コラム  国際交流  2024.12.20

「EV減速」のリアル(その1)

:データとフレーミングの重要性とアメリカで急激に売れているホンダEVが示す大事な仮説 

科学技術・イノベーション

「EV減速」のフレーミングが普及

ここ1年程、ほとんどのメディアでは「EV市場減速」や「EV需要減速」という類の見出しがずっと出ている。

EV減速などのフレーミングを用いたメディアの見出し例

EV販売がここにきて「伸び悩む」5つの理由、米国」(Forbes 11/7/2023)

“EV Sales are in a Slump – Why aren’t more car buyers going electric?” (Money 11/1/2023)

「販売台数も期待外れ「EV市場」に広がる不安の正体」(東洋経済、New York Times 11/15/2023

EVの世界的需要減速、自動車メーカーの経営に重大な影響」(ロイター1/30/2024

EVの世界販売が失速 もう主役にはなり得ない?」(日本経済新聞8/16/2024

「脱炭素の救世主」電気自動車はなぜ失速したのか(東京新聞9/14/2024

EVしかないテスラ、需要減速で苦難の道が待ち受ける」(Business Insider 5/10/2024

EV市場が急減速、自動車メーカーに突きつけられた課題」(Forbes 2/26/2024


記事全体のトピックがEV減速についてではなくても、「EV減速」はフレーミングとして当たり前となっている。こういう見出しや記事がこれほど多いと、ほとんどの読者と記者はEV売り上げ減速を「紛れもない事実」として受け止めているのではないだろうか。もちろん、最近では中国ではEVが伸びているがゆえに中国での日本車の売れ行きが落ちているというニュースもよく見かけるが、多くの読者は「それは中国のこと」と片付けて、世界の他の地域ではやはりEVが伸び悩んでいる、というフレーミングに疑問を持つことはないのではなかろうか。

著者はシリコンバレーと日本を繋ぎ、日本企業がこれまで様々な領域でディスラプトされてきたのを目の当たりにして、悔しい思いを多くしてきた。スマートフォンの到来で日本が世界を10年リードしていたフィーチャーフォン(通称ガラケー)を始め、様々な日本企業の得意領域をディスラプトされてしまった(カメラ、ビデオカメラ、プリンター、コピー機、音楽プレーヤー、カーナビ、専用ディスプレイ、アメリカでのPOS端末、などなど)。

EVで出遅れた日本勢が一気にディスラプトされてしまうのが心の底から心配であった。しかし、幸い、EV市場がここまで減速しているなら少し時間は稼げたかもしれない、と安心したい気持ちもあった。

でも、本当にそうだろうか?

なぜか、「EV減速」を報道するこれらの記事のほとんどはEV売り上げ台数のデータを時間軸で追えるような形で掲載していない。とても断片的な「今四半期は」などという数字しか載せていない。「成長率の低下」を示す図はウオールストリートジャーナルの記事にはあった。

シリコンバレーではEVが溢れかえっているが、シリコンバレーが極端なだけなのか?

著者はテスラ発祥の地、シリコンバレーに住んでいるので、尋常ではない数のテスラが走っているのを毎日目の当たりにする。赤信号が長い交差点では16台、パロアルトのオフィスや飲食街では数分歩くと10台以上、そして著者が住む大富豪エリアではない住宅地でも両脇のお隣さんが2台ずつ、その先の住宅6棟のうち、半分の家の前にテスラが停めてある。そしてお向かいさんは鶏を飼っているほどのヒッピーだが、そこにも2台停めてある。近くの集合住宅にもどんどんテスラが増えている。自宅で充電できなくてもさまざまなところに高速充電器や長く停める時に便利な低速充電器があるので、アパート住まいでも全く困らない。リースをすると一番安いモデルが月300ドルで乗れるテスラはもはや上流階級の車ではなく、完全にミドルクラスでも乗れる車となっている。

シリコンバレーだけを見たらEVの伸びが鈍化しているとは全く感じない。むしろトヨタのプリウスがめっきり減り、新しいモデルはほとんど見かけない。テスラに乗っている人の多くは日本車から乗り換えたのではないか、と心配してしまうのだ。財政難が伝えられるRivianのピックアップトラックやSUVも相当走っているし、ほぼ毎日1台はサイバートラックを見かける。しかし、これはシリコンバレーが特殊なところであり、一般的ではない可能性が非常に高いということは、著者も十分理解している。シリコンバレーだけがEVへのトランスフォーメーションが起こり、他の地域は同じように変革が起こるとは限りらない。ただ同時に、シリコンバレーの現状とは大きく異なるアメリカ全体のEVの失速に関する事実をもっときちんと知る必要があると考えた。

そこでデータを見ることにした。

データで見る「EV減速」のリアル

まずはアメリカのEV売り上げデータである。


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Source: IEA https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/trends-in-electric-cars



「これがEV市場減速の姿?」と目を疑った。

2020年から急成長しているようにしか見えない。確かに、上がり幅は減っているので増加率は減少しているが、売り上げ台数は急成長している。

ここで著者が企業向けに行なっている研修のクリティカル・シンキング(意訳だと分析的な思考)でこのデータだが、まずは出所が信憑性あるかどうかを見なくてはいけない。International Energy Agency1974年に設立された多国間でのエネルギー政策に関する国際協力を促すための政府間機関で、主にOECD加盟国が中心である。各政府の統計をまとめているだろうと推測できるので、あからさまなバイアスはないのではないだろうか。SNSで流行る完全なフェイクニュースでもない。

2024年度のデータはまだ出揃っていないので、どのように推定をしているのかはウェブサイトに書いてあり、第二四半期までデータを、過去データと同じように売れているという推計で1年間にまとめている。したがって、表示に比べて多少増加か減少はありうるが、劇的な売り上げの目減りがなければ2023年に比べて伸びている。

では別のデータソースを見てみよう。

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https://www.energy.gov/eere/vehicles/articles/fotw-1327-january-29-2024-annual-new-light-duty-ev-sales-topped-1-million


こちらはアメリカ政府のエネルギー省のものである。2023年までのデータで、プラグイン・ハイブリッドPlug in Hybrid (PHEV)の売り上げ台数も表示している。EVの方がかなり台数も多く、2020年から大幅に増えている。(しかし、「成長率」はPHEVの方が高いのも事実である。)

今度は2024年の第三四半期までの実際のデータをそれまでのデータと比べよう。Kelly Blue Bookというアメリカ自動車産業のデータを集めているCox Automotiveという企業のデータである。

Year to Date Sales (Q3 2024) YTD sales (Q3 2023) Year on Year
945,722 870,230 8.7%

https://www.coxautoinc.com/wp-content/uploads/2024/10/Kelley-Blue-Book-EV-Sales-Report-Q3-2024-revised-10-14-24.pdf


昨年の第一四半期から第三四半期と比べると、今年の第一四半期から第三四半期までは8.7%の伸びである。倍増しているわけではないので、成長の減速と言えるかもしれない。

というわけで、結論としてはアメリカでは成長率は下がっていても、EVの売り上げはここ数年で急激に伸びていると言えよう。

ではなぜ「成長鈍化」、「減速」などの記事の見出しがここまで増えるのだろうか。念のために世界の他の地域のデータも見てみよう。

世界のEVデータ

こちらが中国。

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Source: IEA https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/trends-in-electric-cars


こちらアメリカ、中国、欧州以外の国。こちらもかなり伸びている。

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Source: IEA https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/trends-in-electric-cars


今度は欧州。こちらは伸びがかなり鈍化しているが、2019年からの成長は目覚ましかった。

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Source: IEA https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/trends-in-electric-cars


これらの地域を全部合わせるとこうなる。

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Source: IEA https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/trends-in-electric-cars


確かに成長率が毎年加速しているわけではない。

しかし、普通の市場、しかもモノづくり系の市場が5年でここまで伸びたら相当なものなのではないだろうか?「EV市場は減速している。だから日本メーカーはプラグインハイブリッドで勝負していれば良い」というフレーミングは、シリコンバレー発のスマートフォンが世界の携帯電話をあっという間にディスラプトしたのをシリコンバレーから見ていた著者にしてみれば心配の種でしかない。

日本のIEAデータを見ると、実は日本でもEVが伸びていて、台数としてはPHEVよりも伸びていることがわかる。

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Source: IEA data


ただ、日本の場合は極端に台数が少ないので、縦軸をアメリカのものに少し近づけるとこうなる。

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では「伸び悩んでいる」テスラは?

ちなみにアメリカでのシェアが50%を下回っているという理由で「伸び悩んでいる」とされるテスラの売り上げ台数を見てみよう。

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Source: Tesla Financial Statements


こちらも順調に伸びているようにしか見えない。こちらはテスラの投資家情報ページからデータを引っ張っている。一体なぜ減速を言われ続けるのだろうか?確かに、2020年から2021年の倍増に近い伸び方で、その後の2021年から2022年や、2022年から2023年は倍増していない。しかし、ここまで台数が増えたのにまた倍増を期待するべきなのか?そして2024年の売り上げ台数はまだ第4四半期の数字が出ていないので分からないが、2023年からそんなには増えないだろう。したがって「成長の鈍化」というのは間違っていないかもしれない。しかし、このデータを見せないで成長の鈍化という言葉だけ書くと、ほとんどの読者のフレーミングはもっと深刻な売り上げ低下をイメージするのでは無いだろうか?4年前の2020年からの売り上げ台数が4倍近く伸びている現状を「EV失速」のフレーミングで捉えると危険である。

テスラのEVマーケットシェアは一時期8割にもなっていたが、現在は5割を切っている。この事実だけを記事にしたら「テスラのシェアが5割を切る」という見出しになり、これだけなら間違っていないが、実はテスラも伸びていて、他のEVも伸びているというフレーミングには繋がらない。ではなぜミスリーディングな見出しを出すのかというと、既存メーカー、そしてEVで出遅れている日本の読者が安心するようなフレーミングとストーリーにピッタリ合うからではないだろうか。そしてそういう感情があるからメディアとしてはクリックが稼げる。ソーシャルメディアの急成長で分かったことは、感情が動いた方がクリックを稼げるということで、メタなどはこれが収益に直結するのでこれを科学的な手法として研究し、A/Bテストを行なって来た。その話もまた今度に残す。ただ、要するに「EV到来の恐怖!」という煽りから「やっぱりEVの波は来なかった、既存のハイブリッドが正解」という安心感がより多くのクリックを稼げるのではないか、という仮説が立てられる。

こういった報道のビジネスモデルの力学も重なり、ミスリーディングなフレーミングを通して既存の業界がディスラプションされるのを著者は危惧している。EVに対するイデオロギー的な立場ではなく、日本の自動車産業がディスラプトされなければそれで良いと考えている。しかし、どんな戦略を立てる上でも正しいフレーミングというのが大事である。

データだけではなく、フレーミングの重要性

そこでどんなビジネスパーソンも事実を把握する時に、自身に聞くべきなのは、1)そのデータは信頼できるか、2)フレーミングは実際に知っておくべきことを捉えているか、ということである。

データが正しくても、フレーミングが間違っていると実際に起きていることを大きく見誤ることがある。だからこそフレーミングが大事なのである。

フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
  1. 何が大事で何が大事ではないということを判断するフィルター
  2. 因果関係のモデル
  • フレーミングの違いによって同じエビデンスやデータでも、真逆の解釈になることがある
  • リフレーミングとは、新しいフレーミングで物事を改めて考えることである。


そこでアメリカ市場でのホンダのEVPrologueの驚くべき売り上げが何を意味するのかに注目したい。コラムの後編に続く。