メディア掲載  エネルギー・環境  2024.09.26

気候変動で熱波が30倍という欺瞞

極値に関する気候情報の伝達において、説得力を増すという理由で明確さを犠牲にすべきではない。
平均値の小さな変化は極値の大きな変化を意味するとは限らない。

NPO法人 国際環境経済研究所IEEI2024912日)に掲載

エネルギー・環境
パトリック・T・ブラウン
本稿はPatrick T. Brown 2022822日「Effective Climate Communication on Extremes Should Not Sacrifice Clarity in the Name of Persuasion」を許可を得て邦訳したものである。


2022
3月から4月にかけて、インドとパキスタンを熱波が襲い、経済、農業、そして人々の健康に被害を与えた。このような異常気象があった後、熱波、洪水、干ばつがどれだけ気候変動に起因するのか、と問うのは自然なことである。その答えは、科学的に興味深いだけでなく、気候変動の影響を効果的に伝達することにも関わってくる。

しかし、この問いに答えようとする場合、「どの程度(how much)」が何を意味するのかを正確に定義することから始めなければならない。例えば、気候変動が熱波をどれだけ高温にしたかというように、「どれだけ多く(how much more)」という意味なのか?あるいは、このような熱波が起こる可能性はどのくらい高いのか、つまり、「どれくらいの確率で発生するのか(how much more likely)」という意味なのだろうか?

気候科学界とメディアは、この2つ目の説に集約されているようだ。まずは、今年のインドとパキスタンの熱波の場合、『Guardian』紙の見出しは 「Deadly Indian heatwave made 30 times more likely by climate crisis (インドの死者をも出すような熱波は気候危機によって30倍も起こりやすくなった)」だった。

「どれくらいの確率で発生するのか(how much more likely)」という質問に焦点を当てることは、気候科学という分野で登場した、より一般的なマントラ(お経)によく適合している: 「A small change in the average means a large change in extremes(平均値の小さな変化は、極値の大きな変化を意味する)」。( こちらのリンクこちらのリンクを参照されたい)。」

この記述は、ある場所の平均的な温暖化は1℃や2℃かもしれないが、熱波のような異常気象はもっと大きく変動するだろう、ということを伝えるものである。

異常気象が発生する可能性の変化を強調することで、気候変動の影響をより効果的に伝えることができるという意見もある(IPCCハンドブック)。しかし、「効果的に(effectively)」という言葉は、誰にとっても同じ意味ではない。一部の人々にとって、最も効果的な情報伝達とは、気候変動に対する関心を最も高め、人々に行動を起こすよう説得するのに最適なものである。このことは、状況に対する最善の理解を最も効果的に伝えるという目標とは矛盾するかもしれない(例えば、スティーブン・シュナイダー氏は、気候変動に関する情報伝達において、「効果的(effective)」であることと本質的であることの相反関係を強調している)。

結局のところ、平均値の小さな変化が極値の大きな変化を意味するとは限らない。その理由を知るには、「どのくらいの確率で増えそうか(how much more likely)」ではなく、「どのくらい増えそうか(how much more)」と問えばいい。インド・パキスタンの熱波について「30倍の発生頻度である可能性がある」という結果をもたらした同じ論文では、気候変動が産業革命以前の気候よりも熱波を1℃だけ高くしたと結論づけている。その一方で、この地域の平均的な温暖化は1℃をわずかに上回っているため、この場合、平均値の小さな変化は、異常気象の変化をむしろ小さくしていることになる。これはよくあることであり、稀なことではない。IPCCのまとめでも、陸地においては、一年を通して平均した気温は、その年の最も暑い気温よりも、より速く温暖化している、となっている(IPCC AR6 Ch 11)。

「どれだけ起こりやすいか」(how much more likely)という枠組みや、気候変動が異常気象に与える影響をやたらと誇張することは、人々を混乱させるだけである。このことを明らかにするためにもう少し掘り下げてみよう。

すべての熱波は、大気中の特定の条件が重なった結果である。多くの場合、暖かい空気がその地域に移動してきていて、晴天が続き、下降気流によって地表付近に熱が閉じ込められている。このような状況は、気候変動の有無にかかわらず発生し、その発生頻度は長期的には必ずしも変化しない(ただし、これは今まさに活発化している研究分野である)。

30倍起こりやすい」という考え方は、熱波を引き起こす気象パターンが30倍頻繁に起こっていると誤解させる。しかし実際には、その頻度はほとんど変わっていない、 以前より1℃気温が高い条件下で起こっている、それだけなのだ。

実際、「30倍の可能性」という数字は、奇妙な理屈の産物である。熱波が来ると、研究者は、熱波の可能性(how much more likely)を評価する前に、何をもって熱波とするかを定義しなければならない。実際には、観測された気温と同じか、それよりも暑い場合のみに熱波としてカウントされる、と定義することになる。この定義があれば、研究者は、気候変動によってこのような熱波がどの程度発生しやすくなったかを定量化することができる。「熱波」とは、ある気温の閾値を超えることを指す。しかしこの定義だと、奇妙なことに、閾値より僅かだけ低い熱波は、存在しないことになる。この定義では、閾値よりも1度低い熱波は熱波ではないことになるのだ。

例えて言うなら、バスケットボール選手の平均垂直跳びが25インチだとしよう。もっと高く跳ぶこともあれば、低く跳ぶこともある。ごく稀に、例えば100回に1回、28インチも高く跳ぶことがある(ここでのジャンプは熱波に似ている)。ここで、彼らが新しい靴を履き始め、その靴がすべてのジャンプを1インチ上げると想像してみよう(これは背景となる気候温暖化がすべての気温を暖めるのと似ている)。この靴を履いたからといってジャンプが増えるわけではないが、靴を履くことによって、ジャンプしたときに100回に1回ではなく、10回に1回の割合で28インチ以上に達することになる、というわけだ。しかし、これは誤解を招く表現だ。靴が原因で選手のジャンプが大きくなったように見えてしまうからだ。靴会社のマーケティング担当者であれば、「靴がすべてのジャンプを1インチ増加させる」(ただし、大ジャンプの頻度は増えない)と単に述べるよりも、「10倍の増加」を報告する方が、「靴の影響を定量化する明確な方法である」と主張するかもしれない。だがこれは欺瞞だ。

このような宣伝が欺瞞ではない例外的な場合もあるかもしれない。それは28インチのジャンプが特に意味のある閾値である場合だ。例えば、バスケットボールをダンクシュートするために、少なくともその高さまでジャンプする必要があるといった場合である。このように、ある気温の値が大きな影響を与える閾値と関連している場合、その閾値を突破するリスクの発生が「どれくらい頻度が高いか(how much more likely)」を定量化することは関連性がある。

しかし、意味のある閾値が議論されていない場合であれば、ほとんどの場合、「可能性はどのくらい高いか(how much more likely?)」ではなく、「どのくらい高いか(how much more?)」と問う方がより明確である。バスケットボール選手の場合、新しいシューズがジャンプを1インチ高くしたのであり、2022年のインド/パキスタンの熱波の場合、気候変動によって気温が1℃高くなっていたのである。

これが科学を伝える最も効果的な方法である。そして、政治的行動の動機付けになるような代替案よりも、私たちに科学を伝える最善な方法の方が、優先されるべきなのである。