米国の大統領選が佳境を迎える中、バイデン・トランプ両候補の陣営とも支持者向けアピールを狙って対中強硬策の過激さを競っている。
米国国内では反中感情が高まっており、中国に対する厳しい政策を理性的に抑えようとする人がほとんどいないため、強硬論がどんどんエスカレートしている。
一部の著名な中国専門家はこうした状況に対して警鐘を鳴らしているが、政策運営には反映されていないのが実情である。
バイデン政権は、米国の対中経済安保政策の基本方針を「small yard, high fence」と説明しているが、その範囲は拡大傾向にある。
バイデン政権が5月14日に発表(8月1日実施)した対中追加関税引き上げの中身を見ると、対象品目は半導体に加え、EV、太陽電池、鉄鋼・アルミニウム、バッテリー、重要鉱物、STSクレーン、医療製品など多岐にわたっている。
欧州の専門家はこの状況を揶揄して、米国の対中政策はすでにyard(庭)ではなく、park(公園)になっていると語っている。
こうした関税障壁の強化に加え、中国企業による米国での工場建設も許可が下りない。車載用リチウムイオン電池工場に関するフォードとCATLの技術提携すら依然として認められていない。
その一方、「インフレ削減法」によって半導体の内製化を推進している。台湾のTSMCは、その優遇策の巨額の補助金を利用してアリゾナ州で半導体工場を建設中である。
しかし、様々な問題に直面し、工場の建設時期は先送りされているほか、その投資を決定したTSMC本社の会長は本年6月に退任した。
事実上の更迭と見られている。
しかもその工場で生産される製品は中国・台湾製に比べて50%程度コスト高になるとの指摘がある。
これほど高いコストの製品を誰が買うのかとの問いに対する明確な答えはない。
一方、中国ビジネスを積極的に展開している自動車関連等の代表的ドイツ企業は米国型のデカップリングに反対している。
のみならず、EUが唱えているデリスキングにも反対姿勢だ。
彼らは自社の中国ビジネスに悪影響を及ぼす可能性のある政策に対して反対の立場を明確に表明する。
中国政府のEVに対する補助金が問題視され、制裁措置としての追加関税引き上げが6月12日に発表された。
中国政府は2022年末でEVメーカー向け補助金支給を打ち切っており、補助金の実態をきちんと分析して西側先進国の政策と比較するのは難しいのが実情である。
しかし、EUは政治判断で制裁発動に踏み切ったとEUの内部に詳しい専門家は語っている。
この制裁措置に対して、ドイツは反対し、フランスは賛成した。
フランス企業の中国ビジネスにおける立ち位置はドイツ企業とは大きく異なる。
フランス企業の中で中国ビジネスで成功しているのはごくわずかしかない。高級ブランド品(エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトン等)とボルドーとブルゴーニュの赤ワインに限られている。
同じ酒類でも、白ワイン、シャンパン、ブランデー等の販売は伸びていない由。こうした事情からフランスはドイツほど中国からの報復制裁を心配していない。
このように、中国国内市場におけるビジネス展開の状況は国によって大きく異なるが、中国企業によるEU域内向け直接投資を受け入れる姿勢は足並みが揃っている。
ドイツ、フランス、ハンガリーは中国企業の車載用電池工場建設を受け入れた。加えて、ハンガリーとスペインは中国企業のEV工場建設を発表した。
域内企業の業績や雇用にダメージを与える中国からの輸入増は抑制するが、域内企業への悪影響が比較的小さく、雇用創出や納税面で貢献が大きい場合には歓迎するというのがEU主要国の一致した対中姿勢である。
こうした状況下、かつて日本企業が貿易摩擦対策として米国で工場建設したように、中国企業はいま、EU域内で工場建設を増やしている。
EU周辺のトルコ、モロッコでも投資優遇策によって中国企業を積極的に誘致しているため、中国企業の工場建設の動きが広がっている。
中国からの輸出が現地生産へと置き換わっていけば、中国の輸出の伸びはやがて鈍化する。
これはまさに日本が辿ってきた道だ。
米国企業による中国国内市場での利益拡大や中国企業との協力は米国経済に多くの恩恵をもたらしている。
輸出面では、高い競争力をもつ米国企業は対中輸出の拡大を通じて業績を伸ばせる。そうした企業は今も対中ビジネスに対する積極姿勢を維持している。
輸入面では、高品質でリーズナブルな価格の中国製品の輸入を拡大すれば国内のインフレを抑制できるのみならず、貧富の格差に強い不満を持つ低所得者層にも恩恵をもたらす。
このため、経済面のみならず、政治面でも大きなメリットがある。
米国の巨大市場に対して、高い品質とリーズナブルな価格で大量に製品を安定供給できる能力において中国を上回る国はない。
このため、米国政府がこれほど厳しく輸入を制限しているにもかかわらず、本年1~6月の中国の対米輸出額(米ドル建て)は前年比-0.8%(人民元建てでは同+2.9%)とほぼ下げ止まっている。
(2023年通年はドル建て同-13.0%、人民元建て同-8.1%)
直接投資面では、中国企業の対米投資を受け入れれば、雇用創出、税収増加をもたらす。他方、米国企業の対中投資も米国企業にとって大きな利益を生み出す。
特に最近の中国市場は求められる製品の付加価値が上昇していることから、投資額も大きい。
このため、対中投資の金額も数千億円から数兆円に達するケースが増えつつあり、巨額の投資を実行できる豊かな資金力を持つ米国企業にとってチャンスが広がっている。
それでも米国は中国に対して厳しいデカップリング政策を実施している。このように米国とEUの間で中国に対する姿勢が大きく異なる原因は米国の対中戦略の特殊性にある。
米国は経済的なメリット以上に安全保障上の脅威を懸念している。
特に重視するのは覇権国家としての米国の地位を脅かす国に対する対応である。中国経済の発展は米国以外の国にとっては好ましいことであるが、米国にとっては脅威と映る。
かつて1980~90年代には日本が脅威とみなされ、貿易、投資、金融財政政策面で様々な理不尽な圧力を受けた。これは今の中国に重なることが多い。
当時の日本と現在の中国の大きな違いは、中国の国内市場の巨大さと開放性である。
日本の市場は閉鎖的で、日本経済が発展しても日本の製造業分野の製品輸入や直接投資受入れは伸びなかった。
一方、中国は世界各国から輸入も直接投資受入れも伸びているため、その魅力は非常に大きい。
米国が圧力をかけても、他国との貿易・投資関係は拡大している。米国企業でさえ中国との貿易・投資はあまり減らしていない。
米国企業自身が中国ビジネスで大きな利益を得ている点は以前の日本との関係とは異なっている。
日本の場合は安全保障面で米国に依存しているため、米国の影響力が極めて大きかった。
他方、中国は安全保障面で自立しているほか、米国以外の国々との経済関係も緊密であることから、米国1国からの圧力は以前の日本が受けたほど大きなインパクトはない。
こうした状況下、米国が対中圧力を強めても、米国以外の国がこれに追随しないため、中国経済は引き続き西側諸国に比べて高い成長率を維持している。
中国の貿易・投資面での開放度の高さは、米国が支援した中国のWTO(世界貿易機関)加盟が効いている。
米国では中国への関与政策が無意味だったと考えている政治家が多いが、他国はそう考えていない。
昨年のG7広島サミットの共同声明でも、関与政策は意味があったとの表現を盛り込んだ。
もしドナルド・トランプ候補が大統領選挙で勝って大統領に就任すれば、対中貿易・投資規制が大幅に強化されるとの見方が多い。
これに対して、米国企業がその規制内容に反発し、トランプ政権の政策を修正させるよう強力に働きかける可能性があると米国企業関係者は指摘する。
欧州も反発を強める。
先日、中国製EVに対する追加関税引き上げを実施したが、その追加関税対象の30%がテスラ社製造のEVだった。
これを知ったEU関係者は望外の喜びと受け止めた。
EUに友好的なバイデン政権の下でも米国政府の外国企業誘致促進のための補助金行政に対してEUは反発しているからだ。
EUとの対立姿勢を隠そうとしないトランプ政権になれば、EUと米国の間の溝は一段と深まる可能性が高い。
トランプ政権は日本に対して、関税引き上げ、米軍予算の肩代わり要求、対中デカップリング政策への同調等を強く要求することが予想されている。
そうなれば日本企業の中国ビジネスが深刻なダメージを受け、日本経済も大打撃を受ける。米国政府に追従しても米国市場は中国市場の代替はできない。
そうした将来を展望すると、現状のままでは日本の立ち場が苦しくなるのは明らかである。
現在の対米追従一辺倒の姿勢を修正し、2010年代後半の安倍政権のように米中間でのバランスを確保する外交姿勢に戻すことが望まれる。
EU主要国の政策運営はそのモデルになる。
米国内にはワシントンの議会関係者とは異なる意見のビジネスマンや学者も多い。しかし、そうした声は日本のメディアではほとんど紹介されていない。
米国内の異なる立場の意見やEU主要国の政策姿勢をより深く、多角的に理解することにより、日本の政策運営のバランスが改善されることを期待したい。