「ブラックアウト・ニュース」はドイツの匿名の技術者たちがドイツの脱炭素政策である「エネルギーヴェンデ(転換)」を経済自滅的であるとして批判しているニュースレター(ドイツ語、一部英語、無料)だ。
そのブラックアウト・ニュースに、新しく選出された米国共和党の副大統領候補であるバンス氏がドイツのエネルギー政策を批判している、との記事が出た。
「馬鹿げたグリーンエネルギー政策」:トランプ大統領のヴァンス副大統領がドイツの方針を非難
情報源になっている記事はドイツのニュースサイトMerkur.de(ドイツ語)
で、過去のヴァンスの発言として、以下のようなことが引用してある:
- ヴァンスはドイツの安全保障政策とエネルギー政策に懐疑的だ。
- ヴァンスは、ドイツ、そしてドイツが主導するEUは、安全保障への投資が少なすぎると批判した。
- 2023年3月、ヴァンスはXでウクライナ戦争におけるドイツの振る舞いを「恥ずべきもの」と呼んだ。ヴァンスは、ドイツの約束はすべて「たわごとになった」のだから、「多くの共和党員がこれに付き合っているのは有権者に対する侮辱だ」と述べた。ヴァンスは、なぜ「ドイツの馬鹿げたエネルギー政策と脆弱な防衛政策のせいでアメリカの納税者が資金提供する」のか理解できない、とした。
- ヴァンスは “馬鹿げたグリーンエネルギー政策の名の下に「反工業化(de-industrization、産業空洞化のこと)」を進めるドイツの政策は誤りだとしている。昨年2月のミュンヘン安全保障会議で、彼はドイツのエネルギー政策を批判して、”プーチンを何としても倒さなければならないのなら、ドイツの友人たちよ、(馬鹿げたグリーンエネルギー政策の名の下に)自国を非工業化するのはやめなさい、と呼び掛けた”。
引用元となっている情報源のうち、2月のミュンヘン安全保障会議での発言は公式ホームページで公開されている(英語、動画およびディクテーション)。
SENATOR VANCE DELIVERS A “WAKE UP CALL” TO MUNICH SECURITY CONFERENCE
ここで安全保障に関してヴァンスが言っていることは、NATOがウクライナ支援をすると言っても、ウクライナで不足しているのは弾丸(munition、ミサイルやロケット砲なども含む)と兵員であって、NATOにはそれを提供する能力がない、ということだ。最後の3つのパラグラフを訳出しよう:
ロシアよりも我々のGDPの方がいかに大きいかという自己満足の声を多く聞く。そう、私たちは平均的なロシア国民よりも良い生活をしている。それは確かに祝うべきことであり誇るべきことだ。しかし、GDPやユーロやドルでは戦争に勝てない。戦争に勝つのは武器であり、西側諸国は十分な武器を作っていない。
私はドイツが大好きで、ドイツを非難するつもりはない。・・・ドイツは、おそらくNATOの中で、70年代、80年代、90年代に愚かなワシントン・コンセンサスに従わず、自国の反工業化を許さなかった唯一の国だ。それなのに、プーチンがますます強大になり、ロシア軍がウクライナに侵攻しているまさにその時に、ドイツは反工業化の最中にある。
ドイツの製造業で働く人の数を10年前と比べてほしい。ドイツで生産される重要な原材料の現在と10年前を比較してほしい。現在と10年前、20年前のエネルギー対外依存を比べてほしい。我々は反工業化を止めなければならない。我々は欧州の成功を望んでいるが、欧州は自国の安全保障においてより大きな役割を果たさなければならない。産業なくしてそれはできない。
ヴァンスのベストセラー「ヒルビリー・エレジー」を読むと、この発言の背景がよく分かる。ヴァンスの育った町は、かつては米国の自動車用の鋼板を製造する製鉄工場で繁栄していたが、グローバリゼーションによって工場が喪われてからは、荒廃し、有能な人々は町を出てしまい、残された人々は麻薬やアルコール依存となり、家庭は崩壊した。ヴァンス自身もその中で退廃的な学生時代を送っていたが、祖父母の愛情のおかげでかろうじて救われたという。工場が町にあるということが、どれだけ大事なことか、そこにはヴァンスの万感の思いがこもっている。
なお、その製鉄工場を買収したのは日本企業であったが、それは必要な救済措置であったとしている。日本に対して悪感情は抱いていなかったようだ。ヴァンスは、退廃の理由は米国自身にあった、とこの著書で繰り返し書いている。
さて、日本もドイツと同様、防衛については米国に依存している一方で、脱炭素については巨額の資金を投じていて、その影響で産業の空洞化が進んでいる。ヴァンスの眼には、日本もドイツと同様に映るのではないだろうか?