世界中でイノベーションの重要性が叫ばれている。だが、技術進歩だけでは実現できない点に留意すべきだ。社会の制度・組織も同期的(シンクロナイズド)に進歩し、技術を内包する形に進化する必要があるのだ。
これに関し6月の欧州出張中に次のような話をした。技術開発の初期段階では開発チームの編成が重要だ。しかもチーム編成は組織内部の動きであるため、部外者が詳細を知る事は難しい。そして成功例だけ後年になって初めて公表される。例えばソニーのセンサー技術は『ソニー半導体の奇跡』という書籍によって詳細が明かされた。他方、失敗例は忘却の世界へ葬られる危険性が高い。
続けて開発の成否が分かるレーダーの歴史について語った。初期的技術開発は1904年にドイツで初成功したが、船舶会社が採用しなかった。もし当時採用されていれば「タイタニック号」は氷山を早期発見できたであろうと言われた。
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日本のレーダーは残念ながら第二次世界大戦時、十分活用されなかった。だが敗戦直後の食料不足対策に南氷洋での捕鯨を開始した際、氷山の早期発見のため捕鯨船に帝国海軍のレーダーがGHQの許可を得て装備された。このように国家や組織が革新的技術を受け入れなければイノベーションは実現できない。
レーダーに関し興味深いのは、日米英独の技術者の能力に関する限り、戦前、ほぼ同水準だった点だ。結果に大差がついたのは制度と組織の問題だった。
研究開発組織が自由に動くには国や業界が積極的に協力する必要がある。残念な事に日本は国が阻害要因だった。軍部は技術者の意見を重視せず、陸海軍が対立した。他方、英国では空軍のダウディング将軍や空軍省科学研究所が技術者の意見を尊重した。そしてチャーチル首相は夫人のテニス友達でオックスフォード大学の物理学者リンデマンを技術顧問に迎え、英国の脆弱な工業力ではドイツに対抗不能と判断し、米国の工業力を利用する事を決断した。その結果、米英のレーダー技術協力がMITの研究所を拠点として長足の技術進歩を実現させた。
ドイツも工業力に関する限り優れていたが、開発計画はヒトラーや軍が一方的に指示を出し、技術者からのフィードバックによる技術進歩は不可能だった。
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国家制度の差に加え、研究組織の差がイノベーションを大きく左右する。優れた技術者だけでは技術開発は望めない。研究組織にはリーダーが必要なのだ。日本には八木アンテナで有名な八木秀次博士をはじめ優れた技術者がいたが、日本の国家制度と組織の下では、技術者を統率するリーダーが残念ながら活躍できなかった。他方、英国にはインペリアル・カレッジ学長で防空科学調査委員会議長のティザードが、また米国にはMIT副学長で国防研究委員会議長のブッシュがいた。かくして英米両国の制度と組織が、技術者の能力を引き出す主要因として作用したのだ。
これに関しハーバード大学行政大学院(HKS)が発表した論文(「21世紀の米国経済を築く」)が興味深い。同論文は、21世紀のために人材、資金、そして組織と制度の再考を提言している。日本も国情に合わせて制度と組織を再編する時を迎えているのだ。