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スウェーデン王立科学アカデミーは14日、2024年のノーベル経済学賞を米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授、サイモン・ジョンソン教授、米シカゴ大学のジェイムズ・ロビンソン教授に授与すると発表した。制度と経済発展の関係を示し、また制度がなぜ持続し、制度がどのように変化するかを説明する理論的ツールを開発したことを授賞理由として挙げている。
「なぜある国は豊かで、他の国は貧しいのか」という問いに関する研究に、3人の研究者は大きな前進をもたらした。右の問いは社会科学にとって本質的なもので、数百年にわたり多くの研究者が取り組んできた。例えばアダム・スミスの「国富論」(原著、1776年)の正式なタイトルは「国々の富の性質と原因に関する探求」であった。
膨大な先行研究の中で、アセモグル氏らの研究に直接つながるのは、1993年にノーベル経済学賞を受賞した米ワシントン大学のダグラス・ノース教授の研究である。ロバート・トーマス氏との共著「西欧世界の勃興」の中で、近代の西欧でいち早く経済発展が起動したのはなぜかという古典的な問いに改めて正面から取り組み、新しい答えを示した。
ノース氏らによれば、人々に経済活動のインセンティブを与える制度が近代の西欧で形成されたことが経済活動を活発化させ、経済発展をもたらした。その制度とは所有権を保護する制度を指す。治安を維持し契約執行を国家(裁判所)が担保すること、そして国家自体が恣意的な課税などを通じて人々の財産を収奪しないことが要件である。
ノース氏はこのような制度が形成された画期として1688年の英国の名誉革命に着目した。1989年の共著論文で、名誉革命前後の英国で実際に経済活動が活発化したかどうかを検討し、仮説と整合的な結果を得た。他方、この研究は英国のみの時系列データの観察によるもので、所有権保護制度が経済にプラスの影響を与えるという仮説の検証として、十分な説得力を持つものではなかった。
アセモグル氏ら3氏の2001年の論文はノース氏らが試みた、制度の経済発展への影響に関する実証研究を大きく前進させた。背景になったのは1990年代に活発に行われた国ごとのクロスセクションデータを用いた経済成長に関する実証研究である。
実質国内総生産(GDP)、1人当たり実質GDPなどマクロ経済のデータが多くの国々について長期にわたり利用可能になったことを前提に、ロバート・バロー米ハーバード大学教授らによって経済成長の決定要因に関する実証研究が活発化した。その一環として、経済成長の説明要因として制度に関する変数を加えた実証研究も行われた。
しかし、制度が国の豊かさや経済成長率との間に正の相関がある場合、両者の因果関係にはさまざまな可能性がある。ノース仮説のように制度が経済発展に影響している可能性もあるが、逆に経済発展が制度に影響する可能性もあり、制度と経済発展の両方に影響する第3の要因(例えば文化)が存在することもあり得る。こうした中で、制度から経済発展への因果関係を識別することが必要だが、既存の研究では十分に行われていなかった。
アセモグル氏らが01年に発表した論文は、斬新なアイデアでこの問題に関する解決策を提示し、質の高い制度が国の豊かさをもたらすという因果関係を説得的に実証した。彼らが用いた方法自体は、標準的な計量経済学の手法の一つ「操作変数法」である。この方法に関しては適切な操作変数を見いだすことが容易ではなく、そこがいわば研究者の腕の見せどころとなる。
適切な操作変数の要件は、説明変数(制度)と相関があること、同時に制度を通じるチャネル(経路)以外で直接に被説明変数(経済発展)に影響を与えないこと、の2つである。アセモグル氏らは、17世紀以降、欧州諸国が世界のさまざまな地域を植民地化した際の「植民者の死亡率」を操作変数として提案した。アイデアは次の通りである。
第1に、風土病などによって欧州人植民者の死亡率が高かった地域(アフリカ、南米など)では欧州人は定住を前提とせず、天然資源などを短期的に搾取することを植民化の主な目的とした。このため所有権を保護し、政治権力をけん制する仕組みを組み込んだ制度ではなく、略奪的な制度を導入した。
一方で植民者の死亡率が低かった地域(北米、オーストラリアなど)では、植民者の定住を前提に欧州の制度が移植され、所有権の保護と政治権力のけん制が機能する制度が実現した。
第2に、こうして植民地化当時に形成された制度には持続性があり、現代の制度に反映されている。
第3に植民地化当時の欧州人の死亡率は、地理的な位置など地域の属性をコントロール(制御)すれば、現代の各地域の豊かさに直接影響を与えるとは考えにくい。したがって植民地化当時の欧州人の死亡率は、現代の制度に関する操作変数に用いることができる。
植民地化当時の欧州人の死亡率のデータを直接に得ることは難しいので、アセモグル氏らは、19世紀初めの欧州人兵士の死亡率データを操作変数とした。現代の制度の質に関するデータは、民間のリスク評価会社が提供する各地域の政治的リスク指標を用いた。リスク指標は0~10までの11段階で、数字が大きいほど所有権保護の程度が高い。
これらのデータを用い、まず第1段階として後者を前者に回帰し、それによって得られた現代の制度の質の推定値を、第2段階で今度は説明変数として、これに現代の1人当たり実質GDPを回帰するという2段階推定を行った。
彼らの推定結果によると、仮説どおり、植民地化当時の欧州人の死亡率が高い地域ほど、現代においても所有権保護の程度が低かった。この結果を用いた第2段階の推定では、収奪リスクに対する権利保護の程度(の第1段階推定値)の係数はプラスで、統計的に有意であり、しかもその値は大きい。
すなわち、権利保護の程度が1ポイント高いと、1人当たりGDPが約2.6倍大きくなる。この結果は、制度の質が国の豊かさに影響を与えるという因果的な関係を示している。
右の論文では、制度に持続性があり、過去の制度の質が現在の制度の質に反映されるということが前提となっている。アセモグル氏らは後に、こうした制度の持続性のメカニズムに関する研究も発表している。その成果が3人の受賞のもう一つの理由となった。
アセモグル氏らの研究は、国々の間の豊かさと貧困の相違という基本問題に対して改めて研究者の関心を喚起した。宗教、奴隷貿易など制度以外の原因に関する研究のきっかけを作った点でも、大きな意味を持っている。