メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.07.29

気候変動で「溶けている」とされるアラスカの氷河、見に行ったらそこは石油王国だった

石油、天然ガス…化石燃料で成り立つアラスカ経済の現実

JBpress2024721日)に掲載

エネルギー・環境

暑い夏に涼しい話題をひとつ。

「気候危機」のテレビ報道でお決まりのシーンは、氷河が割れて海にドーンと崩れていく映像だ。私は気候変動関連の研究を30年もやってきたが、恥ずかしながらナマで見たことがなかったので、はるばるアラスカまで行ってきた。

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アラスカの氷河をクルーズ船から見る。高さは5階建てのビルぐらいか。手前に浮いているのは崩れた氷の破片。
筆者撮影(以下の写真も)


実際のところ、氷河が崩れ落ちるのは、氷河が「川」のように流れているからであって、気候変動とは何の関係もない。

すなわち氷河とは雪が積もり、自らの重みで押しつぶされて氷となったものが、その自重で流れ落ちているものだ。それが海や川などの岸まで達すると、割れ目が入り、やがて後続の氷に押されて崩落する。

なお川のように流れているといっても、1日に動く距離はわずかなので、目に見えて流れているわけではない。それでも、耳を澄ませていると、遠くから「ビシッ」「バリッ」といった音が散発的に聞こえてくる。氷が割れたり、崩れたりする音だ。

そして時には、見えるところで氷が崩れ落ちる。とは言っても、筆者が見ることができたのは子供が土手遊びで起こすぐらいのごく小規模な崩落であった。テレビで見るような大規模な崩落は、おそらくそう簡単に遭遇はできないのだろう。テレビではスタッフが長時間滞在して撮影し、見せ場だけを見せるから、ドラマチックな映像が放映される。けれども私は全く見ることはなかった。

それでも、少しでも崩落があると、観光客は大騒ぎして喜んでいた。

このクルーズでは野生動物を見ることもできる。

ガイドの説明にも気候変動問題の党派対立の影

ラッコやアシカの群れ、米国の国鳥であるハクトウワシ、カモメの大群集などである。そして一番人気は何と言ってもクジラである。

「クジラがいます!」とアナウンスがあると、それまで座っておしゃべりしていた人々が、カメラをつかんで一斉に大急ぎで甲板に出てゆく。

クジラを見るといっても、これまたテレビで見るようなジャンプとかを見ることはなかった。呼吸のときに噴き上げている海水が見え、呼吸の時に背中が見え、潜水の前にしっぽが見えるという具合で、クジラを丸ごと見ることは無い。けれどもこれまたみな大喜びで歓声を上げ、一生懸命写真を撮って大いに盛り上がっていた。

移動中はバスも電車もクルーズも、ひっきりなしにガイドが話をしてくれる。それも録音などではなく生放送だ。

気候変動について何か言うかなと思っていたが、ほとんど触れることはない。ただ一度、クルーズの途中に国立公園職員のネイチャーガイドが「気候が変化して、氷河が後退しています」「あまり政治的になりたくありませんが、この素晴らしい自然を見て、どのようなことができるか、帰ってから考えてみてください」とやんわり言った程度だった。

この「政治的になりたくありませんが」という前置きがあったのは、米国の事情をよく表していると思った。気候変動問題は、米国では、国を分断する党派問題の一つなのだ。

民主党は気候危機説を唱え、共和党は気候危機というのは大袈裟だと考えている。お客さんは全米から来ているので、おそらくどちらの党派の人もいるだろう。あまり気候変動と言い立てると、お客さんの半分を怒らせることになりかねないから、避けた方が賢明そうだ。

富裕層は個人所有のセスナ飛行艇で遊ぶ

実際のところ、北極圏の気温が上昇傾向にあるのは事実のようだが、それがどこまでCO2のせいかはよく分からない。後退している氷河もあるが、それもどこまでが人為的な温暖化のせいで、どこまでが自然変動なのかもよく分からない。

日本でいう縄文時代にはもっと北極圏は暖かく、氷河はもっと小さかったから、いまの状態が異常かというとそうでもない。このあたりの詳しい話は別のところで何回か書いたので、今回はパスして、旅の話を続けよう。

観光はアラスカの一大産業で、この時期になると、全米から飛行機で観光客がやってくる。そして氷河見物のクルーズ船に乗ったり、遊覧飛行をしたりする。遊覧飛行には6人乗り程度のセスナ機のほかに、セスナ飛行艇が使われる。

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セスナ飛行艇で、箱根芦ノ湖ほどのサイズの湖に着水。誰もおらず、湖を独り占め


これは通常のセスナ機の車輪の代わりに、ボートのような浮きが左右に着いていて、水上で離着陸するというものだ。私は見たことがなかったが、生まれて初めて乗ってみた。空に舞い上がると、広い平原の中に、浅い湖が無数に並んでいるのが見える。

これは氷河期に氷河が山を削り、その際に発生した大量の土砂が氷河期後に押し流されて堆積し、そこを無数の川が侵食して作った地形だ。これはスカンジナビアやカナダなどでもおなじ、北極圏でよく見られる風景である。

セスナ飛行艇があると、思い思いの場所に着水して、湖を独り占めできる。ある程度のお金持ちになると、個人でセスナ飛行艇を買い(8万ドル程度とのことだった)、湖に別荘を建てて、そこに遊びに行くという。アンカレジは世界最大級の「水上飛行場」があるとのことで、セスナ飛行艇が無数に並んでいた。

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セスナ飛行艇から見下ろすと、小さな湖が無数に見える。アラスカの典型的な風景


石油三昧の旅行となるアラスカ観光

というわけで、アラスカに観光に行く人々は、まず旅客機で飛んでいくのはもちろんのこと、到着後もクルーズから遊覧飛行まで、ことごとく石油のお世話になるのであった。

彼らは氷河や野生動物を見るのが大好きで、自然を愛する人々であるが、同時に、石油をふんだんに使って、こういう贅沢な旅行をする人たちでもある。私は別にそれを悪いとは思わないが、もしもこの人々が「化石燃料は悪だ」などと言ったら、言行不一致ということになる。

その石油といえば、じつは観光を上回るアラスカの主要産業である。

アラスカの北端から南端まで800マイル(1300キロメートル)もの石油パイプラインが伸びている。今回、そのパイプラインを見る機会はなかったが、パイプの現物のサンプルがアンカレジの博物館に置いてあった。

直径1メートル、厚さ2センチ程度の鋼板でできている。それを高さ2メートル程度の支柱で支持して敷設する。下に空間を作って野生動物の移動を妨げないようになっている。

石油採掘ブームによって、アンカレジをはじめとしてアラスカの人口は大幅に増加したという。そもそも、なぜこんな寒いところに都市ができたかというと、大きな理由は石油なのだ。いまでも石油は主要産業であるが、アラスカは天然ガスなどほかの鉱物資源も豊富に有しており、その生産によってアラスカ経済は成り立っている。

ということで、アラスカ観光とは、石油三昧の旅行であると判明した。そして人々は氷河や野生動物を見て大喜びで歓声を上げ、自然を満喫していた。氷河消滅とか野生動物絶滅とか気候危機といった話を聞くことはほとんどなく、それに心を痛めるという雰囲気も皆無だった。