メディア掲載  エネルギー・環境  2024.05.29

世界は脱炭素に向かってなどいない、日本の製造業はグリーン最優先のエネルギー基本計画で壊滅する

新冷戦が始まり、気候変動は「問題」だと認識されなくなりつつある

JBpress2024521日)に掲載

エネルギー・環境

日本のエネルギー政策の方向性を定める「エネルギー基本計画」の改定作業が始まった。政府は今年度中に2050年CO2ゼロを達成するためのグリーントランスフォーメーション(GX)産業政策を立案するという。だが、そもそもの現状認識を大きく間違えていないだろうか。このままでは日本の製造業は壊滅しかねない。

脱炭素に熱心なのは日本と欧州のごく一部くらい

日本政府はどう世界情勢を認識しているのか。「世界はパリ気候協定のもと地球温暖化を1.5度(の気温上昇)にとどめようとしている、そのために日本も2050年にCO2ゼロを達成しなければならない、そしていまCO2ゼロに向けて国際的な大競争が起きている」としている。

これはどこまで本当だろうか?

たしかに多くの国はCO2ゼロを宣言している。だが実態はといえば、脱炭素政策を熱心に実施しているのは、日本と英独など、欧州の数カ国ぐらいであろう。

米国はといえば、バイデン政権は脱炭素に熱心だが、議会の半分を占める共和党は頑固に反対してきた。実際のところ、米国はバイデン政権の下で、世界一の石油・ガス生産量をさらに増加させてきた。

グローバルサウスのCO2排出は増え続けている。かれらは昨年のG20において「2050年にCO2ゼロを宣言せよ」というG7の呼びかけを端から拒否した。

中国は、表向きは2030年にはCO2排出をピークアウトさせるとリップサービスをしているが、現実は石炭火力発電に莫大な投資をしている。

つまり世界は日欧のごく一部を除いて脱炭素に向かってなどいないのだ。この理由は簡単で、エネルギー、なかんずく安価な化石燃料は、経済活動の基盤だからだ。

「戦争の枢軸」との新冷戦が始まった

そもそも気候変動が国際的な「問題」に格上げされたのは、リオデジャネイロで開催された「地球サミット」で気候変動枠組み条約が合意された1992年ごろからである。

これが1991年のソ連崩壊の翌年であることは偶然ではない。

冷戦の間は米ソで協力するということ自体が不可能だった。冷戦が共産主義の敗北に終わり、これからの世界は平和になり、全ての国が民主主義国として協力してゆく、というユートピア的な高揚感が生まれた。そのような状況で、世界全体での協力による、地球規模の問題の解決という機運が生まれたのだ。

これは当初から幻想に過ぎなかったのだが、2022年にロシアがウクライナに侵攻したことで、ポスト冷戦期の国際平和なるものは完全に終焉した。

そしていま、ロシアはイラン製のドローンを輸入し、北朝鮮から弾薬を購入している。中国との間では石油を輸出して戦費を調達し、工業製品を輸入している。

かくしてロシア、イラン、北朝鮮、中国からなる「戦争の枢軸」が形成され、NATOG7はこれと対峙することになった。ウクライナと中東では戦争が勃発し、日本周辺においては台湾有事のリスクも高まっている。

この状況に及んで、自国経済の身銭を切って、高くつく脱炭素のために国際協力することなど、ありえない。戦費の必要なロシアや、テロを支援するイラン、米国に対抗して軍事力を増強する中国が、敵が支配している世界全体の幸福のためとして、自ら豊富に有する石炭、石油、ガスの使用を止めるなど、ありえない。

ごく近い将来、気候変動はもはや国際的な「問題」ですらなくなるだろう。

日本の製造業を崩壊させたいのか

そもそも2050CO2ゼロなど技術的にほぼ不可能であるし、それを目指すだけで莫大な経済的負担が発生する。

日本政府は官民合わせて今後10年間で150兆円のグリーン投資を、規制や補助金を通じて実現する、としている。これは毎年GDP3%を投資することに相当し、またこの原資の負担は国民1人あたり120万円に上る。

これによって政府は「グリーン経済成長」をするというが、ありそうにない。

というのは、このグリーン投資なるものの対象は再エネの拡大や、そのための送電線やバッテリーへの投資など、どれもこれも、コストのかかるものばかりだからだ。

再エネがいまや一番安いという意見があるが、都合のよい数字を見ているに過ぎない。太陽光発電は年間の稼働率が17%しかないので、残り83%は火力発電などに頼らねばならない。つまりいくら太陽光発電に投資しても火力発電設備は減らせないので、二重投資になる。

さらに、太陽光発電は既に導入し過ぎで、電力が余ったときには捨てている状態である。そこで、捨てずに利用するため、政府は送電線を建設しバッテリーを設置するとしているが、三重投資、四重投資となる。

一部の企業は再エネ100%を掲げて、その実現を容易にするためとして、政府に再エネへの投資拡大を求めている。だが日本全体の電気代を引き上げることになり、他の企業にとっては負担となってしまう。

政府はCO2回収貯留(CCS)やアンモニア発電、水素利用の導入も進めるとしている。政府の補助金で実証事業が実施されるとしても、打ち切られたとき、こんな高価な技術は世界中のどこにも売れない。グリーン成長などありえないのだ。

製造業の投資が進むのは、安価な化石燃料を使う米中

それでも政府はこのようなグリーン投資こそが世界の潮流だとして、欧州の例を盛んに引き合いに出す。けれども欧州は、とても日本が真似をすべき対象ではない。欧州は、もともと産業革命を牽引し、なかでもイギリスは「世界の工場」と呼ばれたが、今では見る影もない。

いま製造業の規模を、付加価値ベースで国際比較すると、中国が世界の29%を占めている。他は米国が16%、日本が7%だ。欧州勢はといえば、ドイツは5%だが、イギリス、フランス・イタリアは各2%にすぎない。

このナンバー12である中国と米国は、どちらも化石燃料を大量に利用して、安い光熱費を享受している。

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米国の次期大統領として返り咲きの可能性があるトランプ氏は脱炭素政策を完全に否定している

他方で、日本以上に脱炭素に邁進している欧州は極めて光熱費が高くなった。

このような事情から、世界中の製造業は中国と米国に投資する一方で、欧州と日本からは逃げ出している。

ドイツの最大手化学メーカーBASFは、国内事業を縮小する一方で、中国の広州に100億ユーロを投じて工場を建設する。日本の製鉄事業者は、国内の工場を閉鎖しながら、インドには高炉を建設し、米国の製鉄事業者を2兆円かけて買収しようとしている。

さて日本はどうすべきだろうか。

数値目標を設定すべきは「電気代」

いま日本政府が第7次エネルギー基本計画でやろうとしていることは、すでに製造業を失った欧州に追随して、高い光熱費をさらに高くすることだ。これでは、日本の製造業も、欧州同様に、消滅してゆくだろう。

日本はむしろ、米国や中国のように、光熱費を下げるべきだ。このためには愚かなグリーントランスフォーメーションを止めなければならない。

検討中のエネルギー基本計画で、唯一希望が持てるのは、原子力発電の最大限の活用をきちんと位置付ける可能性があることである。原子力発電であれば、脱炭素と、エネルギー安全保障、安定・安価な電力供給を同時に実現できる。

そして、CO2排出削減などではなく、電気代にこそ数値目標を設定すべきである。日本の電気代は高騰してきたが、これを2010年の水準(産業用がキロワットアワーあたり14円、家庭用が同21円)まで戻すことを目標にすべきだ。そうすれば、無駄なグリーン投資は不可能になる。

この2点を含めて、現在のエネルギー政策に危機感を持つ筆者を含む有志で、以下の11箇条の提言を「エネルギードミナンス 強く豊かな日本のためのエネルギー政策(非政府有志による第7次エネルギー基本計画)」としてまとめた。ぜひご覧頂きたい。

  1. 光熱費を低減する。電気料金は東日本大震災前の水準を数値目標とする。エネルギーへの税や賦課金等は撤廃ないし削減する。
  2. 原子力を最大限活用する。全電源に占める比率50%を長期的な数値目標とする。
  3. 化石燃料の安定利用をCO2規制で阻害しない。
  4. 太陽光発電の大量導入を停止する。
  5. 拙速なEV推進により日本の自動車産業振興を妨げない。
  6. 再エネなどの化石燃料代替技術は、性急な導入拡大をせず、コスト低減を優先する。
  7. 過剰な省エネ規制を廃止する。
  8. 電気事業制度を垂直統合型に戻す。
  9. エネルギーの備蓄およびインフラ防衛を強化する。
  10. CO2排出総量の目標を置かず、部門別の排出量の割当てをしない。
  11. パリ協定を代替するエネルギードミナンス協定を構築する。