中国企業による過剰生産に対する批判が強まっている。
米国のジャネット・イエレン財務長官が4月に訪中した際に中国に対して過剰生産問題に対する懸念を伝えた。
中国の習近平主席が5月にパリを訪問した際には、エマニュエル・マクロン仏大統領はウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長を同席させて3者会談を実施し、そこでも主要課題としてEV(電気自動車)や太陽光パネルの生産過剰問題が取り上げられた。
その原因は中国政府の補助金によるものだとの批判である。
これに対して習近平主席は、中国は世界の環境改善やインフレ抑制に貢献しており、中国の過剰生産能力問題は存在しないと回答した。
欧州ではこの会談はすれ違いに終わったと受け止められており、その結果として、欧州委員会は6月12日に中国製EVに対する追加関税引き上げ幅を最大38.1%とする方針を発表した。
ドイツのオラフ・ショルツ首相は関税引き上げを回避しようと交渉したが、その努力は報われなかった。
習近平主席にとってもこの結果は予想以上に厳しいものだったと推察される。
今回の訪欧直前の4月中旬に、北京でショルツ首相と主要自動車メーカー代表と会見した際には、ドイツ企業の対中投資積極姿勢を聞かされていたからである。
それを踏まえて欧州に来てみたところ、この厳しい結果が待っていた。
ドイツの主要自動車メーカーは中国市場で高いシェアを保持していることから、中国ビジネスにマイナスの影響が及ぶことを懸念して、今回の制裁措置に対しては反対の意向を表明している。
ドイツにおける自動車産業は国家の基幹産業であり、関連業界のすそ野も広く、ドイツ政府の政策運営に対して強い影響力を持っている。
ただし、すでに欧州委員会から発表された方針を撤回させるためには、各国の元首または政府の長などから構成される理事会において、加盟国の人口を考慮し加重投票を行う多数決(qualified majority)によって否決する必要がある。
このため、ドイツなど一部の国が反対しても、過半数を得るのは難しいと予想されており、年内にはこの制裁措置が発効する可能性が高いと見られている。
中国はこの措置に対して強く反発し、報復措置を採ることを示唆した。
これについてEUの貿易問題に詳しいブリュッセルの有識者は、次のように説明する。
もし中国が補助金による過剰生産問題が存在しないと主張するのであれば、それを示す客観的データを示すことが合理的な対応である。そのデータが中国の主張を裏付ける正当な根拠であると判断されれば、この制裁措置は適応されない可能性も残っている。
中国のEV分野の業界団体が欧州向けに補助金に関する説明をしたにもかかわらず、その説明が受け入れられなかったことから、中国は欧州側の補助金に関する調査方法に問題があると指摘したと報じられている。
実は欧州の専門家の間にも、中国政府が実施している補助金の性格と、日米欧諸国が半導体関連企業に対して補助金を出して産業振興を図っている産業政策との区別は難しいという見方もある。
もし補助金を受けている半導体関連企業が日米欧諸国で増産し、供給が需要を上回って一部の製品が輸出に回されるケースを想定すれば、今の中国のEV輸出と本質的な違いはあまりない。
ただし、中国政府の出している補助金の金額が米日に比べてはるかに大きい金額であると推測されており、それが問題だとの指摘もある。
こうした中国製EVに対するEUの関税引き上げ措置に対して、事態が変わらなければ「中国は自国の権利と利益を守るため、断固とした措置を取る」と対抗措置を示唆していると報じられている。
この対応は法治の精神に基づいたものではない。
中国は政府文書の中で法治を重視する姿勢を繰り返し強調している。もし中国が法治を尊重するのであれば、中国側の説明について欧州側が受け入れていない点を具体的に指摘し、欧州側の判断が不適切であると考えられる理由を明確に列挙して反論すべきである。
自国の言い分が認められない場合には、すぐに報復措置を講じて力で対抗する姿勢を続ける限り、中国が法治を重視する国であると他国から認知されるのは難しい。
自国の主張が正しいと考えるのであれば、事実に基づいて論理的に反論することが国際的な信頼向上への大前提である。
中国はつい数年前まで、長期にわたって過剰生産能力問題に苦しんだ経験がある。
リーマンショックがもたらした世界的な経済危機に対処するため2008年11月にいわゆる「4兆元の景気刺激策」を実施した。
その政策のおかげで中国は1年後には2ケタ成長を回復したのみならず、世界経済が大恐慌に陥るのも防いだ。
しかし、その副作用で大幅な過剰生産能力と巨額の不良債権の2つの難題を招き、2018年頃に概ね解決するまで、長期にわたって中国経済政策上の最大の課題となった。
このような長く苦しい経験が数年前まで続いていたことを考慮すれば、やっと解決した難題を再び繰り返すような政策を採用するとは考えにくい。
このため、中国政府主導で過剰生産能力を創り出したわけではないと考えるのが合理的である。
しかし、市場を見れば、中国企業が過剰生産を実施し、それが安値品の輸出急増という形で鉄鋼、石油化学、自動車、太陽光パネルの価格下落をもたらしたのは主要な先進国が指摘している。
この間、輸出価格は大幅に下落していることから、国内の過剰在庫を吐き出すために、安値販売によって輸出を増やした可能性が高いと考えられる。
ただし、この輸出急増は2023年第4四半期の成長率押し上げのための短期的な増産要請によるものであり、米国や欧州が批判する、補助金政策による過剰生産能力の拡大が主因ではない。
過剰生産が指摘されているのは主にEVと太陽光パネルであるが、特にEVの問題が大きい。これは欧州における基幹産業への影響が大きいためである。
先進国の主要産業ではない玩具、家具、靴、衣服等の労働集約産品については、中国企業が過剰生産しても批判はされない。
また、中国企業がEU域内でEV工場を建設し、生産を拡大した結果として供給過剰になって域外への輸出が増えたとしてもEUから過剰生産と批判されることはないと考えられる。
すなわち、過剰生産問題は、主要国の基幹産業の業績や雇用に影響する場合に問題視される。
その場合、工場の立地にも配慮が必要である。すでにハンガリーとスペインには中国企業のEV工場の建設が発表されたが、これらの国では自動車産業が基幹産業ではなかったため受け入れられた。
しかし、ドイツ、フランスでは自動車産業が基幹産業の一つであり、自動車企業の影響力も大きいため、中国企業が進出しようとすれば摩擦が生じる。
欧州への進出にはこうした点への配慮が求められる。
一方、米国の事情は大きく異なる。
米国は自国の基幹産業や雇用に影響がなくても、中国企業の工場建設のみならず、米国企業との技術提携まで厳しく問題視される。
米国では議会関係者を中心に中国の発展を阻止したいと考える政治家、政府関係者、学者等が多く、基本的にデカップリングを推進しようとしているためである。
EUはデカップリングに反対し、デリスキングの立場である。
このため、中国に過度の依存をしない限り、域内の雇用創出に貢献する中国企業の工場建設は基本的に問題視されない。
今回の中国製EVに対する38.1%追加関税の背景には、関税率が40~50%に達すれば中国企業はEU域内に工場を建設して現地生産しないと採算が取れなくなるという分析があるとの指摘がある。
従来の関税率10%に38.1%を載せれば、関税率は48.1%になり、現地生産化に舵を切る判断が働くようになるという計算だ。
そうした欧州の姿勢を見越してか、中国企業はここ数年、車載用電池やEVの現地生産化を進めてきている。
これは、かつて日本が貿易摩擦を経験した後、米国欧州等で現地生産化を進めた事情に近い。
この対応策は米国には使えないが、欧州に対しては有効である。
もう一つ、あまり広く知られていない問題がある。
中国企業は国内市場における同業者間の競争において市場シェア拡大を最優先し、過当競争による収益率の低下を気にしない傾向がある。
これは建設機械業界で典型的に見られた現象であるが、太陽光パネル、ガソリン車、eコマース、各種家電製品など幅広い分野でその現象は存在する。
今回のEVもそれとほぼ同じである。これは政府の政策によるものではなく、中国企業が国内市場における自由競争の中で自ら選んでいる手法である。
結果として業界全体で過剰在庫を抱え、安売り競争が激化し、収益が悪化して多くの企業が倒産に追い込まれる。
それでも過当競争を続けるケースが多いのが中国企業の特性である。
かつては中国企業の技術水準が低かったため、そうした過当競争による安売り競争に陥っても、付加価値の高い製品が中心の先進国の国内市場にはあまり影響しなかった。
しかし、最近の中国企業の技術水準の向上を背景に、建設機械、太陽光パネル、ガソリン車など、徐々に先進国企業と競合する付加価値の高い製品分野にも影響が出ている。
今回のEVもその事例である。
確かに中国政府にしてみれば政策的に過剰生産を促進したわけではないため、他国の産業政策と何も差はないと主張していると考えられる。
しかし、実際に他国の基幹産業や雇用に大きな影響を及ぼすようになれば、国際的に問題視されるのは不可避である。
特に中国は経済大国であり、その生産力は世界経済の中でも突出しているため、西側先進国への影響力は他国と比較にならないほど大きい。だから問題視されるのである。
中国政府は今後、この問題の本質をよく理解し、貿易相手国との協調にも配慮しながら、中国企業が国内外において、秩序ある生産、投資、輸出、現地生産等を進めていくよう調整していく必要がある。
これは中国が先進国の仲間入りをしつつある証でもある。
日本も1980年代以降、貿易、投資面において米国、欧州の非常に厳しい圧力に直面し、こうした配慮の必要性を思い知らされた経験がある。
実はグローバル市場に真の自由競争はない。これが今の中国に必要な学習である。
それは技術力が先進国とほぼ同水準に達した経済大国に求められる貿易相手国への配慮である。
今回のEV補助金問題が、多くの面で中国にとって重要な学習機会になることを期待したい。