コラム  国際交流  2024.10.02

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第186号 (2024年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交

9月初旬、久しぶりにロシア情報に関して、内外の友人達と意見交換をした。

8月30日、露科学アカデミー太平洋海洋研究所が、福島第一原発の処理水海洋放出に関する調査報告書を公表した。報告書は冒頭で結論を述べている。「先に答えを…危険無し。慎重に言えば今のところは、だ (Ответим сразу - нет, или более осторожно, пока нет)」、と(「『福島のトリチウム』を恐れるべきか? («Нужно ли бояться ‹фукусимского трития›?»)」)。報告書は「千島列島付近でのロシアの沿岸漁業という自国の視点から(с точки зрения безопасности российской рыболовной зоны около Курильских островов)」、海水の安全性を調査して、各地点のトリチウム濃度を公表している(PDF版図1参照)。興味深い事に報告書は、最後のページに極東における原発のトリチウム放出量を示す図を、日本の資料を用いて掲載している(PDF版図2参照)。これを見ると、中国の原発の海洋放出量は驚く程大量だ。この報告書を読んだ直後、筆者は友人達に対し「ロシアが福島の処理水放出の“安全性”を同盟国の中国に教えてくれていれば、あれ程まで日本の水産業が苦しまなくても良かったかも…」と語った。

報告書とは関係無いと思うが、日本産水産物の対中輸出再開が日中間で協議されている事を知り喜んでいる。ケッサクな事に9月20日、中国外交部の定例記者会見で、仏通信社(AFP)が中国の報道官に対して、「日本産水産物の輸入を再開する動きを中国は示したがロシアは未だ禁止している。何かコメントは?」と質問した。筆者はウラジオストックに在る太平洋海洋研究所の調査結果が、首都のモスクワまで未だ届いていないのではないか、と考えている。

プーチン大統領は、9月初旬にモンゴルのウランバートルを訪問して、“ノモンハン事件”戦勝85周年を祝う演説(85-летие победы на Халхин-Голе)を行い、両国関係の歴史に触れた後、ウラジオストックで開催された「第9回東方経済フォーラム(ВЭФ)」に出席した。大統領は中国代表の韓正副主席の前で、「極東はロシアの国際的地位を強化する上で掛け値なしに最重要の地域(Дальний Восток безо всякого преувеличения стал важнейшим фактором укрепления позиций России в мире)」と述べた。フォーラムの今年のテーマは「極東2030: 強みを結集、新たな可能性を創造(Дальний Восток-2030. Объединим усилия, создавая возможности)」。筆者は「長期化する戦争と低迷する経済に苦しむ中露両国が、互いに協力して明るい2030年を果して迎えられるだろうか」と友人達と今話し合っている。

米国の軍民両用技術(DUT)に関する本を読み、米国の多種多彩な人材によるinnovationに感心している。

読者諸兄姉の中には既に読了した人がいるかも知れないが、7月に発売された本(UNIT X: How the Pentagon and Silicon Valley Are Transforming the Future of War)を筆者も読了した。同書はHarvard Kennedy School (HKS)の故アシュトン・カーター教授が国防長官時代、2015年に設立したDefense Innovation Unit (DIU)の歴史を綴った本だ。Harvardに居た時にカーター先生とは、米中関係を中心に語り合っただけに懐かしい想いを抱きつつ読了した。同書は国防総省の組織改革に関する文献で、概要は次の通り。

①冷戦時に出来た“産軍合体”に関連する“制度疲労”の問題を指摘。即ちLockheed MartinやNorthrop Grumman等の“primes”と呼ばれる“国防関連巨大企業”や1958年設立の国防高等研究計画局(DARPA)は「優秀だが経済的に非効率」だと批判されてきた。

②このため経済効率と先端技術開発に関し“敏感に動く”Silicon ValleyとPentagonとを結びつける新たな組織を、DIUとして設立(当初“実験的(Experimental: (x))”が付いていた)。驚いた点は教授がDIU構想を発表したのが2001年。組織改革実現に15年を要しているのだ。2001年、Harvard-Stanfordの共同研究(Keeping the Edge: Managing Defense for the Future)を発表し、「最先端技術を軍事と民生、双方の分野から世界で最も早く採用する国防軍を」と教授が主張。残念ながら彼の主張は長年注目されなかった。

③国際政治・経営・技術を理解する優れた若人がDIUx設立に尽力。DIUは多才な人々が諸問題を解決した結果、現在も活躍し続けている。その問題とは(a)冷戦型“産軍合体”の抵抗、(b)DARPA、DIU両組織のPentagon内併設に関する連邦議会の疑念、(c)Pentagon内の守旧派官僚、(d)Silicon Valley内に存在する反対論等だ。ただ留意すべき点として(d)に関しForeign Policy誌に問題点を指摘している小論文を記しておく(“Silicon Valley Hasn’t Revolutionized Warfare—Yet,” Sept. 20)。

軍民両用技術(DUT)に関して先頭を走る米国に対し、他の諸国では様々な対抗策が練られている。

Fortune誌による恒例の“Global 500”が8月5日に発表され、国別企業数で米国が中国を抜いて4年ぶりに首位を確保した。我等の日本企業は40社がランクインしている(PDF版表1参照)。日本企業の健闘は嬉しい限りだが、歴史的視点、また国際的視点に立つと“後退”の感が拭えない。これには筆者は“デジタル敗戦(digital defeat)”が深く関わっていると考えている。

翻ってdigitalizationを順調に活用しているのがシンガポールだ。“Global 500”掲載のFortune誌8・9月号には、アジアの“AI中心地”、またdigital hubとしてのシンガポールを伝える記事が掲載されている(“An AI Island”)。シンガポールの友人は「或る国別評価基準に依るとシンガポールのAIランクは世界3位だよ」と伝えてきた(PDF版表2参照)。これに対して筆者は「この種の順位付けは、基準の選定方法により大きく変化する理由から余り興味がない。例えば国際電気通信連合(ITU)が9月12日に発表したGlobal Cybersecurity Index (GCI)は大変興味深い指数だ。だが、cybersecurityは“国”単位ではなく“組織”や“個人”単位で評価しないと意義が薄いとボクは思う。だから国別指数の意義が分からない(PDF版表3参照)。でも、キミの言う通り、日本のAIの開発・活用・政策に問題が無いとは思っていない。確かに日本のdigitalization strategyは再考が必要だね」と伝えた次第だ。

中国の技術開発に関しては頻繁に小誌で触れてきたが、今月号では、簡単だが欧州について触れてみたい。ドラギ前伊首相が報告書を9月9日に発表した(“The Future of European Competitiveness”)。今、報告書が指摘する課題の正否や政策の実現可能性等に関し、議論している。欧州に関し筆者はドイツ経済が再び“欧州の病人(der kranke Mann Europas)”になった事を心配している。しかも、極右政党(AfD)が旧東独地域で勢力を拡大しているのだ。米国Wall Street Journal紙は、Humboldt大学のハーフリート・ミュンクラー教授の意見を基に9月2日付記事を掲載した(“Europe’s Populist Surge Isn’t Only about Immigration, It Is about Fading Trust”)。欧州の友人達が教授の本を薦めてくれた約10年前から、教授の見解に注意を払っている。教授の著書『ドイツ新人類(Die Neuen Deutschen)』(2016)には、現在に至る過程が見事に描かれている—AfDの抬頭に関し留意すべき点とは国内政治要因だ。2013年、メルケル首相率いる中道右派政党(CDU)が中道左派政党(SPD)と共に大連立政権を樹立。このためCDU内部の右傾派がAfD支持に流れた。或る政治評論家は、AfDを“メルケルの子供(ein Kind Merkels)”と呼んだ。欧州にpopulismが拡大すれば、ロシアが暗躍する危険性が高まる。かくして我々は引き続き欧州を含む海外情報を綿密に分析する必要に迫られている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第186号 (2024年10月)