メディア掲載  国際交流  2024.06.13

サイバー攻撃の脅威

電気新聞【グローバルアイ】(2024年611日)に掲載

科学技術・イノベーション

技術が内包する両面性/“善”導く価値観確立を

技術の意義を再び問いただす時を迎えている。技術進歩が人類の幸福に必ずしも直結しているわけではない事を銘記すべきなのだ。我々の幸福を実現するためには、いったん、技術を人間の倫理観・価値観というプリズムを通じて評価しなくてはならない。

情報通信技術(ICT)は生活の利便性を高めると同時に偽情報を拡散し、また技術進歩に付いていけない人を戸惑わせて世界中に混乱と対立を生み出す。

先月10日、JR東日本はサイバー攻撃を受け、多くの人が困難に遭遇した。筆者もスマートフォンで指定券を予約し、乗車直前に車両番号と座席を確認しようとしたが、“えきねっと”のメール全てが消えている事に気付いた。幸いにも事前にスクリーン・ショット機能で写真を撮っていたため、座席を確認する事ができた。かくしてサイバー攻撃が我々の生活の中で珍しくない現象になったのだ。

こうした現象は日本に限らない。昨年秋、ロンドンの大英図書館(BL)から「サイバー攻撃を受けた」とのメールが届いた。利用者カードを持っているために連絡が届いたのだ。「貴重な文化資産である大英図書館を攻撃する悪党がいる」と憤りを感じている。BLは今年の38日に被害の実態、将来に向けた危機管理、そして教訓をまとめた報告書を公表した。

他方、JR東日本のホームページで検索したが、サイバー攻撃に関する会社側の説明資料を見つけられなかった。“えきねっと”は様々なサービスを提供しており利便性が高い。支払い方法も簡単で日常的に利用している。ただサイバー攻撃の際、「自分の個人情報が流出しているかも」と不安に襲われた。このため被害の概要、今後の対策等を知りたいと感じた。サービスを広く提供する“公器たる鉄道会社”として、人々に対する注意喚起のためにも、報告書を発表して頂く事を期待している。

このようにサイバー技術は利便性と同時に危険性ももたらす。そして今、米海軍大学(NWC)の専門家であるクリス・デムチャック教授の著書『攪乱・分断戦と強靭性』の最後の言葉を思い出している―「サイバー技術に絡んだ対立の時代にようこそ!」。

サイバー技術に限らず、技術全体が利便性・危険性の両面を内包している事を銘記すべきだ。ノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマン先生は技術には「善に使うのか、悪に使うのか、使用説明書は付いていない」と語った。使用方法を考え、使用説明書を作成し、それに従うのは、正義感・倫理観・価値観を持つ我々人間なのだ。

不幸な事に世界は今、様々な対立の時代を迎えている。この難しい時代に技術が“善”に向けて常に働きかけるとは限らない。したがって我々自身が注意力を高める必要があるのだ。

拙稿が諸兄姉の目に触れる頃、筆者はフィンランド出張中だ。周知の通りフィンランドやバルト諸国は、ロシアからのサイバー攻撃に恐怖を感じている。現地では、安全・安心・幸福のため、機械と人類が協働作業する際の技術に関する国際的な規格・体制を考える会議に参加する予定だ。技術が人類に“善”をもたらす方策に関し、海外の優れた人達と意見交換する事を楽しみにしている。