ワーキングペーパー グローバルエコノミー 2025.01.08
本稿はワーキングペーパーです。
格差と景気循環の関係を考えるためには,異質的な経済主体を考慮した動学的一般均衡モデルに基づいた実証分析が有効な方法の一つである。このような分析はBilbiie, Primiceri and Tambalotti (2022)とBayer, Born and Luetticke (2023)によるアメリカ経済に対する研究があるが,現時点においてその数は少ない。また,格差と景気循環に関する分析は,対象とする国が異なれば,その要因や関係が異なる可能性がある。このような点を考慮するためには,異なる国について比較可能なデータを用い,共通のモデルで実証分析を行うことによって,結果の共通点または相違点を導き出すことが必要である。
そこで本稿では冒頭の問いに取り組むため,アメリカと日本のデータを用いて動学的一般均衡モデルに基づき実証的に分析した。分析は大きく二つに分けられる。第一に,格差や景気循環の変動の要因を分解し,両国の共通点および相違点を調べた。第二に,格差を是正するような政策により,両国の景気循環および経済厚生にどのような影響を与えるか,その効果を検証した。本稿の主な貢献は,データを用いた推計が可能であるような異質的経済主体の存在する景気循環モデルを開発したこと,およびアメリカと日本において一般に利用可能かつ約40年間の長期に渡るデータを利用して推計・比較したことの二点である。
本稿で開発したモデルには二つの特徴がある。一つ目の特徴は,制約の無い(unconstrained)家計(U家計)とhand-to-mouthな家計(HtM家計)の二つのタイプの家計が存在することである。U家計とは,恒常所得仮説に基づき動学的に最適化を行う家計のことである。一方のHtM家計とは,金融市場にアクセスできないなどの制約により,当期に受け取る可処分所得をそのまますべて当期の消費に回す家計のことである。それぞれの家計は毎期U家計からHtM家計に,またHtM家計からU家計になるという個別リスクに直面している。既存研究でもこのU家計からHtM家計になるというリスクは,予備的貯蓄を行う動機となり,景気循環上での重要性が指摘されている。モデルの二つ目の特徴は,経済に変動をもたらす要因として時間とともに変動する複数の歪みをモデルに組み入れて推計する景気循環会計(business cycle accounting)の手法を利用した点である。モデルで用いた歪みは,集計生産性,労働市場共通の歪み,二つの家計固有の労働市場の歪み,投資の歪み,政府支出である。そのうえで,1980年代から2010年代までの両国の四半期マクロデータに加えて,アメリカのConsumer Expenditure Surveysおよび日本の家計調査による年次の消費格差のデータを用いて,これらの歪みをモデルに基づき推計した。
第一の分析である変動要因分解の結果は以下の通りである。景気循環の変動要因は日米ともに集計生産性の変動が主要因であり,また格差の主たる変動要因は日米ともに家計固有の労働市場の歪みであった。しかし,景気循環と格差に共通する変動要因について,日本では共通する変動要因は観察されなかった一方で,アメリカでは家計固有の労働市場の歪みが景気循環と格差に共通する変動要因として重要であることがわかった。
第二の分析である格差を縮小する政策の効果については,格差変動の主要因であった二つの家計固有の労働市場の歪みを取り除く労働市場改革と,U家計とHtM家計の間の再分配政策の二つの政策について,推計されたモデルに基づく反実仮想実験により検証した。いずれの政策も「格差の変動を取り除く場合」と「(変動の除去に加えて)格差の水準を改善する場合」の二つを考えた。労働市場改革ではどちらの場合も,アメリカにおいては景気変動を大きくする一方で,日本においては景気変動を小さくする効果があった。また,再分配政策はどちらの場合も,アメリカにおいては景気変動を小さくする一方で,日本においては大きくする効果があった。
また,二つのタイプの家計それぞれの経済厚生,および人口比で加重平均した社会経済厚生について,格差を縮小する政策がどのような影響をもたらすかを検証した。労働市場改革は,格差の変動を除去の場合も水準を改善する場合のいずれも,日米に共通して上記三つの経済厚生が改善した。一方で,再分配政策は,どちらの場合も日米に共通して社会経済厚生の悪化が確認されるものの,家計タイプ別にみると,その効果は国により異なっていた。格差の変動を取り除く場合,アメリカにおいてはU家計の経済厚生が改善し,HtM家計は悪化した一方で,日本においては,U家計の経済厚生が悪化し,HtM家計は改善した。これは,両国のサンプル期間における消費格差の平均的な水準と長期水準との違いがもたらしたと考えられる。また,(変動の除去に加えて)格差の水準を改善する場合は,U家計からHtM家計への追加的な再分配が生じるため,日米ともにU家計の経済厚生は悪化し,HtM家計は改善する結果となった。
以上のように,推計された期間において,格差と景気変動の要因や,労働市場改革と再分配政策が景気変動や経済厚生に与える効果は,日米で共通する部分と異なる部分があることがわかった。
※本論文はCIGS WP 23-006Eに新しい研究成果を加えて改訂したものです。
ワーキング・ペーパー(23-006E)Sources of Inequality and Business Cycles: Evidence from the US and Japan