メディア掲載  外交・安全保障  2024.06.28

日韓防衛交流再開「レーダー」棚上げ疑問 協力は急務

産経新聞【明解説】2024622日付)に掲載

朝鮮半島

日韓両政府は61日の防衛相会談で、韓国海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題を巡る再発防止策に合意し、防衛交流の再開を決めた。法政大の伊藤弘太郎特任准教授は、日韓関係を重視してきた尹錫悦(ユンソンニョル)政権が、前政権時の主張を踏襲し、事実解明を棚上げしたことに疑問を呈する一方で、日韓は同盟国の米国や同志国とともにインド太平洋地域の安全保障協力を優先させる必要があったと指摘する。(聞き手 石川有紀)

日韓の防衛交流は1965年の国交正常化後、相互の大使館への武官の派遣から始まり、90年代以降、北朝鮮の脅威を背景に安全保障協力が本格化した。

◆対北の信頼崩れ

93年には北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明し、核開発疑惑が浮上。日韓の周辺海域では北朝鮮の不審船への対処が問題となり、2001年には、鹿児島県奄美大島沖で北朝鮮の工作船が海上保安庁の巡視船と銃撃戦になる事件も起きた。朝鮮半島を巡る緊張の高まりから、日韓は防衛首脳レベルの会談や実務者対話、部隊や艦艇、航空機の相互訪問など交流を続け、信頼関係を築いてきた。

日韓の安全保障対話と防衛交流の強化が明文化されたのは1998年、当時の小渕恵三首相と金大中(キムデジュン)大統領が発表した「日韓パートナーシップ宣言」だ。その翌年から、海上自衛隊と韓国海軍が捜索・救難共同訓練(SAREX)を定期的に実施し、艦艇や哨戒機も参加した。

ところが、2018年の韓国海軍艦艇による海上自衛隊機への火器管制レーダー照射問題では、遭難した北朝鮮の漁船を韓国海洋警察と韓国海軍の駆逐艦が捜索中だったところに、海自の哨戒機が接近したとされている。海自と韓国海軍が実施してきたSAREXでの想定と似た状況であり、偶発的なミスとは考えにくい。

文在寅(ムンジェイン)前政権下で、いわゆる徴用工訴訟など歴史問題を巡り日韓関係が極度に悪化する中でも安保協力は揺るがないと自負していた日本の防衛関係者に大きな衝撃を与え、安保協力の前提となる信頼関係は一気に崩された。

◆目的意識共有を

韓国側はレーダー照射があった事実を否定し、海自の哨戒機が「低空威嚇飛行」したと主張。協議は膠着した末、防衛交流が途絶えた。前政権下で悪化した日韓関係の改善を進めてきた尹政権の下、ようやく再発防止策と防衛交流再開の合意にこぎ着けたものの、レーダー照射を否定した前政権の主張を踏襲したことには疑問も残る。尹政権は支持率が低迷し、野党から対日外交で譲歩していると批判されてきた経緯から、事実解明を棚上げせざるを得なかったとも考えられる。

 今回の合意に沿って今後、防衛交流と安保協力が進むとみられるが、類似事案の再発を防ぐためには、日韓双方が共通の目的意識を持った訓練が必要だ。

 海自と海軍が今回合意した手順を確認するだけでなく、海上保安庁と韓国海警を含めた4者合同の訓練も有効だろう。将来、韓国で政権交代が起きれば、首脳間の意思疎通や対北朝鮮政策に変化が生じうる。日韓の防衛当局間で安保協力の重要性を継承し、信頼関係を再構築しなければならない。

◆中国圧力も脅威

日韓が防衛交流の再開で合意したことは、日韓共通の同盟国である米国や、同志国のオーストラリアなどにも歓迎された。インド太平洋地域の安保環境は様変わりし、北朝鮮の脅威だけでなく中国の海洋進出など現状変更の圧力にさらされる情勢下で、日韓の安保協力は重要性を増している。

尖閣諸島(沖縄県石垣市)の周辺海域では中国海警局の船が頻繁に航行し、日本の領海への侵入を繰り返している。中国の台湾侵攻が起き、日本のシーレーン(海上交通路)が寸断される事態になれば、それは同時に、韓国の重要なシーレーンが寸断されることも意味する。エネルギー資源が乏しい韓国に加え日本を含む周辺諸国の供給網にも大きな影響が及ぶことが想定されるだけに、シーレーン防衛は日韓ともに死活問題だ。
一方、北朝鮮の威嚇と人口減少に備える韓国軍は、ドローン作戦司令部を新設するなど最先端の軍事装備や情報収集技術を導入し、未来戦への備えを進めている。日韓防衛交流の再開は、韓国軍の取り組みを学ぶ良い機会となり、日本の防衛力を引き上げることにもつながるはずだ。

【用語解説】日韓防衛交流再開
 201812月、石川県の能登半島沖で韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射した問題が発生し、防衛交流が中断した。今年61日の防衛相会談で、偶発的な衝突を防ぐため、多国間の行動基準「海上衝突回避規範(CUES)」の順守を柱とする再発防止策で合意し、防衛交流を再開すると発表した。