コラム  国際交流  2024.05.13

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第181号 (2024年5月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション 国際政治・外交

世界経済の緩慢な動きに関して、友人達と議論を続ける毎日だ。

国際通貨基金(IMF)が先月公表した経済見通しのサブタイトルは“Steady but Slow: Resilience amid Divergence”で、世界全体としての力強さが観察されず、まだら模様の世界経済を想定している。こうした中、4月16日に日本経済団体連合会は、報告書「日本産業の再飛躍へ」を公表した。報告書は戦略的な産業分野を7つ挙げ、最初にAI・ロボットを取り上げている。そして積極的なAI活用が不可欠である事、ロボット産業には日本の競争力維持・強化への貢献を期待している事を記している(これまではindustrial roboticsの分野で主に中国の経済発展に貢献してきたのだ!)。

AIに関しドイツ政府は3月27日、生成AI利用による可能性と危険性に関する報告書(„Generative KI-Modelle: Chancen und Risiken für Industrie und Behörden“)を公表した(4月10日に英語版を公表、次の2参照)。報告書は生成AI利用に伴う28種類の危険を列挙し、19の対策を挙げている。ロボットに関してはBoston Dynamics、Apptronik、Tesla等の海外勢が豊富な資金を背景として開発に積極的だ。海外の友人達から「嘗て日本はhumanoid robot分野でリードしていたが、今では影が薄いね」と言われて、悔しい思いをしている。日本の若人の活躍を願ってやまない。

世界各地で軍事的な緊張感が高まっている—平和へと回帰する道のりは真に厳しい。

西太平洋における緊張の高まりが気になって仕方がない。4月11日、日米比首脳間の初会合が開催され、インド太平洋の平和と繁栄のため、更なる協力の強化が確認された。筆者は内外の友人達と意見交換した時に、優れた戦略家ジョージ・ケナンの回想録の中の一節に言及した—“Japan and the Philippines would eventually constitute the cornerstones of a Pacific security system adequate for the protection of our interests.” (Memoirs 1925-1950)。

悲しいかな、人間は生まれる時と国を選べない。露メディア(Интерфакс)の3月31付記事を読み心が暗くなった(「春期徴兵令に大統領が署名(«Путин подписал указ о весеннем призыве на военную службу»)」)。ウクライナ側も兵員不足の対策に苦慮している(次の2参照)。敵味方関係無く、若者が戦場に送られると考えると心が痛む。筆者はトヨタのサンクトペテルブルグ工場の設立に携わった人と話をした経験がある。ロシアの若者達は真面目で好感の持てる人達とのこと。彼等のうち何人かは戦場へ送られて傷つき、或いは既に戦死した人もいるかも知れない。

また3月18日付Интерфаксは、プーチン大統領が対NATO戦を巡って、「何でも起こり得る(Я думаю, что все возможно)」と語り、「NATOとの全面戦争は、第三次大戦に至ると大統領が語る(Президент РФ Владимир Путин, говоря о возможности полномасштабного конфликта между Россией и НАТО, заявил, что это могло бы привести к третьей мировой войне)」と報じた。そして4月26日開催の上海協力機構(SCO)国防相会議で、露国防相は西側の動きに対し「彼等の意図をSOCの勢力圏の安定に対し直接的脅威と見做す(«Такие намерения надо расценивать, как прямую угрозу стабильности на пространстве ШОС»)」と語った。勿論、NATO側もロシアに対する警戒感が高まっている。筆者はWall Street Journal紙に語ったフィンランド軍将校の言葉に背筋が寒くなっている—“I don’t know what will happen when summer comes” (“Finland Long Believed It Could Tame Russia. Now Moscow Is Enemy No. 1,” April 22)。NATOのモットーは「評議における自由な精神(animus in consulendo liber)」だ。だが、“自由な討論”を通じて、“反露”のフィンランドやポーランド、そしてバルト諸国と“親露”のハンガリーやスロバキアとの間で合意が成立する可能性は難しいだろうと友人達に語った(p. 4の図参照)。一刻も早く指導者達がde-escalationへの道を探り出してくれる事を願っているのは筆者だけではあるまい。

4月初旬にイタリアの友人と桜咲き誇る千鳥ヶ淵を訪れ、筆者は「第一に平和、次いで繁栄だ(Prima la pace, poi la prosperità)」と語った(この言葉は実はMaestroリッカルド・ムーティの回想録(『まず音楽、そして言葉(Prima la musica, poi le parole)』)から借りた表現だ)。そして学生時代の愛読書の中に出てくる桜の話を友人に伝えた。それは東大新書版『きけわだつみのこえ』の中の中央大学出身の20代の戦没学生の手記だ。

「東京はもう櫻が散りかけてゐるでせう。 私が散るのに櫻が散らないなんて情けないですものね。 散れよ散れよ櫻の花よ、俺が散るのにお前だけが咲くとは一體どういふわけだ」 (大塚晟夫)。

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「『戰爭!』 ゲーテのファウストは『あゝ又戰さか、これは知者の聞くを好まぬ言葉だ』といふが、われわれにとっては聞くを好まぬですむ處か、肉體だけを無料で提供するにとゞまらず、かんじんの人間そのものをもぎとらしてやるのだ。しかもわれわれの生命のある間はこの戰さが終るとは思われない。… 今の俺は、『時よ過ぎ行け』と悲涙を流す。靑春も、戀愛も、情熱も、すべてを犠牲にしてまでも」 (上村元太)。

今、筆者もゲーテ大先生の言葉「また戦争か! 賢者はその言葉を聞く事を好まぬ(Schon wieder Krieg! der Kluge hört’s nicht gern)」を呟いている。

ショルツ独首相の3日間の訪中に際し、独中関係と中露関係について情報交換を行った。

小誌前号でも触れたが、苦悶するドイツ経済は中国との経済関係を利用して再起する事に望みを捨てていない。こうした中、平和と繁栄を念頭に首相は訪中した。筆者が喜んだのは首相による中露関係への言及だ。「核兵器の使用と脅威(der Einsatz von und die Drohung mit Atomwaffen)」に独中両国が明示的に反対を表明して、ロシアに抑制的に動いた事は意義深い。首相の訪中日程の中で筆者が一番興味を抱いたのは、上海の同济大学での意見交換だ。首相は学生に向かって何を話し、中国の若者達は何を伝えたのか。近い将来この話を聞くのを楽しみにしている。

日独中の経済関係に関し、首相の訪中直前に興味深い情報が届いた。4月8日、独商工会議所(DIHK)が「ドイツ企業、対日依存度を高める(Deutsche Unternehmen setzen verstärkt auf Japan)」という資料を公表した。これに依れば「独系企業は地政学的・危険分散的動機から生産・管理の拠点を中国から日本へ次第にシフトしている(Geopolitische Unsicherheiten und der Wunsch nach Diversifizierung sind die Hauptmotive für deutsche Konzerne, vermehrt Produktion und Management von China nach Japan zu verlegen)」らしい(次の2参照)。とは言うものの、日本への移転には優れた国際的人材と為替リスクという2つの課題がある事を指摘している。

偽情報による巧妙かつ悪質な攻撃を受ける危険性がAIの発達により以前にもまして高まっている。

昔も今も誤情報(misinformation)・偽情報(disinformation)に満ちている。嘗てチャーチル首相は「戦時では、… 真実はまことに希少で、それは常に嘘というbodyguardを連れている(In wartime, . . . truth is so precious that she should always be attended by a bodyguard of lies)」と語り、『英国が眠っている間に(While England Slept)』を著した。またケネディ大統領は『英国は何故眠っていたのか(Why England Slept)』を著した。如何なる情報も鵜呑みにせず、覚めた状態で正確な知識・周辺情報と突き合わせ、情報を理解する必要があるのだ。これに関し3月に優れた歴史書が出版された(How to Win an Information War: The Propagandist Who Outwitted Hitler)。同書はthe Nazisによるdisinformationにだまされず、寧ろ反撃した或るjournalistの記録だ。他方、太平洋戦争前の日本は謀略渦巻く世界の中で国内問題と日中問題に“忙殺”されてしまい、Nazistsにまんまと利用されてしまったのだ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第181号 (2024年5月)