メディア掲載 エネルギー・環境 2024.11.13
きつい勾配で実感するリニアモーターの強烈な推進力
JBpress(2024年11月5日)に掲載
毎日2000キロメートルを走り込む山梨リニア実験線の車両(写真提供:JR東海)
山梨県大月市にあるリニア中央新幹線(以下、リニア)の実験線に試乗に行く機会があった。実験線といっても東京・名古屋間に建設されているリニアの営業路線の一部となる本格的なものだ。全長42.8キロメートルで、名古屋まで開通すればその7分の1の長さに相当する。そこを1往復半したが、あっという間の体験だった。
見た目はSFのような乗り物かと言えば、そうではなかった。もちろん、時速500キロメートルという超高速を実現するには、空気抵抗を減らす流線形で、機能美にあふれた洗練されたデザインになっている。けれど、まあ新しい新幹線だと言われても、そうかなと思うような、既視感のあるものだった。
だがこれは決して悪いことではない。技術的には、新幹線で培った車両技術の応用によって、リニアもできているということだ。
「技術の転用」というのはイノベーションの基本である。車体に打ってあるリベットの列も、いまある新幹線とよく似ている。まあ不細工だが、実績ある技術なので安心だ。転用といえば、これも新幹線の運行で培われた、安全運行のための通信システムや制御システムもリニアに引き継がれている。
いまいち目新しくなかったもう一つの理由は、薄汚れた外観。
これは何しろ毎日2000キロメートルも走らせているから、そうなるとのこと。毎日2000キロメートルというと、標準的な新幹線車両の実走行距離である1600キロメートルを上回る。リニアは、もう薄汚れるまで走り込むことのできる、現実の技術だということだ。
単に走り込むだけではなく、まだあれこれとさらなる改善のための実験もしている。そのための路線なので、一部では車両に積載したガスタービンで発電するなどしており、その排気も汚れの原因になっている。
また車両の空気抵抗低減のための表面フィルムのテストもしていて、それも汚れの原因になっているそうだ。こういったことはもちろん営業運転になるとなくなる。
時速500キロメートルで地上を走るのは確かに猛烈に速い。ただしほとんどの間がトンネルなので、いまいち実感しにくい。ごくたまに外の景色が見えるけれど、一瞬でまたトンネルに戻ってしまうので、何が見えているのか確かめるヒマもない。
とはいえ、飛行機の離着陸のときや、新幹線の最高速のときの速さとは明らかに段違いだ。
車内の内装も、新幹線や飛行機に似ている。できるだけ軽量化するために、カーボンファイバーなどのプラスチックを多用しているからだ。なお実験線であるためか、あまりゴージャスな感じはしなかった。車内の居住環境の改善はこれから注力するそうだ。
リニアは音もなくスルスル走るのかと思っていたら、けっこうゴオーッと音がする。飛行機や新幹線で聞くのと同じだ。
この音は風を切る音だという。飛行機はジェットエンジンの音が大きく、新幹線はレールをガタゴトとする音が大きいかと何となく思っていたが、どちらも実は風を切る音が大きい、というのが実際のところのようだ。
また振動についてはピタッと揺れないのかな、と何となく思っていたが、そうでもなく、予想したよりはブルブルと左右に揺れた。これは側面のコイルの施工などにわずかな誤差があるためとのこと。このあたりは、新幹線のレールと同じようだ。ただし揺れるといっても、乗り心地が悪いほどではなく、車内は新幹線に比べても快適だ。
乗ってみて印象的だったのは、加減速の強さだった。
新幹線のゆっくりした加減速のイメージとだいぶ異なる。座っていると背中を押し付けられるような感じがするし、立ってみるとこんどは体が傾く。JR東海の方に聞いて見ると、加速度は0.1Gということで、筆者の場合、立っていると身体が10分の1ぐらい傾くくらいの感覚だった。この加速度は既存の鉄道の最大値を超えないようにしているとのことだった。
身体が斜めになると感じたのは、強い加速のためだけではなく、けっこう急な斜面を上り下りしていたこともある。リニア実験線の最大斜度は40パーミル、つまり4パーセントに達する。100メートル進むごとに4メートル登るということだ。これは、東海道新幹線では最大でも2パーセントだから、その倍もある。
リニアは険しい山の中を通ることになっていて、そのためトンネルが多用されている。同じ山にトンネルをうがつなら、標高が高いほうがトンネルが短くて済み、建設工事はしやすい。そこで山登りを要請されているとのこと。
だが結構きつい勾配であっても、リニアはぐんぐんと速度を上げてゆく。リニアモーターの強烈な推進力を実感した。
強力な加速を生み出すのがリニアモーターだ。これは車体側と、軌道側のコイルで構成される。
車体側には超伝導コイルが付いている。この超伝導体の材料はイットリウム系やビスマス系の酸化物超伝導体ということだ。もう30年以上前になるが、私が大学で物理を学んでいたころに、次々に発明されて高温超電導体の臨界温度の高温記録を塗り替えていた材料だ。
その後、技術開発が進んで、ついにリニアでも実用化されることになった。こうした最先端技術が、新幹線で培った既存の技術と組み合わさって、リニアというイノベーションが進んでゆく。
リニアモーターを構成するもう一方の側は、コンクリートの箱できたリニアの軌道の左右に張り付けられたアルミのコイルである。これには推進用のコイルと浮上用のコイルがある。
車体も主にアルミでできているから、アルミを敷き詰めた上で、アルミの車体が浮上して飛んでいく感じだ。こう考えると、ハイテクいっぱいの高尚なリニアが、なんだかアルミホイルの上をビール缶が飛んでいくような、どこぞの野外バーベキュー風景みたいな、安直なイメージになってしまった(この方が親しみは持てるが)。
電力は、東京電力の送電線から、リニア専用の変電所を介して供給される。リニア実験線の乗り場からすぐ見える変電所がそれだ。大雑把には、周波数がリニアの走る速度に比例し、リニアを動かすエネルギーは電流に比例するとのこと。
もとよりモーターの制御にはさまざまな方式があって、それぞれ周波数や電流を調整して制御する。だからリニアでもそのような制御をするのはまあ当たり前なのだが、こう聞くと、リニアモーターとは形状は直線的(リニア)だけれども、まさに「巨大なモーター」なのだなあ、ということが実感できた。
山梨リニア実験線都留変電所(写真左上)。右下に乗降用のプラットフォームが見える(写真提供:JR東海)
CO2排出はどうかというと、飛行機に比べると、1人を1キロメートル運ぶのに3分の1ぐらいで済むと試算されている。ただしこれは新幹線に比べるとだいぶ悪くなる。このあたりは高速化するための宿命でもある。
リニアの電力消費は、多くの車両が同時に時速500キロで走行するピークにおいて、東京・名古屋間開業時で27万キロワット、東京・大阪開業時は74万キロワットになると試算されている。
74万キロワットといえば小さめの原子力発電所1つ分ぐらいになる。これは、この地域の電力供給全体からみればさほど多くはないけれども、それなりの規模ではある。
昨今はAIのためのデータセンターや半導体工場のためとして安定した電力供給が必要とよく言われるようになったが、リニアのためにも安定した電力は必要だ。
リニアは、かつては東京・名古屋間の開業は2027年と見込まれていたが、これは延期されることとなった。いま建設工事が特に遅れているのは、静岡工区である。2017年に工事契約を開始したが、いまだ工事に本格着手できていない。水問題や環境問題を理由に静岡県川勝平太元知事が建設に強硬に反対してきたためだ。今年になって、同知事が辞任し、鈴木康友氏が知事になってからは、環境問題についての協議も進んでいる。
本稿で紹介したように、リニアは、技術的には、未来のものではなく、もう今ここにあるもので、薄汚れるぐらいまで走り込んでいる。早期の工事完了、そして開業が待ち遠しい。