日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を授与された。
核廃絶という問題にとどまらず、世界中の人々が改めて戦争の残虐な非人道性を心に刻んだはずである。
戦争は無差別殺人である。
このことを最も象徴的に思い起こさせるのが広島・長崎の原爆投下だ。
今回のノーベル賞受賞を機に、核兵器による大量殺戮のみならず、すべての戦争による犠牲者を悼み、戦争そのものに反対する意識を高めることこそ重要である。
日本は憲法において戦争放棄を謳っており、核兵器の使用のみならず、戦争に反対する姿勢を明確に示している。
それは日本国民一人ひとりの心に深く浸透しており、海外の有識者が想像する以上に日本人の戦争に反対する意識は強い。
米国で台湾有事に際して日本参戦の可能性を議論する時などにそうした意識の違いを感じる。
2017~20年にかけて実施された第7回世界価値観調査(対象は18歳以上の男女)の結果によれば、「戦争になったら進んで自国のために戦うか」という問いに対して、「はい」と回答した日本人の比率が世界の中で飛びぬけて低かった。
調査に参加した77か国のうち、ベトナム、中国など上位10か国は85~96%が「はい」と回答した。
日本以外の下位10か国は34~42%。日本は最下位の77位で13.2%だった。
これは日本人の愛国意識が低いことを示しているのではないと筆者は考える。
実際に日本が何らかの理由で戦争に巻き込まれて肉親や多くの親しい友人が戦争の犠牲になれば、日本人の意識が変わる可能性は高いと思われる。
しかし、第2次世界大戦終了後79年間も平和が維持されている現状において、日本人の戦争に反対する強い想いがこの調査結果に表れている。
いかなる理由があろうとも戦争という手段に訴えて国際問題を解決しようとする考え方は間違っているというのが大部分の日本人に共有されている理念となっているのではないだろうか。
その理念の形成には、広島・長崎の原爆投下の被害者であることも大きく寄与していると考えられる。
そうした日本人の意識とは裏腹に、世界では今も戦争が続いている。
ウクライナやガザで一般市民の命が日々奪われている。
その映像は世界中に配信され、多くの人々がその悲惨な光景を見て悲しむと同時に戦争という手段に訴える非人道的行為を許すべきではないと受け止めている。
最近の通信技術の発達によって、以前に比べて格段に情報の共有化が進み、戦争の悲惨さや残酷さが生々しく認識されるようになっている。
これを見れば自分から戦争に向かいたいと思う若者の数は世界各国で減少するのが自然であるように思われる。
それでも今はまだ、そうした意識の変化はあまり広がっていないように見える。
ではどうすれば戦争を防ぐことができるだろうか。
日米中関係を見ると、そこに一つのヒントがあるように思われる。
現在の米中関係は戦後最悪と言っても過言ではない。もし100年前にこの状況に陥っていれば、米中両国が武力衝突を始める可能性は極めて高いように思われる。
しかし、今のところ、米国人も中国人も互いに戦争を仕掛けようと考える人はほとんどいない。
両国とも大量核兵器保有国であるため、核の抑止力が働いていることが大きな要因の一つである。
両国の国民が戦争を考えない理由はそれだけではないように思われる。
1980年代から90年代にかけて、日本経済が急速に台頭した時、日米関係も現在の米中関係に近いほど関係が悪化したが、やはり戦争を考える人はいなかった。
当時の日米両国の経済力格差は太平洋戦争開戦時よりかなり縮小していた。確かに日本は日米安全保障条約を安全保障の土台にして、米国の核の傘によって守られることを国家防衛の要と考えていた。
しかし、それは日本人がそう信じていたことが大きく影響している。
仮に日本が自国防衛を米国に依存せず、自力で確保するべきだと考えれば、日米安全保障条約が存在していたとしても、決定的な抑止力にはならなかったはずである。
それでも日本人は日米関係は盤石であり、日本は米国によって守られていると漠然と信じていた。
その米国に対する信頼の背景は、多くの日本人が多くの米国人との間に築いた相互交流を通じた相互理解、相互信頼であると考えられる。
中国人留学生が促進する米中間の相互理解
現在の米中関係の悪化を見ると、両国間には信頼関係が薄れているように見える。
しかし、実際に米国に留学し、米国企業で働いている中国人は多い。最近の米中関係悪化を背景に留学生数は2020年以降減少している(2019年37万人→2023年29万人:レコードチャイナ24年1月29日)。
それでも、中国の人口が日本の約10倍であるのに対して、中国人の米国留学生数は日本人(2022年1万2000人)の20倍以上である。
日本経済新聞(24年1月16日)によれば、米国トップ10大学のうち7校への留学生数は逆に増加傾向にある(2018年約9500人→2022年約12600人)。
ちなみに同7校における日本人留学生は約600人とはるかに少ない。
これだけ多くの若者が中国から米国に留学し、大学卒業後に米国企業で就職する中国人も少なくない。
このエリート層の分厚い人的交流が米中間の相互理解を生まないはずがない。
ワシントンD.C.での議論は対中強硬姿勢のバイアスが極端にかかっているため、こうした事実に目を向けようとしない。
ニューヨーク、ボストン、サンフランシスコなど米国の他の主要都市の見方とは明らかに異なっているのが実情だ。
このため、米国議会が経済安保を理由に米国企業と中国企業とのビジネス関係を極端に制限すると、ビジネス界から強烈な巻き返しが生じる。
その結果、実際の政策運営ではビジネスに対する規制を緩和せざるを得ない状況が続いている。
つい最近も中国企業との取引を制限するエンティティリスト規制の抜け穴の存在が暴露された(拙稿「米国の対中強硬政策には裏もある、貿易削減効果は期待外れ」(JBpress 9月18日)参照)。
この事実から見ても、米中両国のビジネス関係者の間には切っても切れない緊密な関係がすでに成立しており、外交安保の力で分断しようとしても分断できなくなっている。
こうした強い連携の土台は、今も続く多くの中国人留学生と卒業後に米国で働く中国人たちが支えている。
戦後、日米関係は劇的に改善したが、日本から米国への留学生数が1万人を超えたのは1970年代後半、2万人を超えたのは1980年代後半であると推計されている。
その後1990年代は4万人を上回っていたが、2004年以降急速に減少した(東京大学 船守美穂「日本人の海外留学と日本経済―日本人は内向きになったか」)。
コロナ前の2019年は1万8000人、2022年は1万2000人にとどまっている。
日本から米国への留学が急増し始めた時期は円高が進み、留学費用を負担できる経済力が高まったことが大きな要因であると考えられる。
中国から米国への留学生数が急増したのは2008年以降であるが、これも人民元の対ドルレートが急速に元高になった時期とほぼ一致している。
日本人の米国留学が増加したのは今から約40年前であるのに対して、中国人の米国留学急増は15~16年前である。
今後、中国人の米国留学経験者は中国の政治・経済・学術研究等各分野で増加し続ける。
このことを考慮すれば、中国において米国人との交流経験者の影響力は高まり続ける。
それは米中両国間の相互理解、相互信頼の増進に寄与するはずである。
通信手段の発達による相互交流促進
日米中3国間の相互理解を促進するもう一つの要因は通信手段の進歩である。
コロナ前は国を越える通信手段は主にメールや電話に頼っていた。コロナ期間中のリモートワークの必要性の高まりを背景に、ビデオ会話の利便性が格段に向上し、世界中に普及した。
人数が多くなるとコミュニケーションの利便性は低下するが、2人、あるいは数人までの少人数であれば、直接会って話し合うのとほぼ同じような感覚でコミュニケーションをすることが可能となった。
これが相互交流、相互理解を促進する重要な手段となっている。
特に、SNS、インターネット等の通信手段を日常的に巧みに使いこなすZ世代の若者たちの相互交流はさらに円滑である。
米国に留学した中国人が帰国後も米国にいる友人と頻繁に交流することは誰も止められない状況になっている。
これが両国間の相互理解を促さないはずがない。
2050年には1990年生まれの若者が60歳になり、世界中でZ世代が主役の時代が到来する。
その時代には国を越える相互理解が現在とは比較にならないほど深まっていると考えられる。
国民各層各分野で多くの親しい友人関係が存在する国の間で戦争をすることは極めて難しい。
自分の親友が戦争の犠牲になることなど受け入れられるはずがない。
今後の世界においては、核兵器大量保有による核の抑止力に加えて、多数の国民レベルでの相互理解、相互信頼が新たな抑止力として機能する時代になることが期待できる。
その典型的な事例が日米中3国関係であることが今世紀半ばには明らかになるはずである。