「データ・ドリブン」や「エビデンス」を使った状況把握というものは非常に大事だということは言うまでもない。
しかし、「どのデータが最も現状を表しているのか」と言うことの判断はフレーミングにかかっている。例えば「EVを充電するにはどれくらい時間がかかるのか」と言う質問には答えることができるが、この質問には実はガソリン注入のフレーミングが含まれている。
厳密に言うと、「ほぼ空の状態からフル充電までの時間」を聞いている訳で、実はシリコンバレーの多くのEVユーザーのほとんどはそんな充電の仕方はしない。色々なところにEV充電器があるので、出先やスーパーに行った時にサクッと充電したり、家でちょくちょく充電する人が多い。集合住宅に住んでいて駐車場で充電できない人や、著者のように古い家に住んでいる人は家では充電しないので、職場や出先でちょくちょく充電する。したがって、「ほぼ空からフル充電」というシチュエーションはあまり無いのだ。バッテリー残量の20%から80%ぐらいの間をちょくちょく行ったり来たりする感じなのである。しかもテスラの場合、スーパーチャージャーを使う場合、80%以上になると充電速度が落ちる。バッテリーの劣化を防ぐためなのだが、そうするとある程度の遠出をする場合でも、20%程度から80%程度まで充電時間と80%から98%ぐらいの時間が変わらないので、それなら20%と80%の間で運転した方が時間の効率が良い。
したがって「EVを充電するのにどのくらい時間がかかるのか」と言われても、質問のフレーミングに含まれている、質問者が想定していない変数が多くて、簡単には答えられない。
この場合、質問に対してある数字を答えても、実はそれは本質を捉えていない。データを使った現状把握であっても、フレーミングが間違っているので本質的な状況を捉えられない。
しかし、質問者はフレーミングが間違っているなんて夢にも思っていない。
ガソリンスタンドのフレーミングで「40分」と答えたら、「そんなに時間がかかるなら、次世代バッテリーでもっと早く充電できないと一般の人には使い物にならない」と言うロジカルな現実は悪になってしまう。
しかし、EV革命がすでに起こっているシリコンバレーでは多くの人の本当の答えは、「ほとんどの場合、実質ゼロ」である。
どう言うことなのか?
ガソリンスタンドはほぼ全ての人にとって寄り道である。しかし、EV充電器が豊富な地域の場合、「寄り道をしなくては充電できない」状況はあまり発生しない。
充電すると言う行為はガソリン注入よりも頻繁だが、どうせ行くレストラン街、職場、職場近くの駐車場、スーパーに行く時の駐車場、自宅などで行うので、「寄り道」で充電しなくてはいけない状況にはあまりならない。
「充電時間短縮」=「利便性向上」という単純な方程式ではないのだ。
フレーミングを変えないと現実把握はできない。
前回のコラムではカリフォルニアでのEV売り上げが全自動車の4分の1を超えたと伝えた。そのEVの内訳が圧倒的にテスラであることも伝えた。
ただ、実際の感覚としてこれだけテスラが売れていると言うことがどう言うことなのかは、その年の売り上げデータよりも、累計売り上げ台数を見た方が感覚が合うと言うことも伝えた。
どっちのデータの方が現状の感覚を掴みやすいのかは、実際に現場に行ってみるのも大事である。どのデータを見るべきなのかはフレーミングで決まるので、どんなフレーミングが良いのかを吸収するには現場に行くのがベストである。
そこで著者が日本企業向け講演のために、1週間ほどシリコンバレーの中心地であるパロアルト近辺でどれほどテスラが走っているのかを撮影してみた。2024年に入ってあまりにもたくさん見かけるので、1枚の写真に4台以上収まり、スマホを取り出せるタイミングだった場合に遠慮なくバシャバシャ撮った。(著者のオフィスは当時、パロアルト市街の中心地だった。現在はスタンフォード大学敷地内の山頂に引っ越した。)
写真を並べるとこんな感じになる。(これほどまでにたくさん走っているのでつい楽しくなってその1週間以外にもしばらくの間、多く見かけた時にはスマホを取り出して撮ったので後半はそちらも混ざっている。)
こちらはスタンフォード大学校内
ここまで多く見かけるので、2023年の年末辺りから、ほとんどの場合は拠点がニューヨークやワシントンのアメリカの大手メディアが「EV失速」「テスラ売り上げ減速」といった趣旨の記事をずっと書き続けるので、違和感しかなかった。そこでデータを見たら以前のコラムで紹介した通り、EV販売の増加率は減少しているが売り上げ台数は毎年かなり伸びているというデータを見た方が良いということが分かった。
参考までに、シリコンバレーでの現実が上記のような感覚になっていたのと同時に、記事の見出しは下記のようなものが並んだ。
これらのタイトルを、以前のコラム、「EV減速のリアル」のデータの図にもう一度照らし合わせてほしい。
もちろん、シリコンバレーがこういう現状なのでアメリカ全土がそうなっているとも、近日中にそうなるとも思っていない。(これを言わないと、必ず返ってくるレスポンスには「それはシリコンバレーだけの話ですよ」というものがある。これはiPhoneが最初に出た時も同じで、その後、世界の様々な業界がディスラプトされてしまったので、EVはスマホとは異なる側面が多いということはもちろん理解しているが、普及の根底にある力学には似ている側面もあるので、きちんとしたフレーミングを元に仮説を立てる必要がある。)
ここまでテスラが普及していると、「カリフォルニアは規制環境がEVを推進しているから」などのフレーミングはそれほど有効ではないことが分かる。これほど多くのユーザーが、不便で使い勝手が悪い車をわざわざ買うはずがないからである。そしてこれほどテスラが普及すると、ステータス・シンボルなどでは全くない。
ダメ押しは、著者の家の近くの集合住宅ではテスラが急速に普及している状況である。ここは著者が以前住んでいたスタンフォード大学の教員、研究員専用のアパート群で、ほとんどの住人は博士や医療関係者である。この人たちが軽はずみな流行に乗ったり、ステータス・シンボルを自家用車に求めたり、使い勝手が悪く、不便で、危険極まりない車に乗っているはずがない。
おまけ:パロアルトの隣、メンローパークでは警察車両にもテスラModel Yが導入された
ここまで紹介すると、データに加えて肌感覚がフレーミング構築において重要だということが分かるはずである。
次のコラムはEVのリフレーミングに移りたい。ユーザーにとってのEVは車ではなく、充電環境とセットになっているので、EVを今までのガソリン車のように「自動車単体」というフレーミングと捉えると、グローバル力学の観点からディスラプトされる可能性が高まってしまう危険性がある。
フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
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