本稿は、リチャード・リンゼン教授 「What is Climate? (2024.1.18 Net Zero Watch)」をNet Zero Watchの許可を得て翻訳したものである。 |
私たちは一般的に次のようなものが「気候」だと説明されている。
図1:世界の平均気温偏差の変化
だがこの図で、実は私たちは『平均気温』を見ているのではない。 エベレストと死海を平均しても意味がない。 その代わりに、気温偏差と呼ばれるものを平均している。30年間の平均気温との差を計算するのだ。上の図は、175年間で1℃強の上昇を示している。世界の官僚たちは、これが1.5℃上昇したら私たちは破滅すると言っている。しかし実際のところ、国連のIPCCの科学報告書(つまりWG1報告書)やアメリカの評価報告書でさえ、このような主張はしていない。 政治的な主張は、単に国民を脅して不合理な政策を受け入れさせるためのものだ。 朝食と昼食の間に経験する気温の変化よりも小さい温暖化に対して、なぜ人々が怯えなければならないのか、私には依然として謎である。
以下に示す図2のように、図1の元になっているデータをあからさまに示すと、私が抱く不可解さはより明確になる。 これはスタンリー・グロッチが最初に指摘し、ジョン・クリスティと私が更新したものである。
図2:観測地点別・季節別の気温偏差(〇)とその地球全体平均値(■)
データポイントが約16℃の範囲にかなり密集して広がっていることがわかる。図1では変化が大きく見えるが、それは単に個々のデータが省かれ、縦軸1桁以上拡大されているからである(訳注:これだけ年々の気温偏差が激しいのに、ごくわずかに地球全体の平均値が変化することでその悪影響について大騒ぎすることに意味があるとは思えない、ということ)。
では、気候とは一体何なのだろうか? 実際のところ、地球には何十種類にわたる気候区分がある。 図3は、1901年から2010年におけるケッペンの気候区分を示している。これらはそれぞれ異なる環境と相互に作用しあっている。私たちは、これらの気候区分が、それぞれ地球の平均気温偏差と連動していると考えてよいのだろうか? それどころか、図2は、どの時点でも、温暖化した観測所とほぼ同数の観測所において、寒冷化が起きていることを示している。
図3:ケッペンの気候区分
世界平均気温の偏差が「気候」を示しているという考え方は、その単純さゆえに魅力的である。しかし残念ながら、それは正しくない。