メディア掲載  国際交流  2024.08.27

日米の同志国連携重視:排除の論理が招いた世界の分断

法治の限界を超える徳治に基づく世界秩序の安定化を目指そう

JBpress2024819日)に掲載

国際政治・外交

1.日米首脳の外交協力が招いた世界分断

721日、米国のジョー・バイデン大統領が大統領選挙からの撤退を表明した。それから1カ月も経たない814日、岸田文雄首相が9月の自民党総裁選不出馬を表明した。

4月の岸田首相訪米時に日米関係がかつてないほど強固な関係にあることを強調した2人が似たような形で政治の表舞台から相次いで降りることになった。

2人のリーダーの共通点は民主主義、法の支配を強調したことだった。そのために同志国の結束を呼び掛けた。

確かに日米両国の外交面での結束は強まったように見える。

しかし、欧州諸国を含めた民主主義国全体の結束が強まったという評価は西側諸国の有識者との面談であまり聞いたことがない。

トランプ政権時代に一度失われた米欧間の信頼関係を元のレベルにまで回復させることが難しかったためである。

バイデン大統領は、内政面では民主党と共和党の対立が激化して分裂した米国社会を再び1つに結束させることを選挙公約に掲げたが、その目標を果たすことができなかった。

今も民主党と共和党はほとんどの内政課題において互いに批判し合い、建設的な議論の機会が乏しく、米社会は深刻な党派分裂に苦しんでいる。

バイデン政権は、外交面ではイデオロギー対立を強調し、民主主義国VS専制主義国の対立図式の中で同志国の結束を呼び掛けた。

米国内の党派対立の図式を国際社会に適用したように見える。岸田政権はそれを強く支持し、日米フィリピンの協力、日本とAUKUS(米英豪3か国軍事同盟)との協力検討など安全保障面での日米協力を強化した。

しかし、同志国の結束強化は同志国ではない国家の排除を意味する。

その結果として経済安保面における日米と中国の対立激化などグローバル社会の分裂は深まった。

2.グローバル社会の分断を防ぐ経済面の動き

バイデン政権が主導するイデオロギー対立を軸とするデカップリング、言い換えれば経済のブロック化の推進により、グローバル経済での自由貿易や自由な投資・技術協力の円滑な推進が難しくなっている。

この間、EUは米国政府が掲げるデカップリングに反対してデリスキングの基本方針を掲げ、中国との経済的なパートナーシップ関係を重視する姿勢を示している。

岸田政権はデカップリングを明確に支持はしないが、米国寄りの経済安保政策を通じて中国に対する強硬姿勢を示し、米国と協調した。

経済外交面では西側諸国間の温度差が目立つ状況下、すでに不可逆的に進行した経済のグローバル化が経済ブロック化に対する防波堤の役割を担っているため、経済活動の分断はそれほど進んでいないように見える。

そこにもう一つ、意図せざる防波堤要因が加わっている。

中国経済は2021年末頃を境に高度成長時代が終わり、2030年代の安定成長時代へのソフトランディングに向けて長く厳しい、不安定な移行局面に入っている。

1991年以降30年以上にわたって順調な高度経済成長が続いていたため、ほとんどの企業経営者は長期の景気低迷を経験したことがない。

未体験の不透明な収益見通しの中で、大半の経営者は自信を喪失している。将来収入の見通しが不透明な消費者も同様である。

この状況下で中国政府が経済立て直しの下支えとして期待をかけているのは外資企業による対中投資である。

中国各地の地方政府は地域経済活性化のために外資企業誘致にかつてないほど積極的な姿勢を示している。

中国政府の米国およびEUに対する対外姿勢は、中国経済の状況によって左右されてきた。

中国国内の景況感が悪化していると対外融和方向に向かい、景況感が好転すると対外強硬姿勢を示す傾向が見られる(注)。

この相関関係を考慮すれば、今後しばらくは中国政府による積極的な外資企業誘致姿勢が続くことが予想される。

(注)詳細については20243JBpress掲載の拙稿「 国内景気が悪化すると中国は優しい国になる: 中国経済と外交との関係を検証」を参照。

外交面では自由貿易・投資・技術協力に対する逆風が吹いているが、企業にとって中国市場に代わる市場は世界のどこにもない。

米国に次ぐ世界第2位の経済規模で、IMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによれば、少なくとも今後数年は西側先進国の2倍以上の高い成長率が続く見通しである。

そこに地方政府の積極誘致姿勢が加われば、国際競争力の高い優良企業が中国市場での収益拡大のチャンスを狙い続けるのは必然的な帰結である。

EU、日本政府は外交面では中国に対して厳しい姿勢だが、経済的には中国との関係を重視しているため、欧州、特にドイツ企業、および日本企業は対中投資に積極的な企業が多い。

対中デカップリングを目指す米国政権の強い圧力の下にある米国企業でさえ、中国ビジネスに対する積極姿勢を変えない企業が多いのが実情である。

外交面の対中強硬姿勢を西側メディアが支持しているため、西側諸国の国民感情は対中強硬姿勢に傾いている。

このため、対中投資に積極的な企業は、メディアへの露出を抑制しながら低姿勢でしたたかに中国ビジネスを展開している。

そのおかげで世界経済は分断を回避し、安定を保持している。

3.日本の立ち位置

人によっては国民が貧乏になってもイデオロギー対立を重視する方が大切だと考えるかもしれない。

しかし、世界の平和を願うのであれば、その前提として経済の持続的繁栄が必要である。戦後の米国はそれを重視して世界経済をリードしてきた。

ただし、米国政府は自国の一極覇権の安定確保を最重視するのが常である。

1980年代から90年代にかけて、日本が米国の経済的覇権を脅かす存在となった時、米国政府は同盟国の日本に対しても情け容赦のない、国際的なルールを無視した一方的圧力により日本の経済発展を阻止した。

その結果として日本の経済発展が止まり、米国にとっての脅威でなくなったからこそ現在の日米間の緊密関係が成立している。

中国がかつての日本に代わって米国の覇権を脅かす存在となった現在、米国は日本を仲間に引き入れて中国の経済発展を阻止しようとしている。

198090年代に日本政府が米国政府の理不尽な政策措置によって苦しめられた記録は政府の公式文書に明記されている。

それを読めば、岸田政権がバイデン政権とともに中国を排除する同志国の結束強化一辺倒に傾いた姿勢に違和感を抱く人は少なくないはずである。

日本が米国と肩を組んで世界の平和をリードする役割を担うのであれば、世界経済の持続的発展に貢献する道を進むべきである。

そのためにはグローバル社会の分断を避け、自由貿易、自由な投資・技術協力を推進すべきである。

グローバル社会の分断の抑制にあまり熱心ではなかった2人のリーダーが相次いで交替する局面を迎え、次のリーダーにはグローバル社会の相互理解、協調発展に向けて新たな一歩を踏み出すことを期待したい。

4.世界平和を促すグローバルガバナンスの基本理念は「徳治」

現在の国際秩序形成の前提は国家間の合意形成に基づくルールベースのガバナンスである。言い換えれば法治に基づく統治である。

法治の本質的問題は、統治者の権限を抑制する仕組みが存在しなければ、統治者が権限をほしいままに行使し、法制度に従うことを強制される弱者が統治者の圧政に服従させられることにある。

西側諸国の国内政治は法治に基づいているが、三権分立の法制度などにより国政のトップリーダーである大統領や首相の権限が抑制される仕組みが組み込まれている。

しかし、グローバルガバナンスについては強国の権限を抑制する有効な仕組みが存在しない。

国連の安全保障理事会常任理事国は約80年前の戦勝国である米英仏中露の5カ国が今も特権を行使する。

しかも5カ国は米英仏と中露の両陣営に分裂し、建設的な議論を通じた合意形成に基づく合理的な政策運営協力が難しい状況が続いている。

G20WTO(世界貿易機関)、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)など、世界秩序形成の重要な土台を形成する組織はいずれも同様の問題に直面している。

法治が健全に機能するために必要なリーダー国の権限を抑制する仕組みがないため、最後は圧倒的な政治・経済力を持つ米国、EU、中国が恣意的に権限を行使する状況が続いている。

この問題の本質を中江藤樹は「翁問答」の中で以下の通り指摘した。

“「徳治は先我が心を正しくして、人の心を正しくするものなり。(中略)法治は我が心は正しからずして、人の心を正しくせんとするものなり」”


(筆者解釈:徳治はまずリーダー自身が自分の心を正しくして、その上で人の心の正しさを求めるものである。法治とは、リーダー自身は自分の心を正しくすることなく、人の心を正しくしようとするものである)

各国の有識者とグローバルガバナンスに関して意見交換をしていると、法治の限界は共通認識となっている。

それに代わって徳治が機能すれば望ましいが、その理念を実現する社会基盤がないのが現実である。

徳治による統治のベースは明文化された詳細なルールではなく、利他的な共通目標の達成に向けた各自の自発的努力である。

大前提として社会が直面する問題の解決は自分の幸せにつながるという自他非分離の発想が共有されていることが必要である。

これは国家ベースでは意識することが難しいが、地域の共助コミュニティーにおいては十分意識され共有されているケースが多い。

最近は、元サッカー日本代表監督の岡田武史学園長が設立したFC今治高校に代表されるように、共助コミュニティーにおける利他的貢献を意識づける教育の動きも広がりつつある。

同様の動きは、社会や学校で行き詰った子供たちを支援する長野市の「学び舎めぶき」などでも見られる。その主役は国家ではなく「民(non-state actors)」である。

インターネット、SNS等最近のコミュニケーション技術を通じれば、そうした発想は国境を越えて共有されやすい環境が整ってきている。

こうした共助コミュニティーの国際連携を一つのベースとして利他の理念に基づく統治の重要性に対する認識が深まっていけば、徳治の基盤が世界に広がっていく。

いまはまだ徳治によるグローバルガバナンスの基盤がないが、利他を重視する人間を育てる教育を長期的に積み重ねて世界各国に拡大していくことができれば、法治と徳治のハイブリッド型グローバルガバナンスの基盤形成につながる。

徳治に基づくガバナンス実現に向けて責任感を共有するリーダーが国境を越えて連携しながら長期に努力を継続すれば、新たなグローバルガバナンスが世界の平和の土台となる時代が必ず来る。