メディア掲載  エネルギー・環境  2024.08.28

IPCCの脱炭素シナリオは実現不可能で不公平

ベースラインシナリオは石炭が増え過ぎ

NPO法人 国際環境経済研究所IEEI2024814日)に掲載

エネルギー・環境
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア「Climate Policy Rethink Three new papers tell us that we need to immediately reconsider climate targets, equity, and scenarios」を許可を得て邦訳したものである。


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心配ご無用! 私の統合評価モデルによれば、反対側に着地可能である。


先週、3つの新しい分析が発表されたが、これらは気候政策シナリオの見直しに大いに役立つものである。以下がその内容である:

これら3つの論文は次のように語っている:

  • パリ協定の目標は実現不可能であるため、気候政策の目標とスケジュールを見直す必要がある。
  • グローバルな視点での公平性は、排出削減と同等(あるいはそれ以上)の優先順位で検討される必要がある。
  • 気候政策の指針となるシナリオは、石炭エネルギーの拡大に偏っており、多くの点で誤解を招くものである。とりわけ、比較的低いコストで達成できる目標から目をそらせてしまっている。

それぞれを詳しく見ていくとしよう。

スミルは、私たちが京都議定書から2050年までの中間点を過ぎていることを指摘した上で、これまでの気候政策の成果を次のようにまとめている:

世界的なエネルギー大転換の道半ばで、私たちがなし得たのは、世界の一次エネルギー消費に占める化石燃料の割合のわずかな低下にすぎない。すなわち世界の一次エネルギー消費に占める化石燃料の割合が、1997年の86%近くから2022年には82%程度まで相対的に減少しているという程度のことでしかない。しかも、このわずかな相対的後退は、実は化石燃料燃焼の大幅な絶対的増加を伴っている。2022年には、化石燃料によるエネルギー消費量は、1997年よりも55%近く増加しているのである。

詳細については割愛するが、ここはスミルの本領発揮といったところだろうか、こう締めくくっている:

世界的な二酸化炭素排出量のピーク(または頭打ち)にまだ到達していないという事実と、脱炭素化のためのいくつかの重要な技術的解決策(大規模な電力貯蔵から大規模な水素利用まで)が必然的にゆっくりとした進展にとどまることを考慮すると、2050年までに世界がカーボンフリーになることは期待できない。つまり、目標設定としては望ましいかもしれないが、非現実的であることに変わりはないのである。

 

スミルはまた、「(訳注:化石燃料の利用という)最初の壮大なエネルギー転換でさえ、それが始まってから2世紀以上経った今もなお完了していない。世界のエネルギー消費は依然として、深刻な貧富の格差がある状態にある」と、正しく、否定しがたい見解を示している。

次に、先週発表されたテジャル・カニトカーらによる画期的な論文2) が示すところによれば、IPCCにおける気候変動政策の「成功」シナリオ全体において、提案されているエネルギー転換では、次のように世界的な経済格差が拡大する、という(訳注:下図中で、右軸は所得水準。1.5℃ないし2℃目標を達成する全てのシナリオにおいて、2020年から2050年に向けて全ての地域で所得が上昇するが、経済格差は拡大する)。

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出典:Kanitkar et al. 2024.


カニトカーらは、IPCCのモデリングチーム3)はすべて、モデルが豊かになる(あるいは豊かになるはずである)と予測する地域に立地している点に違和感を覚えるとして、次のように述べている。

シナリオ、シナリオのカテゴリー、あるいはあらゆる主要変数に関わらず、どの予測も、おしなべて不公平な結果になっている。これは深刻な懸念を引き起こす。特に、この結果が気候政策のインプットとして直接利用されるのだから、事は重大だ。
IPCC6次評価報告書で最終的に評価されるシナリオの大部分は、北半球を拠点とするモデリングチームによって提出されたものである。これは、シナリオが公平性を欠く決定的な原因ではないかもしれないが、公平性の欠如が蔓延していることは、南半球からの視点がないなど、モデル構築コミュニティにおける多様性の欠如や、モデル結果がIPCCによって評価され報告されるプロセスの透明性について、深刻な疑問を投げかけている。

公平な未来のシナリオを検討しなかったという問題は、IPCCだけに留まらない。

例えば、スミルは、ノルウェーのDNVグループが発表したエネルギー転換に関する見通し(Energy Transition Outlook)2023年版を取り上げている。このシナリオは、2050年までの世界のエネルギー需給について、ネット・ゼロの予測に比べると「現実的な」予測となっている。化石燃料は2050年までに世界の総エネルギー消費の48%まで減少し(下図参照)、 また、2100年までの世界の気温上昇は2.2℃になると予測している。これは、パリ協定の目標値2.0℃をわずかに上回るものだ。このシナリオは、実現可能性がある気候シナリオに関する私たちの分析結果と一致している。

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出典:DNV 2023


それでもなお、DNVはその予測が「公平さと実現可能性を天秤にかけている」と認めている。つまりその予測における大幅な CO2排出削減は「公正な転換という概念と矛盾している」と記している。スミルが言う2050年までの 「現実的な 」予測でさえ、世界の大半の人々を置き去りにしているのである。

先週発表されたミンクスらによるもうひとつの重要な論文は、IPCCのシナリオは、「気候変動政策がそれを止めない限り、石炭エネルギーは拡大し続ける」という見方に偏っている、としている。「驚くべきことに、気候政策と切り離した形で石炭消費量の減少を見込んでいるSSPシナリオは存在しない。我々は今、このシナリオの偏りは、間違いだったことに気づいた。」

「石炭拡大」に関する偏った見方は、ジャスティン・リッチー(Justin Ritchie)がいくつかの代表的な論文で初めて明らかにしたものであり、新しい研究の著者たちは、リッチーの先見の明を正しく評価している。彼らはまた、IPCCがリッチーの(今ではすっかり 「古い」ものになってしまったが)研究を追跡調査していないことに驚きを示して次ように述べている:

長期的な排出削減シナリオにおいて、石炭の段階的廃止に関する動力学(ダイナミクス)に関するエビデンスが、IPCCの報告書で包括的に評価されていないことは驚くべきことである。そして、このダイナミクスについての研究は、いくつかの古いものがあるだけだ(Ritchie and Dowlatabadi 2017a, 2017b)。


気候政策に最も影響力のあるモデルの根底にある、石炭拡大への偏りは、見逃せないくらい重要である。というのも、石炭を段階的に削減することは、脱炭素化に向けて踏み出すべき最も重要な一歩だからである。とはいえ実際には、それどころではないのが現状だ。石炭を段階的に廃止することの重要性については、このコラム(THB)でもたびたび取り上げてきた。coal exit treatycoal to nuclear、そしてlow hanging fruitといったわたしが寄稿した各記事を参照されたい。(訳注:大気汚染、天然ガスとの競合、原子力との競合などの理由で、石炭だけが一方的に拡大する傾向にはないことをこれら記事で論じている)。

ミンクスらは、石炭拡大への偏りがあることに注目すると、IPCCのシナリオに比較して、石炭の段階的廃止によるCO2削減について楽観的になれる、としている:

我々のシナリオは、パリ協定に準拠した緩和シナリオにおける、石炭燃料からの転換のコストを過大評価しているのではないか。もとより、ベースラインの石炭消費量と、政策シナリオの緩和コストには相関関係がある。そしてベースラインの石炭消費量が多いとする仮定を置いているために、緩和コストが増加してしまっている。実際のところ、ベースラインの大半は、過去の長期トレンドから予想されるよりも、はるかに石炭消費が拡大している。


以上、スミル、カニトカー、ミンクスらの分析は、特に気候政策シナリオの基本を見直す必要があることを示唆しており、非常に重大な意味を持つ:

  • CO2排出量の数値目標と達成時期は見直す必要がある。実現不可能だからだ。それら目標こそは、具体的な政策の分析や実施の焦点となる、実現可能なものでなければならない。数値目標は、よく使われるモデルやスプレッドシート上では容易に達成可能であったとしても、(あるいは技術的に想像可能であったとしても)意味をなさない。
  • 気候シナリオや予測において、世界的な公平性を真剣に考慮する必要がある。現実には、マイク・ハルムが書いているように、世界人口全体にとって、「5度(あるいは2度)を超えるいくつかの未来像は、これらの温暖化閾値を超えない他の未来よりも望ましいのだから。
  • 気候政策の代替案とその評価は、より幅広いモデル、手法、仮定、専門家に頼る必要がある。多様な見方を受けることで、近視眼的な考えや、間違いに囚われることがなくなる。これまで気候研究、評価、政策はごく少数の人々が支配してきたが、そこから解き放つべきだ。


スミルは彼の論文の中で、化石燃料消費の 「奇跡的な 」削減を見込むモデラーの予測に惑わされないよう警告し、より「責任ある分析」が必要だとして、次のように促している:


希望的観測(wishful thinking)」をすることで「希望的(aspirational)な目標」を提示するといった研究は許されるべきではない。責任ある分析とは、既存のエネルギー、物質、工学、経営、経済、政治的現実を正しく認識しなければならない。これらの資源を公平に評価すれば、2050年までに世界のエネルギーシステムがすべての化石炭素を排除できる可能性は極めて低いことがわかる。賢明な政策とその精力的な推進が、その実際の解離の程度を決定するだろうが、それは60%か65%程度といった大きなものになるかもしれない。このような現実を認識する人はますます増えている。そしてモデル研究者にとっては曲芸的な「奇跡的に排出が削減される脱炭素化シナリオ」という、絶え間ない流言に振り回される人は、今では少なくなっている。


スミルは最後に、気候政策と政策分析におけるプラグマティズム(現実主義)の必要性を訴えている:

奇跡に近い明日を信じる気持ちは決して消えない。現在でも、2030年までに世界は風力と太陽光発電だけに頼ることができると主張する声明を読むことができる(Global100REStrategyGroup2023年)。そして、(飛行機から鉄鋼製錬まで)すべてのエネルギー需要は、安価なグリーン水素や手頃な価格の核融合で賄えるという主張が繰り返されている。しかし現実味のない主張で紙面やスクリーンを埋め尽くすだけで、いったい何の意味があるのだろうか?それよりも私たちは、私たちの技術的能力、物質的供給、経済的可能性、社会的必要性を考慮した現実的な未来図を描き、それを達成するための現実的な方法を考案することに力を注ぐべきである。非現実的な目標や非現実的なビジョンに固執して失敗を繰り返すよりは、はるかに良い目標と言えるだろう。


その通りである。


1)センバレストのレポートについては、今週末に詳しくお伝えする予定である。
22022年、私はカニトカーらの査読前プレプリント論文を、その年に読んだ最も重要な気候論文と位置づけた。 この論文は、私が今年読んだ論文の中で最も注目すべきものである
3)私は彼らを「IPCCモデリングチーム」と呼んでいる。テジャル・カニトカーがX/Twitterで以下の様に述べている。「もしモデラーたちが、IAMのモデラーたちとIPCCの執筆者たちが交わる 「委員会 」から依頼されたことに基づいてシナリオを作成し採用しているのだとしたら、IPCCは、自分たちが評価するシナリオとは距離を置いているという立場を再考するべきであろう。」詳しい考察についてはPielke and Ritchie 2021を参照のこと。