米国通商代表部(USTR)が8月1日から実施することを提案していた電気自動車(EV)、半導体、太陽光パネル、車載用電池等に対する追加関税措置が9月27日に実施されることになった。
米国のデカップリングを目指す対中政策が一段と強化される。
バイデン政権発足以降、経済安保関連規制強化により米中間の貿易が影響を受けている。
これに対して中国は強い不満を表明するとともに、対抗措置を採ってきている。
こうした米中両国の厳しい応酬の繰り返しにより、米中間の貿易が大幅に減少することが予想されていた。
しかし、これまでの貿易額の推移を見る限り、期待されたほど大きな効果が見られていないとの評価がワシントンD.C.の中国専門家等の間で広く共有されている。
中国の対米輸出入の前年比の推移を見ると(下図参照)、2021年のバイデン政権成立後、22年以降は輸出入とも減少または横ばいで推移しており、伸びていない。
一見すると、デカップリング政策の効果が明確に出ているように見える。
しかし、前年対比の伸び率ではなく輸出入の実額の推移を見ると(下図参照)、イメージがやや異なる。
確かに2022年以降は輸出入とも伸びが止まっている。中国の対米輸出については2023年には減少もみられた。ただし、2020年以前に比べるとあまり減少していない。
中国の対米輸入は輸出ほど顕著ではないが、やはり2022年以降減少傾向を辿っている。
ただ、これについては、2022年以降、中国の経済成長率の低下とともに内需の伸びが鈍化している影響も受けており、必ずしも米国の経済安保政策の効果だけではない。
以上のような観点から、デカップリングを目指している経済安保政策の効果は期待したほど大きくないという評価が出ていると考えられる。
米国政府によって厳しい経済安保政策が実施されているにもかかわらず、米中貿易への影響があまり大きくなっていない主因は、米中両国の民間企業を中心とする経済活動のニーズの強さにあると考えられる。
米国政府は経済安保政策の基本方針を「small yard, high fence」(小さな庭に限定して高い壁を設ける)と評している。
安全保障上の観点から経済安保政策を徹底するとれば、米中貿易を止めるのがベストである。
しかし、それでは多くの米国企業が生き残れなくなり、米国経済は厳しい経済停滞を余儀なくされる。
また、品質が良く価格がリーズナブルな中国製品が入ってこなくなれば、米国の物価が大幅に上昇し、ただでさえインフレに苦しんでいる米国一般市民の不満が爆発する可能性も懸念される。
このため、経済安保関連規制の実施に際して米国政府は、制限対象分野を小さく限定して(small yard)、経済活動への影響があまり大きくならないように配慮している。
しかし、最近の米国政府は経済安保政策の対象範囲を徐々に拡大しつつある。
米国の民間企業はビジネスチャンスが制約を受けるため、関税引き上げ措置や中国企業との取引制限に対して強く抗議している。
民間企業の活動は経済の安定に直結するため、政治への影響も無視できない。これを無視すれば、選挙に悪影響が及ぶ。
このため、民間企業から強い抗議が示されると、米国政府もある程度妥協せざるを得ない。
こうした背景から、経済安保政策として示された関税の引き上げや対中取引制限はしばしば緩和されている。
現在も、トランプ政権が2018年に導入した関税について、2023年に実施予定だったレビュー後の強化が先送りされているため、トランプ時代の関税の中身が見直されることなくそのまま続いている。
レビュー後は関税の適用対象範囲が拡大されると見られているが、現時点では実施されていない。
また、最近の米国内の報道によれば、元商務省の高官が以下のような事実を紹介した。
ファーウェイはエンティティリストに記載され、同社との取引は米国企業のみならず、日本やオランダの企業も制限されている。
しかし、米国では規制発動後、最初の1年半は厳格に運用されていたが、その後はケースバイケースで規制の適用対象外とすることを認める対応に移行した。
その結果、米国企業が商務省の産業安全保障局(BIS:Bureau of Industry and Security)に申請すると99%の割合で取引が認可されるようになった由。
こうした運用緩和により、過去5年間で特別に認可されたファーウェイとの取引額は3500億ドルに達した。
このような規制緩和が実施された背景は、厳格な管理を継続すると米国経済に極めて甚大な悪影響が及ぶことが判明したためである。
しかし、こうした実態は日本やオランダの政府や企業には通知されていない模様で、外交的にはリスクが大きいと前出の高官は指摘している。
以上のような事実は経済安保を重視する側の政府関係者にとっては好ましくないと見られているが、ビジネス側の人々にとっては歓迎すべきことである。
経済安保政策は安全保障上の必要に基づいて自由な経済活動を制限するものである。
主体は政府であり、前提は国家間のゼロサム関係、すなわち、相手国のメリットは自国のデメリットになるという考え方である。
これに対して、経済活動の目的はビジネスの拡大である。
主体は民間企業であり、前提はウィンウィン関係、すなわち、相手先のメリットは自社のメリットであり、相手先の損失は自社の損失につながる。
経済取引において売買が成立するには売り手と買い手の双方が納得することが大前提であり、そこから相互依存関係が生まれる。
米国政府にとって中国は敵対するライバルであるが、米国の民間企業にとって中国企業は多くの場合、顧客または友人である。
このように経済安保と経済活動は根本的に相容れない2つの活動である。しかし、国家にとっても企業にとってもいずれも必要である。
このため、両者の間で適度なバランスを確保することが重要である。
良好なバランスが確保されると、国家の安全が長期的に確保され、経済活動も拡大が続いて、両国民とも満足する。
これは東洋思想の陰陽論で説明可能である。
陰と陽の関係は、夜と昼、女と男、大地と天などの対比で意識される。人が安心や幸せを得るためには、陰と陽の両方が必要であり、陰陽相和して、両者のバランスがうまく保たれた調和の状態が維持されることが重要である。
どちらか片方にバランスが偏ると安定が失われ、誰もが苦しむことになる。良好なバランスは中庸という言葉で表現される。
こうした観点から説明すれば、経済安保は陽、経済活動は陰である。
経済安保がなければ長期的な国家の安全の確保が難しくなる。しかし、その国家の国力の土台は主に民間企業が支える経済力である。経済力が低下すれば安全保障のために必要な装備や人材を確保することができなくなる。
その両者の間のちょうどいいバランスが中庸である。
政府も民間企業も自分の庭だけを見て考えていると全体のバランスが見えなくなる。米中両国の政府の関係についても同様である。
広い視点から相互に理解し合うと中庸の着地点が見えてくる。
官民、米中の対話を通じて相互理解を高め、中庸を意識しながら具体的な政策運営の中身を調整し、良好なバランスを保つ努力の継続が大切である。