メディア掲載  エネルギー・環境  2024.10.30

カーボンニュートラル、何のために?

朝日新聞デジタル【電ゲン論】2024年9月30日)に掲載:承諾番号 24-2557

エネルギー・環境

【基礎知識】カーボンニュートラルとは

日本は2020年、欧州連合(EU)などと足並みをそろえる形で、50年の「カーボンニュートラル」を宣言しました。産業革命以前からの気温上昇を1.5度以内に抑えるという「パリ協定」を実現するためのもので、世界全体の温室効果ガス排出を、森林が吸収する分などを差し引き「実質ゼロ」を目指します。最初に宣言したのは07年のノルウェーで、日本が表明したときにはすでに、世界で100カ国以上が宣言していました。

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日本政府は諸外国と足並みをそろえる形で、2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)をめざしています。ただ、この目標は極めて高い水準で、達成できるかは未知数です。欧州などのエネルギー政策に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の渡辺凜研究員は、経済成長や産業政策を軸とする日本の政策について、目標のあり方を問い直す必要があると訴えています。

――2050年のCNは、多くの国が目標としています。

「数値目標が先行し、トップダウンに決められた点に問題があると思っています。政府の文書には、『カーボンニュートラル目標を表明する国・地域が急増し、GDP(国内総生産)総計で世界全体の約90%に達する』と触れられているだけで、気候変動が日本社会にとってどう問題なのか、なぜ対策が必要なのかが書かれていません」

「脱炭素社会と一口に言っても、様々なあり方が考えられます。経済成長以外にも、将来の脱炭素社会に望むものはないのか。めざすべき社会の姿をよく考えることが必要ではないでしょうか」

――諸外国ではどのような社会を見据え、CNをめざしているのでしょうか。

「たとえば欧州連合(EU)では、一握りの人が資源を開発・所有・商品化して恩恵を受けるシステム自体の問題性を問う『気候正義」の考え方があります。化石燃料の廃止を強く訴えているのも、温室効果ガスを排出しているという理由だけではなく、持続可能な社会と相いれないと考えるからです。米国のバイデン政権も、経済の底上げや中所得層の再興、社会インフラの刷新などの社会課題と気候変動を結び付けて考えています」

――政策にはどう反映されていますか。

「ロシアのウクライナ侵攻と、それに伴うエネルギー危機を受け、EUでは『脱炭素』より『安定供給』が重視されるのでは、と注目されました。確かにガス備蓄の強化など化石資源への回帰は見られました。一方で、ロシアからの輸入に依存する化石燃料からの脱却の必要性が、いっそう強調される結果となりました」

「二酸化炭素(CO2)を回収して地中に貯留する『CCSCarbon dioxide Capture and Storage』についても、『CCSがあれば化石燃料を使ってもよい』という日本の風潮に対して、EUは第一に植林などを推奨し、炭素を除去する方法としてCCSを『最終手段』と位置づけています。こうした政策には、温室効果ガスの削減とグリーン経済成長だけでは説明できない部分があります」

――EUの政策に問題はないのでしょうか。

EUの多くの国は日本と同程度に化石燃料に依存しています。ロシア産資源から完全に脱却できるかも不透明です。脱ロシア政策によって途上国のエネルギー問題を悪化させている、脱炭素ビジネスの利害に駆られているとの批判もあり、問題がないわけではありません。しかし、EU社会のビジョンを描き、それに沿った包括的な政策を打ち出している点は、評価できると思います」

――日本でも、急増するとされる電力需要に対応するため、産業構造の変換が必要だと議論されています。

「日本での議論は、社会や経済の構造を変えないとCNや経済成長は達成できないという、対策や手段の議論であって、問題意識や目的の議論ではないのではないでしょうか」

「日本のエネルギー政策は経済産業省が中心となって形成しているため、経済成長が主軸です。『S+3E』(安全性+安定供給、経済効率性、環境適合)に主眼をおき、安定して経済成長を最大化させるエネルギーのあり方が追求され、その恩恵を日本社会は確かに受けてきました。ただ、どんな社会が望ましいかという議論はこれまであまりされていません」

――経済成長に主眼を置き続けた場合、どんな弊害が想定されますか。

「現状は、経済成長のインフラとしてのエネルギー政策に脱炭素というプレッシャーが追加された形です。何のための脱炭素かというビジョンがないままで、社会はついてくるでしょうか。世界的な開発競争に巻き込まれ、社会的弱者が取り残される『グリーン成長』になる懸念もあります」

「気候変動の影響を社会的弱者が被りやすいのは、世界の共通課題です。水やエネルギーの価格が上昇すると、まず苦しむのは貧困層、とりわけ女性や子どもです。気候変動を気温やエネルギーだけの問題と見るのではなく、食の安全や格差、社会的弱者の救済と地位向上といった課題と関連づける考え方は、日本にとっても一考の価値があるのではないでしょうか」

――日本がめざすべきエネルギー政策は、どのような形と考えますか。

「たとえば風力発電の開発は、ビジネスリスクの大きさや立地地域からの反対など、多くの課題があります。そこで、高齢化やなり手不足など漁業が抱える問題、あるいは地方経済や中小企業の活性化など他の課題と絡めて考えることで、電源開発だけを目標とするよりも実効的な解決策につながる可能性があります」

「政府が脱炭素化や産業政策について議論しているGX実行会議などでは、1時間足らずで今後の日本のあり方を左右する事柄が決定されています。民主主義の中でも偏ったプロセスです。ビジョンを議論せずトップダウンに政策を決めても、結局反発に遭って社会的コストが高くつくのではないでしょうか。日本社会が抱える幅広い課題にも視点を広げた政策をめざすべきだと思います」


※本記事は朝日新聞社に許諾を得て掲載しています