コラム  国際交流  2024.06.04

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第182号 (2024年6月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

世界中でinnovationの必要性が叫ばれているが、innovationはそう簡単に実現出来るものではない。

5月2日、世界知的所有権機関(WIPO)が隔年報告書を公表した(World Intellectual Property Report 2024: Making Innovation Policy Work for Development)。まことにinnovationは難しい。シュンペーター先生はinnovationが新たな現象を社会にもたらすために様々な抵抗が生じる事を述べている:

「経済分野の場合、この(新しい動きに対する)抵抗は、まず新しいものによって脅かされる集団から始められ、次に必要な協力を得ることの困難の中に現われ、最後に消費者を惹き付けることの困難の中に現われる(In matters economic this resistance manifests itself first of all in the groups threatened by the innovation, then in the difficulty in finding the necessary cooperation, finally in the difficulty in winning over consumers)」。

WIPOの報告書はinnovationが実現されるために3つの能力—即ち科学(science)、技術(technology)、生産(production)—が適切に組み合わされる事が重要で、そうでなければ成果(income/GDP)は得られないと語っている(p. 4の図1参照)。この図は上記3つの能力に関する主要国のシェアを示している。米国のシェアは科学19%、技術30%、生産12%で所得が27%である。また日本はそれぞれ6%、20%、5%、7%。中国はそれぞれ14%、6%、10%、13%だ。即ち3国の特徴を列記すれば①米国は優れた科学力と小規模だが効率的な生産力で高所得を実現し、②中国は海外に依存した技術力で効率良く所得を得ている。他方、③日本は折角優れた技術力を持ちながらも成果を十分に挙げていないのだ。こう考えると、innovationを社会に浸透させ、実りある成果を得るためには科学・技術・生産の“組合せ”、即ち科学・技術・生産(現場)の間で優れた人々による適時・適切な“連携プレー”が極めて重要なのだ。換言すればinnovationを生み出す“チーム・組織・制度”が大切なのである。

これに関し最も有名な歴史的事例の一つはXerox社のパソコンだ。最初にパソコンを製造したのは、1981年のIBMでもなく、1983年のAppleでもない。1973年のXerox製“Alto”だ。同社は非常に優れた科学者と技術者を抱えていたが、生産現場と本社に統率力・調整力のある指導者がいなかった。そして後年スティーヴ・ショブズが“Alto”を担当した人々をAppleに招き入れてパソコン開発を成功させる(詳細はHarvardの法科及びビジネス大学院(HLS & HBS)出身の人々が著した本を参照(Fumbling the Future, 1988))。これについては更に研究を深めてゆくつもりだ。

マクロン仏大統領は、フランス国民、全欧州、更には中国や南太平洋に対して発言を繰り返している。

大統領は、4月25日にソルボンヌ大学で1時間40分余りの演説(«Discours de l’Europe»)を行った。「感想は?」との友人の質問に、筆者は「大変面白かったが、長かった。2度聞きたいとは思わない」と答えた。優れた大学での講演であったため知的水準が非常に高い講演であった。しかし、全世界に映像が公開される事を考えれば“長過ぎる”。フランス国民—老人から子供まで—に明るい未来と団結を訴えるには長過ぎるのだ。筆者は「彼が大学教授であったなら、また聴衆が知識人だけならば素晴らしい演説だった。ポール・ヴァレリーの『精神の危機(La Crise de l’esprit)』、ヴォルテールの『カンディード(Candide, ou l'Optimisme)』、更にはハンナ・アーレントの『人間の条件(The Human Condition)』に言及し、そして、欧州版国防高等研究計画局(une DARPA européenne)の必要性も語った。長かったが知的な演説を楽しんだ」と語った。ただ、大統領自身“長い”と思ったのか、演説の最後のあたりで「長過ぎた(j'ai été trop long)」と語り、聴衆から笑いを(この時ただ一度だけ)誘い出している。

5月5日、習近平主席が訪仏し、仏大統領と中東を中心に世界情勢を議論した。これに関して国際問題研究所(Ifri)のマルク・ジュリェン氏の解説が大変興味深い(「大統領の中国政策: 幻想放擲して、レアル・ポリテークへ回帰(«La politique chinoise d’Emmanuel Macron: L’abandon des illusions et le retour à la Realpolitik»)」、次の2参照)。こうした中、先月中旬、中国が勢力圏拡大を図ろうとする南太平洋に在る仏海外領土のニューカレドニアで暴動が勃発した。この仏中間power balanceの変化は日本にとっても重要な問題だ。昨年7月26日、大統領は「ニッケルはニューカレドニアの富であり、それがフランスと欧州の主たる戦略的資源である事は忘れてはいけません。しかも我々は大々的な再産業化に注力し始めている時代を迎えているのです(le nickel est une richesse pour la Nouvelle-Calédonie. C'est aussi, et je le dis ici avec force, une ressource stratégique majeure pour la France et l'Europe, à l'heure où nous avons engagé un effort massif de réindustrialisation)」と語って、この地における中国の影響力拡大を警戒している。

地政学的変化や地球環境の変化等に呼応する形で、各国は“新たな”産業政策を策定しようとしている。

冒頭で述べたWIPOの報告書は”A New Era of Industrial Policies”と題し、温暖化対策や感染症対策、更には情報化対策として各国政府が産業政策を再編しようとしている点に触れた。その事の証左として巷間“industrial policy”という言葉が“流行言(buzzword)”となっている(p. 4図2参照)。

なかんずく人工知能(AI)に関する各国の動きが凄まじい。科学論文数としては中印両国の研究者の活躍が目覚ましい。近年重要視されている国際共同研究に目を移すと、英独両国の研究者が積極的だ(p. 5図3参照)。小紙前号で触れたStanford Human-Centered Artificial Intelligence (HAI)公表の資料は、AI関連の民間部門の主要国別投資額(2023年)を示している。これに依れば、米国が672億ドルで首位。そして中国(78億ドル)、英国(38億ドル)、ドイツ(19億ドル)と続き、日本は12位の7億ドルだ。こうした中、Google元CEOのエリック・シュミット氏は、対中競争を念頭にしてAI版「アポロ計画」を提唱している(次の2参照)。中国もハイテク分野に対し熱い視線を送り続けている。これに関し、小誌4月号で触れたHarvardのLei Ya-wen(雷雅雯)教授は、昨年11月の本の中で次のような興味深い観察結果を述べている(The Gilded Cage: Technology, Government, and State Capitalism in China («镀金的笼子: 中国的技术国家资本主义»))。即ち①政府の著しい“技術に対する執着(fetishization of technology)”、②政府は高速道路や橋梁等の目に見えるインフラ整備は得意だが、制度という“目に見えない”インフラ整備には不得意である事、③短期的な姿勢に基づき、あとさきを考えずに急場しのぎの政策を行い、しかも無計画的に政策を急変する(中国の諺で«饮鸩止渴(quenching a thirst with poison)»、«朝令夕改(an order in the morning and rescind it in the evening)»).

各国が産業政策の再編に邁進する中で、海外の友人達は「ジュン、日本の対応策は?」と尋ねる。彼等は「ジュン、今の優れた最新技術は将来には陳腐な旧式技術になってしまう。日本の産業政策再編を真剣に考え直す時期が来ているのでは? また最近の円安を勘案すると、国際科学技術交流は経済的に高くつくし、国力としてドル建てGDPの世界シェアは低下する。国際政治の視点からすると危険な状態だよ」と畳み掛けるように日本の課題を筆者に対して指摘する。最後には笑いつつ「日本の対世界GDPシェアが低下すれば、国連の分担率も下がる、そうすれば国際的責任は軽減される。この点だけは“希望の光(a silver lining)”かな?」なんて皮肉を言われて、筆者はちょっと悔しい思いをしている(p. 5の図4参照)。

小誌前号で触れた日本経済団体連合会の資料の表題(「日本産業の再飛躍へ」)が示す如く、我々は“復活の日”を迎えている。そして約10年前、香港で友人から教えてもらった言葉を思い出している。それはイタリアの名監督ヴィスコンティの映画『山猫(Il Gattopardo)』の中の言葉だ—「全てが変わらず今のままであるためには、全てが変わらなければならない(Se vogliamo che tutto rimanga come è, bisogna che tutto cambi)」。元来、我々は創意工夫を得意とする国民である事を忘れてはならない。筆者は友人達に対し、江戸末期、困窮する農村を巧みな計画で救った二宮尊徳先生の努力を語り、また相田みつお先生の言葉「道はじぶんでつくる / 道は自分でひらく / 人のつくったものは自分の道にはならない」を伝えている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第182号 (2024年6月)