ウクライナで、そして中東で、戦争になるとエネルギーインフラが攻撃対象になり破壊されている。台湾有事が迫るなど、日本を取り巻く緊迫した地政学状況に鑑みて、日本はそのアキレス腱であるエネルギー供給をどう確保すればよいか。効果的な1つの方法として、米国からの石油・ガスの調達を強化すべきだ。
訴訟を抱えながらも保守層を中心に人気を維持するトランプ氏
戦争になるとエネルギーインフラが攻撃される。この事実がいま突き付けられている。
ロシアとウクライナは互いのエネルギーインフラを攻撃し破壊している。ウクライナも、ただやられているばかりではなく、ロシアのかなり内陸まで攻撃している。国境から遥か北方のサンクトペテルブルクの石油精製工場がドローン攻撃で破壊された。ドローンによる攻撃範囲は1250キロメートルにも達する。
その一方で、イエメンではフーシ派が、紅海を通行する貨物船をドローンやミサイルで攻撃した。声明では親イスラエルの国々に対する攻撃であるとしている。
このためG7諸国の船は紅海の航行をとりやめて、はるか遠くアフリカ最南端の喜望峰を迂回することを余儀なくされている。ただしフーシ派はロシア、中国などの船舶は攻撃しないとしている。そして実際に、G7以外の多くの国籍の船は紅海の航行を続けている。
東アジアでは台湾有事が迫る。中国による台湾統一には、2つのシナリオがあるとされる。
第1は、ロシアがウクライナに侵攻したのと同様なものである。すなわち台北に対しては特殊部隊を送り込み総統府などを制圧する「斬首作戦」をする一方で、大規模に軍隊を動員して上陸作戦を仕掛けるというものだ。
第2は、台湾を軍事演習と臨検(行政府による強制的検査)によって海上封鎖し、エネルギー・食料供給を途絶して、戦火を交えずして降伏させるというものだ。
第1のシナリオにおいて中国が台湾を攻撃した場合、米国が軍事介入しなければ台湾はすぐに陥落する。米国が軍事介入する場合は、日本の基地を使用できることが、米国が勝利するための条件となる。
このため日本国内の米軍基地は中国の攻撃対象となり、日本は自動的に台湾有事に巻き込まれる。この意味において台湾有事は日本有事なのである。
中国の攻撃は、米軍基地だけでなく、日本の自衛隊基地にも及ぶだろう。さらに戦争がエスカレートすれば、中国は日本の海上封鎖を試みるだろう。
日本のほぼ全域が、中国からの無数のドローンの射程に入る。もちろん2000発を超える中距離ミサイルの射程にも入る。いまフーシ派が紅海で行っているのと同様に、日本に近づく貨物船を威嚇することで、中国は日本の輸入を途絶させることを狙うかもしれない。
日本のエネルギー供給体制は脆弱であり、エネルギーは日本のアキレス腱である。他のほとんどの国々と同様に、日本のエネルギーの主力は化石燃料である。そして日本は化石燃料のほぼ全量を海外からの輸入に頼っている。国内で化石燃料資源がほとんど採掘できないからである。したがって輸入が途絶すると戦争の継続はおろか経済活動も崩壊してしまう。
かつて太平洋戦争において、米国は日本のこの弱点を突いた。
そもそも日本が太平洋に進軍した理由の1つは、米国から石油を禁輸されたために、南方のインドネシアやマレーシアにある石油資源を奪取しようとしたことであった。開戦時、日本は2年分しか石油の備蓄はなかった。
日本は米国に短期決戦で勝利するつもりであったが、ハワイ真珠湾奇襲のわずか半年後のミッドウェー海戦で大敗してその望みは潰えた。
ミッドウェー海戦で攻撃を受け沈没直前の空母「飛龍」
米国は日本の貨物船を無差別に攻撃し、日本の貨物船はそのほとんどが撃沈されるに至った。輸入が全くできなくなった日本はあらゆる物資が不足し、石油も極端に不足した。
日本海軍は、艦隊同士の決戦にしか備えておらず、貨物船を護衛する任務自体を想定していなかった。このため貨物船の護衛は陸軍の所掌となっていたが、米国の攻撃を防ぐ力は全くなかった。
物資、なかんずく石油が欠乏した日本は、日本に十倍する工業力を背景に圧倒的な火力を築き上げた米軍の物量作戦に完敗した。
さて現在の日本では、石油は官民合わせて200日以上の備蓄がある。ただしこの大半は陸上にタンクが並べてあって、攻撃に対しては脆弱である。
石炭、天然ガスは備蓄がなく、それぞれ1カ月分、2週間分の在庫があるにすぎない。経済性を重視する操業として在庫を最小限に留めてきた結果である。
これらの備蓄については、いずれも、量を増やすことはもとより、テロやミサイル・ドローンなどによる軍事攻撃に対する防御を高める必要がある。
さらに、前回のコラムで述べたような、台湾有事が迫る日本の地政学的状況に鑑みるならば、日本は米国から石油とガスを、長期契約によって、政治合意の庇護の下に調達すべきである。
【関連記事】
中国が目論む「台湾統一の次は日本のフィンランド化」、台湾有事の地政学から考える日本のエネルギー戦略
冷戦後これまでの30年あまりにおいては、経済のグローバリゼーションの流れに乗って、石油・ガスのいずれも、短期的な利益を重視する調達が追求されてきた。すなわち契約形態は長期契約から短期契約に移行してきた。また船籍も、船主も、乗員も、海運会社も、保険会社も、国籍を問わず最も安価になる組み合わせが追求されてきた。そしてこの結果、日本の原油調達の94%が中東に集中するようになった。
さてそれでは、台湾有事が秒読み段階に迫っているか、あるいは台湾がすでに海上封鎖を受けているような、緊迫した国際情勢になったとき、中国が日本近海をドローンなどで脅かすならば、何が起きるだろうか?
日本に出入りしている他国籍の混成部隊である貨物船に、日本への忠誠を優先し自らを犠牲にすることなど期待できない。そうすると、日本への石油・ガス輸入は途絶してしまうことになる。
この状況を回避するための一つの方法として、米国産の石油・ガスを、米国船籍の船で輸入することを提案したい。中国といえども、米国の旗を掲げた船舶を攻撃すると、米中間の緊張を著しくエスカレートさせることを覚悟しなければならない。
中国としては、台湾を統一する作戦の実施にあたっては、可能な限り米国の介入を避けたいのが本音であるから、中国も米国の旗を掲げた船へは攻撃をためらうだろう。
この石油・ガスの輸入契約は短期契約ではなく、長期契約でなければならない。短期契約であれば、単に契約相手を変えて済ませようという動機が働きやすくなるからだ。
そしてこれは、民間まかせの契約ではなく、政府間合意によって政治的にバックアップされていることが必要である。これには2つ理由がある。
第1に、日本にとってはいくらかエネルギー価格が高くなるかもしれないが、それは安全保障上の観点から避けられないプレミアムと見なすべきであり、それは民間ではなく国家が支払うべきだからだ。第2に、国際合意による条約とすることによって、気まぐれに変化する政治から、民間の活動を守ることができるからだ。
米国は政治のブレが大きく、なかんずく、エネルギー問題に対して一貫性がない。今年1月、米バイデン政権は、環境運動家からの要請によって、LNG輸出能力を増強する投資の認可を停止してしまった。このような米国の政治のブレに翻弄されないようにするためには、商業的には短期ではなく長期契約を締結しておくこと、そして国際的には条約を締結しておくことが望ましい。
米国は今秋の大統領選でトランプ政権になればエネルギー政策は完全に変わり、バイデン政権の「グリーンディール」に代わって「エネルギードミナンス」が新しい標語となる。
エネルギードミナンスとは、豊富で、安定で安価なエネルギーを供給することであり、それによって、自国および同盟国・友好国の安全保障と経済成長を担保することを目指すものだ。これは、かつて太平洋戦争で日本に勝利した米国の物量作戦の再現にほかならない。
トランプ政権に率いられる米国は、ロシア・中国・イランなどの敵対国に対するエネルギー優勢(ドミナンス)の確立を目指すことになる。米国の側から見るならば、このエネルギードミナンスを実現する一つの要素が、日本への石油・ガス輸出の合意となる。