メディア掲載  エネルギー・環境  2024.05.15

国益のためのエネルギー政策を

日本製造2030(24)

日刊工業新聞(2024424日)に掲載

エネルギー・環境

脱炭素は中国を利する

河野太郎デジタル行財政改革相肝いりの内閣府「再生可能エネルギーに関する規制見直しを検討する内閣府のタスクフォース(再生エネTF)」。その構成員である自然エネルギー財団の大林ミカ事務局長(327日に構成員を辞任)が会合に提出した資料に中国送電最大手、国家電網の透かしロゴが入っていた事が問題になっている。日本のエネルギー政策が中国の影響を受けているのではないか、ということだ。対策としてセキュリティー・クリアランスの強化などが言われているが、それだけでは到底足りない。

■先進国は“経済的自滅”

というのは、中国は日本に対して直接的な工作をする必要すらないからだ。日本には「使える愚か者(useful idiots)」がたくさんいる。これはロシアの革命家ウラジーミル・レーニンの言葉であり、資本主義国には、本人には特段の自覚すらないままに、共産主義国のために働く愚か者がいる、ということである。

中国は世界を共産党独裁対民主主義の体制間の手段を選ばない限りない闘争、すなわち「超限戦」と捉えている。そこでは脱炭素はまさに天佑(てんゆう)である。日本をはじめ先進国が勝手に経済的自滅をし、中国には莫大(ばくだい)な利益をもたらすからだ。

大林ミカ氏も「再生エネ最優先」を掲げる河野デジタル相も、中国企業の太陽光発電や風力発電事業をもうけさせる一方で、日本のエネルギー供給を不安定にし高コスト化している。これは中国の望む通りだ。だがここに中国が命令を逐一下す必要はない。せいぜい、当たり障りのない情報提供をして親中的な気分を盛り上げる程度で足りる。そうすれば勝手に彼らは活動してくれる。

「再生エネ最優先」を強く支持するのは日本の左翼リベラル勢力であるが、彼らは中国に融和的でもある。中国の太陽光パネルの半分は新疆ウイグル自治区で生産されており、強制労働の関与の疑いが濃厚で、米国では輸入禁止措置まであるが、日本では全く不問にされている。中国の石炭火力発電設備容量は日本の20倍もあり、今後数年であと6倍分が新設される計画になっているが、彼らは中国ではなく日本の石炭火力のみを批判する。これも中国の望むことそのままである。

今、日本政府は脱炭素、再生エネ最優先を推進することで、日本経済を衰退させている。太陽光発電と風力発電を大量導入しているが、北海道では風力発電が多過ぎて余るので15000億円を投じて新潟までの海底送電線を建設するという。これだけでものけ反るが、これは氷山の一角に過ぎない。政府は脱炭素のために今後10年間で150兆円のグリーン・トランスフォーメーション(GX)投資を官民で実現するとしている。投資といえば聞こえは良いがその原資は国民が負担する。これは国内総生産(GDP)の3%であり、1世帯当たり360万円もの負担になる。

これがグリーン経済成長に結びつくというのが経済産業省の説明だが、とても信じることができない。最大の投資先が太陽光・風力などの再生エネだが、これは本質的に2重投資である。いくら変動性の発電を増やしても、火力発電など既存の発電所を減らすことはできない。従って再エネを導入するほど電気代は高くなる。その証拠にドイツやデンマークは欧州において再生エネ比率が最も高いが電気代も最も高い(図1)。

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余剰再生エネ対策として送電線や蓄電池を導入するというが、これは3重、4重の投資となる。そしてこれら事業のお金の多くはサプライチェーン(供給網)を握る中国企業に流れる。これでは日本経済はガタガタになる。

■CO2回収貯留・アンモニア発電は高価

二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)やアンモニア発電も高価である。電力中央研究所の試算では、CO2を削減する火力発電は通常の火力発電の2倍ないし3倍以上の発電コストになる(図2)。ガスを水素から合成するメタネーションや水素還元製鉄なども、万事うまくいっても相当にコストの高い技術である。極めて強力な規制や補助金があればいくらかは導入されるが、このような技術が広く普及することはまずあり得ない。

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その一方で脱炭素は日本の防災には全く役立たない。なぜなら国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のモデルを信じたとしても気温上昇は1兆トン当たり0.5Cで(図3)、年間約10億トンを排出する日本が2050年にCO2をゼロにするまでの累積CO2削減量125億トンは地球の気温を0.006Cしか下げないからだ。

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日本の安全保障も危険にさらされている。河野氏が防衛相を務めた時、自衛隊の施設は100%再生エネを目指すこととされ、いまでは多くの施設が再生エネ電力を購入するようになった。なぜこんなムダ遣いをするのかも疑問だが、電気事業者の中には近年に設立された企業もあり、中国系の企業がどのぐらいあるのかも分からない。これら企業は電力消費量を監視することで、自衛隊の活動状態を把握できてしまう。のみならず、有事においては、本国の命令があれば電力供給網を遮断・かく乱するかもしれない。

いつから日本政府はこのような、国を滅ぼすようなことばかりするようになったのか。菅義偉首相の下で21年に策定された第6次エネルギー基本計画で50CO2ゼロが目標とされた。河野氏らは「再生エネ最優先」を掲げ、30年の発電に占める再生エネの数値目標を36%から38%「以上」にするよう、経産省の官僚を怒鳴りつけた音声がリークされている。

■GXで工場の海外流出加速

日本の官僚は、時の政治権力には滅法弱くなった。昇進するか、左遷されるか、彼らにとっての生殺与奪の権を握られているからだ。それで、かつては脱炭素という経済自滅的な政策には抵抗していた経産省が、すっかり宗旨変えしてしまった。

今では経産省こそが巨大な予算と権限を持った最も強力な脱炭素利権と化している。すなわちGX法の成立で、規制と支援によって10年間で150兆円もの官民投資を引き起こすお墨付きを与えられた。うち20兆円はGX債なる国債の発行によって賄い、カーボンプライシング、すなわちエネルギーへの課徴金と排出権の売却益によって償還することとなった。一連の事務は新設のGX推進機構が所掌する。事実上の目的税を集め、外郭団体によって特別会計で運用する、という昔ながらの利権が出来上がった。

これから日本はどうなるのだろうか。第1のシナリオは、このまま政府主導でGXが推進されてゆく道である。GXで事業ができる企業は、その限りにおいては売り上げが立つかもしれない。しかしそこで開発された技術もしょせんコストが高いのでは売り上げの伸びは期待できず将来性はない。そして日本経済全体としては膨大なコスト増に直面する。電気料金、ガス料金も高騰し、日本は国際的な競争力を失い、工場は日本から消滅し海外に移転してゆくだろう。

最も影響を受けるのはエネルギー多消費産業であるが、この中には日本が強みを持つ素材産業が多く含まれることになり、日本の製造業全体が崩壊してゆくことになる。

これに替わる第2のシナリオはあるか。経産省をはじめ行政機関はもはや内から自らを変える能力はない。政治から変わるしかない。今は左翼リベラル化した自民党こそが脱炭素推進の本丸である。日本の国益を損なう「使える愚か者」が退陣し、安全保障と国民経済を真剣に考える政治になれば、経産省の幹部人事も刷新されるだろう。

経産省が脱炭素利権にまみれてしまったのはここ数年のことに過ぎない。まだ以前のことをよく覚えており、現状に違和感を持つ優秀な官僚はたくさんいる。「使える愚か者」を排除し、政治的な路線転換さえすれば、彼らは日本国民の安全と経済のために良い仕事をしてくれるはずだ。