保庁の任務遂行により、「自衛隊はより一層、作戦正面に集中できることから、自衛隊にとっても有益」であり、「自衛隊の出動目的を効果的に達成」できるという。それが、統制要領下で海保庁が著しい危険を冒すことの、主要な根拠である。そうであるならば、はたして海保庁の任務遂行により、実際に、現実に、どの程度、そのような効果があるのか、それをこそ、論証・実証すべきである。かかる論証・実証は、翻って、統制要領下での海保庁の具体的な任務とその安全な遂行の態様に、意義のある指針を与えることもあろう。